第9話


「お前の名前はミハイだ。」


俺はダンジョンからの帰り道、肩に乗っかっている大鴉に向けてそう言った。大鴉は喉を鳴らし嬉しそうに羽を小さく広げている、本人?にも気に入ってもらえたらしく俺はひとまず安心した。


ステータスカードから大鴉の欄を見てみるとしっかりと名前の欄にミハイと入っていた。名前に特に意味は無く、帰り道にある店の看板の頭文字から一つずつ拝借し適当に並び替えたものだ。


ギルドに戻り受付に向かう、肩にミハイをのせた状態で入ってしまったがモンスターテイマーなどいくらでもギルドにはおり、さして言われることは無かった。ミルダはいないらしく仕方なくいつもとは別の受付嬢にクエスト完遂の報告をする。


「ケイさんですね?クエストお疲れ様です。」


10代後半くらいか?若い受付嬢がにっこりと笑いながらこちらにタオルを手渡してくる。


「ありがとうございます…どうして名前を?」


俺はタオルを受け取ると軽く顔を拭い魔石の入った袋と一緒にカウンターに置く、嫌にサービスが良い。


「ケイさんは受付嬢の間では結構有名ですよ?」


受付嬢は悪戯っぽく笑うと魔石の袋を受け取り精算を始める。


「有名、というと?」


俺は訝しげに受付嬢を見つめる。


「ただでさえ荒っぽい冒険者が多い中で若いのに礼儀正しいし、受けるクエストは薬草採取ばっかり、しかも受付もミルダさんのところにしか行かないなんてそれは有名にもなりますよ、私だって話してみたかったんですよ?」


受付嬢は精算した分の銀貨を数枚上目遣いでこちらに渡してくる。


俺がミルダを贔屓にしているのは単にミルダの受付が空いているからだ、冒険者ってのはどいつもこいつ短絡的な奴が多く同じ女なら若い方が良いらしい、いくらミルダのカウンターが開いてようが一言二言交わすためだけにこいつのような若い受付嬢の列に並ぶ。


「そうですか、それはありがたいです。」


貼り付けた笑顔で言葉を返すと受付嬢は軽く頬を染める。


俺はもうギルドに用はないので銀貨の入った小袋を仕舞うとカウンターに背を向ける。


「あ、あの!」


カウンター越しに声がかかる、俺はため息が出ることを押し殺しもう一度笑顔を貼り付け振り返る。


「なんですか?」


「ケイさんは今回が初めての討伐クエストの達成と言うことでノーランクからDランクへの昇格となります、書き換えがあるのでお時間があるようでしたら軽い説明を受けていただく間にこちらでランクの更新をさせていただきたいのですが…?」


「…わかりました、お願いします。」


俺はステータスカードを一瞥し偽装がされていることを確認すると受付嬢に手渡す。受付嬢は嬉しそうに受け取ると俺をカウンター奥の部屋に案内する。受付嬢は別のギルド職員に俺のカードを渡し書き換えを頼んだ。


受付嬢は嫌に気を回し俺に紅茶をいれ手渡すと説明を始める、説明とは言ってもたいした内容ではなく、ギルドのランクがDからSまでありランクごとに受けられるクエストが変わること、高ランクになるごとにギルドに年に払う金が増えること、代わりにギルドからのサポートも増えるとのことだった。


「――説明は以上です、何か質問はありますか?」


「いえ特にありません、ありがとうございました。」


俺は書き換えの終わったカードを受け取り軽く目を通すと黒かったステータースカードが白色に変わり、ギルドランクの項目が増えていた。ギルドのランクに対応してカードの色が変わるようでSが青、Aが金、Bが銀、Cが銅、Dが白となっている。


「ケイさん…この後時間ありますか?何処か――」


受付嬢が頬を褒めうつむきながら話しかけてくるがミハイが羽を広げ威嚇したことで遮られる。


「ミハイ。」


俺がミハイを制するとミハイはシュンとして羽を畳める。


「すみません、この後少し用事があるんで…」


俺は面倒くささもあったので表面だけ申し訳なさそうな雰囲気を出しておいた。


「そうですか…私エリーって言います!」


受付嬢は名残惜しそうにしていたが、パッと切り替え笑顔を浮かべた。俺からしたら特に興味も無いので適当に合わせて笑っておいた。笑顔ってコミュニケーションの道具として奥が深いなぁなんて別のことを考えながら俺は家へ帰った。


「ミハイさっきのは良くやった俺も正直面倒くさかったし、ミハイが居なけりゃもうちょっと時間を取られてたよ。」


俺はミハイの嘴の下、人で言えば顎に当たる部分を指で撫でてやる。俺に叱られたと思っていたのか元気の無かったミハイは嬉しそうに甘えてくる。


家に着くと俺は地下の薬草をすり潰し新しい粉を作っておく、現状足がついては困るので売れはしないが作り置きがあったほうが何かと便利だろうと思い準備だけはしっかりとしている。


部屋に唯一ある壁掛けの時計を見るとそろそろ日が落ちる時間であることに気がつく、今日はアルスに顔を見せ行く日である、俺は急いで魔王軍から支給された黒衣を纏うと煙草を咥え火を付ける。ミハイはずっと肩に乗っているが煙草の煙はあまり気にならないらしい。この煙草もアルスから渡された、万が一鼻が効く奴に会っても俺が魔物だとばれないように別の匂いを付けろと言われ、どぎつい匂いの香水とこの煙草の二択から選んだものだ。


