第4話


アルスと名乗った男は魔王軍への敵対の意思の有無だけを聞かれただけで、俺の体調を鑑み細かいことは後日に回すとのことだった。俺は知りもしない相手に敵意の持ち用もないので、ただ無いとだけ答えた。妙に銀髪の映える男だった。


ガラガラと鳴る車輪の音でふと我に返る、別に意識がなかったわけでは無いがボーッとしていたというのが正しいのであろう。


白い面をつけ黒い外套を羽織った者達が俺を乗せた台車を押して動かしている、俺といえば特に拘束されているわけでもなくただ台車に乗せられ運ばれている。


いくつか角曲がり全面タイル張りの部屋へ着くと白面達は何も言わず台車から手を離しそのまま何処かへ消えて行ってしまった。


唐突に一人にされ一抹の寂しさと戸惑いを抱いたがすぐに別方向から足音が聞こえそちらを向く、寝っ転がっているので首だけ動かしたのだがそれだけの動きでもかなり傷に響く、冷や汗をかき下唇を噛み締め声を上げるのを耐える。


「あら、男前じゃない?随分な有様だけど良く生きてるわね?エライわよ、あなた。」


見上げた先には赤髪の女がいた、血のように鮮やかな赤で前髪は目にかかっておりほとんど目は見えないほどの長さだった。


「あんた…は…?」


喋るたび激痛に苛まれ上手く言葉が紡げない、赤髪の女は察してか、手で制する。


「左肺が潰れてるわ、それに肋骨がいくつか折れて内臓に刺さってるわね、身体の中血の海よあなた?もう喋らないで。」


女はそう言うと両手で髪をかきあげる、オールバックのようになったその女には両目以外にも複数の目がおでこのあたりに付いていた。


「怖い?こうした方がよく見えるのよね。私はアラクネー、名前は特に無いからみんなアラクネって呼んでるわ、ハイ自己紹介終わり、まったくアルスも人使い荒いわね…」


そう言うとアラクネは背中から何本かの蜘蛛の足を生やし俺の首元に突き刺す。


「ッ?!」


「ほら暴れないの別に取って喰おうって訳じゃないの、治療よ治療、寝てなさい起きたら治ってるから、それじゃおやすみ。」


俺は驚くのも束の間、意識を手放した。



私は一通りの施術を終えると足早にアルスの元へと向かった。道中監視役にあの男の保護を言いつける。


アルスの部屋に着くとノックも無しに扉を開く。


「アルス、どう言うことか説明して貰うわよ?」


「アラクネ、いつも言ってるだろ?ノックぐらい…」


「そんな事は今どうでもいいでしょ?」


はぁ、とアルスがため息をつく、まったくいちいちカンに触る男だ、このアルスと言う男は、ため息をつきたいのはこちらだと言うのに。


「説明…と言ってもどこからしたものか?」


「まず彼はどこの誰?なんの縁があって人間なんて私に治療させたの?」


「…ふむ、順にいこう、まず彼はダンジョンで私の配下のダンジョンボスだったオーガを殺したんだ、それで此処に転送して話を聞こうと思ってね。」


彼がオーガを倒した事にも驚いたが、アルスが配下を殺された事に眉一つ動かさない事への気味の悪さが優った。間髪入れずにアルスは続ける。


「それで、なんで治療させたかだったね、それはね私は彼をスカウトしようと思ったからだよ、因みに彼、人間っぽいけどあれ魔物だよ。」


「ハァ?彼が魔物?」


私は驚嘆で目を見開く


「ああ、彼は「かなり人間に近い魔物」だね、彼が順当に成長していけばゆくゆくは「少し魔物の要素を孕んだ人間」レベルまでは達すると思うんだよ私は。」


鮮やかな銀髪を軽く手で掻き分けアルスは私を見つめる。


「魔王軍情報部所属の私としては彼は得難い人材なんだよ、そう思うだろう?なにせ君でも彼が人間に見えたんだろアラクネ?」


「ええ…そうね…彼は私から見ても人間にしか見えなかった、身体も中身もアレは人間だったわ…」


アルスは満足げに微笑む。


「それに彼がダンジョンボスであったオーガを殺したことでダンジョンも死んだ、彼には莫大な経験値が入っていたよ、今や彼のレベルも15くらいはあるんじゃないかな?」


基本的にレベルの上限はないものとされているが、レベル自体非常に上がりづらく、レベル5もあればそこそこ戦えるベテランであり、2桁に達すれば一人前であるとされている程である。


「…それは凄まじいわね…」


私はあまりの事実に絶句する、流石に私のレベルは越されてはいないが、15レベルとなるとこの魔王軍でもそこそこのポジションの就ける。


「まぁ取り敢えず納得はしてもらえたみたいだね、アラクネ?」


「わかったわよ、私に彼の治療をさせた理由は納得したわ、でも彼魔王軍に入る気があるのかしら?なまじレベルの高い分反抗されたら厄介じゃないの?」


「あぁ、それなら問題無いと思う。彼に”読心“をかけてみたんだが魔族への反抗心は無い、ついでに彼は人間になる事に異常なまでの執着と憧憬があった。そのくせ人を殺すことへの嫌悪や忌避は無い、彼の人間化への支援をしてあげれば容易に引き入れることは出来ると思うね。」


アルスの“読心“は対象に接触する事で始めて発動する、どうせこいつの事だからスカした顔で握手か肩を叩くかしたのだろう。


「あっそ、なら良いんじゃない。一応上には話通しておくのよ、私面倒ごとキライだから。」


私はヒラヒラと手を振るとアルスに背を向け部屋を後にする。


今日もまだ日は高い、患者はまだまだ来るだろう、なにせここは人使いの荒い魔王軍なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る