第10話


そこにいる。俺の隣に人が立っている気配を感じ目が覚める。この部屋には俺以外の人間が居るわけも無く、いくら昨夜意識が朦朧としていたとはいえ俺は鍵を閉めた記憶がある。気取られぬようゆっくり寝返りをとると同時に勢いよく起き上がり人影に向かって思い切り右拳を叩きつける。


完璧に捉えた、と思ったが人影は片手で俺の拳を簡単そうにいなすと両手で柔らかくまるで壊れ物を扱うかのように俺の右手を優しく包み込む。


「おはようございますケイ様。」


俺の右拳をゆっくりと離すと180センチほどの長身の女が丁寧にお辞儀をする。長い艶のある黒髪がサラリと流れる。俺は会心の不意打ちをいとも簡単に見破られたことに驚き、動揺を隠せずただ女から距離を取った。


「誰だお前、敵…ってのはないか。」


「敵など滅相もない、私はミハイですケイ様。」


「………は?」



「アハハ、ケイは意外と血の気が多いんだね、まさか寝起きで自分の眷属に殴りかかるなんて。」


アルスは紅茶を片手に今朝の出来事についてまだ笑っている。


「いえ、この件はケイ様のお休みを邪魔してしまった私に非があります、大変申し訳ございません。」


ミハイと名乗った女は俺に向かって先ほどから謝罪している。攻撃をいなされた上に謝罪までされると俺の立つ瀬が無い。


俺は眉間にしわを寄せながらミハイを眺める。腰まで伸びた長い黒髪は濡れているのかと勘違いするほどの艶やかさで、肌は透き通るかのような白さの肌をしている。顔も整った顔をしており美人なのだがどこか冷たく近寄りがたい感じを受ける。そして身長が大きい俺が160センチ後半なのに対してミハイは180センチはあろうかという大きさがある。


「お前ほんとに――」


ミハイか?と言おうとして言葉を飲み込む、もう今朝だけで三回も言った台詞だからだ、なんならミハイは大鴉の状態に戻って見せた。俺がミハイのことを疑う余地は無い、無いのだが事実に頭がついてきていない。


昨晩まで俺の肩に乗ってた鳥が今では俺を肩に乗せられるほどの高身長の女になってましたなんてそうそう理解が追いつくものでは無いと俺は思うんだよ。


「ケイのレベルを譲渡したことで魔物として進化したんだろう、うん、いくつかスキルが増えているね、それにしても自分の半分以上も眷属にレベルをあげるなんて本当にケイは面白いことを考えるね。」


アルスが俺から受け取ったステータスカードを眺めながらそう言う。俺はアルスからステータスカードを返して貰うと同じように眺める。


変わっていたのはレベルと種族、スキルが変わっていた。レベルは15、種族は大鴉だったものが告死鳥こくしちょうというものに変わっていた。スキルの欄には上級風魔法、幻影、人化、と書かれていた。


風魔法は元からあったものが成長した者であろう、幻影は変わらずに人化のスキルが増えていた、名前の通りこのスキルで今の姿になっているのだろう。


「まぁ…何はともあれこれからもよろしくミハイ。」


考えたところでどうこうなるものでもない、俺は気持ちを切り替えミハイに握手を求め手を伸ばす。


「命を助けて頂いただけでなく、レベルまで分け与えてくださるとは感謝の極みでございます。どうぞこのミハイをケイ様のため存分にお使いください。」


ミハイは俺の前に跪くと俺の手を取りその甲に軽く口づけをする。俺はミハイの顎を軽く持ち上げミハイと視線を合わせる、ミハイの目は真っ直ぐ俺の瞳を見つめているが頬が若干朱を帯びている。目は軽く潤んでおりキラキラとしている。その喜びようは嘴の下を撫でてやった時のミハイにそっくりで俺は思わず笑みがこぼれる。


「わかったミハイ俺の眷属として存分に使ってやる、覚悟しておけ?」


「はい!」


ミハイは満足そうに笑う、俺はてっきり感情表現が薄いと思っていたのでそんな表情もできるのかと少し驚いた。


「盛り上がってるところ悪いんだけどキミのご主人様を借りて良いかなミハイちゃん?」


アルスはおどけた口調でミハイに言う、ミハイは我に返り軽く返事をするとサッと立ち上がり俺の隣に立つ。


「さて仕事の話だケイ、キミの報告書が魔王軍の上層部の奴らにどういうわけか渡っちゃってねぇ…もっと人間の重要機関に潜らせるか本部に寄越せと言われてしまってね。」


アルスは困ったように笑う。


「後者の要望は勝手で悪いが断らせて貰った、支配者ルーラーの卵って知れたら最悪権力闘争に巻き込まれて死ぬからね、そこでキミには前者の仕事をやって貰いたいんだが…。」


「任せてください。」


「まぁまぁそう焦らないでほしい、当分はケイのレベリングとギルドの現状報告だけで十分だよ。」


アルスは指をピンと立てる。


「ただ、ゆくゆくはケイに学校に行って貰おうと思ってる。」


「学校?ですか?」


「うん、王都の魔法学校にね、あそこはなかなか良い教育をしててねケイには魔法を学んでほしい。」


アルスはにやりと口角を上げる、人間が魔物である俺を育てるのか、さながらカッコウの托卵のようだなと俺は思った。


「そしてこっちが本命なんだが学園生活の中で今後僕たち魔族にとって脅威になり得る学友ができたらその能力とかを報告してほしい、そういうお仕事だ。まぁまだ先の話だけどね。」


「承知しました。」


「現状ギルドの報告だけでも相当助かってる、クエストの傾向から大体人間が苦手とする魔物と魔法のタイプが分かってきたそれだけでもかなりの功績だってのに上層部は欲張りが多くて困るねホント。」


アルスは頬杖をつきながらぼやく。


「ケイの実力を僕は買ってるんだ、上層部の馬鹿どもに使い潰させやしない。とはいえ現状キミはレベル3だ早急なレベリングを上司としては提案するよ。」


アルスは時計に目をやると後数時間で正午を回る時間だと言い、魔王軍の黒い外套を羽織ると転移の準備を始める。


「そろそろ時間だお開きにしよう、僕もこれから本部に行かなくてはならないお互い自分の勤めを果たすとしよう。」


そう言い残すとアルスは転移していった、俺たちも部屋を出て魔道具の灰皿を使い家に戻った。


黒衣を脱ぎ、クエストに行く準備をする。アルスと話した眷属のスキルを利用したレベリングが果たして有用か俺は割と楽しみにしながらギルドへとむかった。

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