最初こそ咳き込んだが今では結構気に入っており、銘をシチセイと言う。いつも報告書を燃やしてアルスの元に送っている魔道具の灰皿に4回灰を落とすように煙草をたたき付けると灰皿から大量の煙がででくる。煙は俺を包み込む、晴れた頃にはアルスの書斎が眼前には広がっている。何度やってもこれは面白く、またも恐ろしくもある。


「さすがケイ、時間通りだ。」


アルスはいつものように椅子に座り柔らかく笑っている、この人は怒ることがあるのだろうかと考えながら俺は軽く会釈をするとクスリの儲けが最近少ないこと、ギルドのランクがDになったことなど現状の報告を一通り済ませた、大抵のことは紙に書いて送ったものと同じだったのでアルスも特に聞き返してくることも無く、さして時間はかからなかった。


「うん、ご苦労さま。ところで最初から気になっていたんだけど、その子はどうしたんだい?」


アルスはミハイを指さして言う。


「ダンジョンで一目惚れしたというか…負傷していたので手当をしたところ懐かれまして。」


俺はアルスにステータスカードを見せる、アルスはしばらく眺めるとボソッと呟く。


「…やるねケイ、やっぱりキミを誘ったのは正解だったね。」


アルスはステータスカードをこちらに返すとスキルの欄を指さし説明を始める。


「ケイのスキルは全部で3つだろう?踏破者は単純な身体と経験値効率の上昇だから今回は置いておくとして、カリスマと眷属この2つの親和性が非常に高い、僕から言わせればこの2つは凶悪とすらいえる。」


アルスの表情が真に迫った者に変わる、口元は弧を描いているが目は真剣にこちらを見据えている、穴が開きそうなほど俺を見ている、止めてほしい。


「まず、カリスマなんだがこのスキルはまぁまぁ希少なスキルだ、他者に対する影響の増幅と書いてはあるがこれは精神肉体両方に効果がある、併せて他者を惹きつける効果というのは若干の魅了チャームを内包している、おまけにこのカリスマというスキルは成長するスキルだ。」


「成長…ですか?」


「あぁ、レベルアップ、使用回数どちらによるか正確なことは分かっていないがこのスキルは成長する、説明欄の最後に支配者の卵って表記があるだろう?この表記があるか無いかで未完のスキルなのかもうそれで完結してしまっているかが分かるんだ。」


アルスはどこか嬉しそうな声の上ずりをさせながら言葉を続ける。


「カリスマというスキル自体はそこまで珍しいスキルじゃない、ただこの成長するタイプはかなり少ない、このスキルは最終的に支配者ルーラーという呼称に変わるそうなるともう大変さ!人間でも一部の王族か一定の権力を持つ貴族、魔族だったら魔王様と一部の名のある魔族しか持っているのを知らないよ!」


アルスは子供のようなキラキラした笑顔からはっと我に返る、わざとらしい咳き込みをするとカップから紅茶をすする、わかったぞアルスはスキルオタクなのだと俺は自分の中で合点がいった。


「ま、まぁカリスマはそんなところでいいか。問題なのは眷属のほうだね。」


アルスは冷静さを取り戻すと俺にも紅茶をいれてくれる、感謝してありがたくいただく。


「ケイには少し残念かもしれないが…この眷属というスキルは人間では習得不能なスキルなんだ、人間でこのスキルに近いものというとテイムになるんだが、これはただ魔物をテイムして自身の言うことを効かせるだけのスキルなんだが…ケイのスキルは明らかに違う、魔物特有のものなんだ。」


「俺はスキルよって人間では無いことが証明されてしまった、ってことですかね。」


「…そういうことになるね、本来眷属というスキルはロードやキングと名のつく上位の魔物が自身より下位で同種の魔物を従えるためのスキルだ。ステータスの共有というのは特に魔物の性質を良く表していて、魔物はこれによって自身の眷属からレベルと生命力をゼロになるまで吸い上げて自身を強化する使い方を好む。」


「…なるほど確かに魔物らしいスキルですね、ただ俺はミハイに対してはできるだけ人間らしくこの眷属のスキルを使ってみようと思ってるんですよアルスさん。」


俺は軽く口角を上げミハイを撫でる。


「……っ?!なるほど…考えたねケイ、いやこればっかりはその発想に至らなかったのはやっぱり僕も魔族ってことだね、ケイはよっぽど人間だよ。つまるところ逆にそのミハイちゃんにケイのレベルを分けようってわけだろう?」


「えぇ、俺には踏破者のスキルで若干ですけどレベルが上がりやすい、それに魔物的なやり方行くとするならば、カリスマのスキルで適当に魔物捕まえてそいつからレベルを吸えばレベルの問題はなんとかなるでしょうし、そもそも俺がレベル16もある必要はないですしね。」


「うんうんそれは面白い、面白いよケイ!」


俺は早速眷属のスキルでミハイとステータスの共有をする、ミハイにレベルを分けると伝えると若干の戸惑いを感じたが少しして身体から力が抜けていく感覚と凄まじい怠さと眠気が襲ってくる、ステータスカードのレベルもぐんぐんと落ちていった。


俺は同年代の平均より少し下のレベル3を残し、ミハイは元々レベル2だったところに俺からの13を足しレベル15になった。


「おお随分あげたねケイ、大量の魔力はあげる側は勿論のこと貰う側も体力を消費するものだよ、今日は泊まっていくと良い。」


俺は朦朧とする意識をなんとか留めアルスに感謝を言うと同じくふらふらのミハイを抱えて案内された部屋のベットに倒れ込み意識を手放した。

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