第3話
大扉は見た目ほど重くはなくわりかしすんなりと開いた、扉に積もった砂がパラパラと落ちてくるのを目を細めやり過ごす。
大扉の奥の光景はそれまでの層とさほど変わり映えしなかった、大きなドーム状に空間が広がっており、先はなく行き止まりになっていた。
何より目を引いたのが最奥に鎮座する3メートルはあろう赤色の肌をした巨漢だった。でっぷりと出た腹はしているもののその下には強靭な筋肉がある事は想像に難く無い。
手には大振りの棍棒を握りしめて、歯をむき出しに殺意をこちらに向けている。
戦闘は避けられない、こちらの得物は投合および解体用のナイフ数本と鈍らなショートソードくらいであの頑強な身体に手傷を負わせるような武装は残念ながら無い。
巨漢は重量感のある音を立てながらこちらへと駆け出す、のっそりと動いているようでその実一歩がかなり大きいためあっという間に距離を詰められる、右手に握られた棍棒を勢いに任せ俺目掛けて振り下ろす。
まともに受けたら命は無い、振り下ろす際に振り上げた脇に飛び込む、俺の僅か数センチ後ろで地面にを殴った音が響く。俺はショートソードを構え巨漢の脇を斬りつけつつ背中側へと離脱する。
回避しつつ攻撃したせいか薄皮を裂いた程度であまり効果は無かった、舌打ちを一つ、巨漢の振り向きざまの回転殴りを屈んで避ける。
右手でショートソードの柄を握り、左手を柄頭に添える。切っ先を巨漢の首元目掛け屈んだ状態から一気にジャンプし突き刺す。
剣先は首元を確実に捉えた、プッと剣先が首の皮を裂くと俺のジャンプの勢いでズブッと奥まで入っていく、しかし骨に当たったか?貫通する事は無く剣の侵入は途中で終わる。巨漢は軽く呻き声を上げる、左手で刃を掴むとそのまま右手で棍棒を構えた。
「なっ?!」
巨漢の頑強さに思わず声が出る。ショートソードを掴んだのは引き抜くためと思ったが違う、これは俺を逃がさない為に掴んだのだ。多少なれど怯むと思っていた俺の想定の甘さを悔やむ間も無く棍棒が襲い来る。
剣を手放し回避行動を取ろうとするが俺の身体はジャンプから地上に戻る途中の空中にある、棍棒が向かってくる方に腕をクロスさせ膝を曲げなんとか最善と思う姿勢を取る。
棍棒は俺の身体の真芯を捉え洞窟の壁際まで吹き飛ばす。勢いで壁にぶつかり肺の空気が血とともに無理矢理外へ出ていく。
獣のような声を上げえずく、内臓が幾らか潰れたらしく口から止めどなく血が流れ呼吸のたびに気管に入る血に咳き込むたびに身体の芯から底冷えする様な激痛が襲ってくる。直撃を受けた左腕は特に酷く、肘は肉がミンチの様にグズグズになっており腕自体はひん曲がって明後日の方角を向いている。左腕全体に異様なほどの熱を感じはするもののもう痛みさえ感じない。
不幸中の幸いと言うべきか足には大きな負傷は無いのでただ立つ事ことなら出来そうだ。
口の周りに血の泡を作りながらなんとか巨漢に向き直る。もう素早い動きは無理であろう、起死回生の策も激痛に邪魔され思いつく筈もなく、手持ちの武器はもうナイフ数本しか無いこれであの分厚い外皮に守られた身体に大打撃を与える事は不可能であろう。唯一リーチのあったショートソードは以前巨漢の首に突き刺さったままでとても返して貰えそうには無い。
詰み、頭をよぎるのはそんな言葉。肩で息をしながら、何かこの窮地に光明を見出そうとするも無情にも棍棒は既に振りかぶられた。
俺は重い身体に鞭を打ちなんとかバックステップをする、間一髪で避ける、しかしも巨漢は構えに入っている。
悪態をついてやりたい気分だがもはや言葉も出ない、無造作に外套に右手を突っ込みナイフを握り締めると適当に投げつけもう一度バックステップをする。
ナイフは腹に突き刺さるがそれだけ、全く効いていない、歯牙にも掛けず追撃をしてくる。ナイフを投げつつ再度バックステップをしようとしたその時足が縺れ転んでしまう。
転倒の衝撃で痛みに悶える、クルクルと地べたを回りなんとか巨漢の側面を取る、防戦一方ではいずれそう遠く無いうちに殺される、ここしか無い力を振り絞り最期の一本になったナイフを外套から雑に取り出し巨漢の左足の親指に突き刺す。
これは流石に効いたらしく短く悲鳴を上げ左足を上げナイフを引き抜こうとする。
「ア゛ァァァァ!!!」
激痛に耐えるためか、虚勢か、はたまた鬨の声だったのかは俺にもよくわからなかったが自然と声が出た、否絶叫に近い慟哭のようなものだった。
無事な右手で巨漢の片足立ちの右足を思い切り引き寄せ転ばせる。うつ伏せに転んだ巨漢は首に刺さったショートソードが地面に押されてグッと深く刺さる。
が、巨漢はすんでのところで両の手を地面につき剣の貫通を防ぐ。
「死ねぇぇぇ!!」
俺は立ち上がり、巨漢の頭を思い踏みつける、剣が喉を貫通しうなじの辺りから剣先が顔を出した。俺は何度も何度も何度も後頭部を踏みつけた。
剣がズッズッズと食い込むたび巨漢はくぐもった声を上げていたが遂には絶命した。ショートソードは完全に貫通し柄の部分が引っかかりそこで止まっていた。
勝った、辛勝であった、自我を持ってから始めてここまで苦戦した。興奮状態が徐々に冷めてきたせいか徐々に全身の痛みが増して来る。
クタリとその場に座り込んでしまう、ただ、ただ強かった、純粋なまでの肉体の強靭さとその生命力、正真正銘の強敵、難敵であった。大きくため息を吐くと同時に大量の血がドロリと流れ出る、死体を一暼するとそれまでの獣たちと違い灰のように崩れ去っていった。
「欲を言えば味を確かめたかったかな?」
軽く苦笑いをしその場に寝転ぶ、死ぬ事は無いだろう…と思いたい。少なくともしばらくここからは動けまいと俺の身体が訴えている。
「終わったぁ…」
達成感と生還を噛み締め呟く、暫し長めの休憩を取らざるを得ないなと考え瞳を閉じようとしたその時、部屋全体に眩いほどの光が放たれる、俺は寝っ転がった状態からゆっくりと胡座をかいて座る状態に戻る、現状出来る最大限の警戒態勢が胡座なのは涙が出そうだ。
徐々にその眩さは俺の足元に収縮すると円形の幾多の文様を描く陣のように変化し再度眩さをましていき俺の視界白一色に染まった。
再び視界が戻ると先程まで洞窟ではなく書斎のような小さな部屋だった。目の前には男が椅子に腰掛けこちらを見ている。
「初めまして、魔王軍属のアルスと言います、急な呼び立てで申し訳ないと思ったのですが、仲間が殺されたという事で死亡時点の最も距離の近い、かつ戦闘後である貴方をこちらに召喚させて頂きました。いくつか質問と確認をさせて貰います、よろしいですね?」
終わってはいなかったのだ、ここからだったのだ、俺はもう虚しく笑うしかなかった。
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