第4話 管理人は勇気のいるお仕事なのです。

 マルティナはシャワーを浴びて就寝することにした。この国では、魔法石という魔力を帯びた石を燃料に、お湯を沸かしてシャワーを浴びる仕組みが確立されている。マルティナが生まれる前は魔力のある者しか使えなかった魔法石を、誰でも使えるように当代の魔術師長が魔術紋様を考案した。それ以来、魔法灯ランプ焜炉コンロなど、様々な道具に魔法石が使われるようになった。


 洗面所の引き出しには、花の匂い、果実の匂い、森の木のような匂いの三種類のせっけんが入っていた。救護院のせっけんは何の匂いもない物で、贅沢な品だと思いながら果実の匂いがするせっけんを選んだ。

「……私には、花の匂いはまだ早いかな」

 ほのかな花の匂いを漂わせていた母の姿を思い出す。香油や香水は使っていないのに、抱きしめてもらうと、いつも花の匂いがしていた。

「リディアさんは、何のせっけんを使ってるんだろう?」

 寂しさを紛らわせる為に呟く。リディアもいい匂いがするが、花と果実の混ざったような不思議な匂いだった。貴族の女性が好む香水の匂いはしない。


「モーリッツさんに、トーティルさん、アルノルトさんにバルバナスさん……あと三人。覚えなきゃ!」

 シャワーを浴びながら、今日会った不思議な騎士達を思い出していた。物語の中の魔法騎士は、格好良くて、可憐な姫の味方と書かれているが実際はどうも違うらしい。

「まずはちゃんとお仕事して認められないと!」

 騎士のことよりも、自分の立場を確立しなければ。


 体と髪を乾燥させて、夜着に着替えた時、玄関の扉が開く音が聞こえた。構造的にこの部屋には良く聞こえるようになっているのかもしれない。夜着と部屋履きのまま、マルティナは管理人室から出て廊下を急ぎ足で歩く。


「あ、あの、お帰りなさいっ!」

 階段を上がりかけた人影に向かって、マルティナは声を掛けた。二人の男性が振り返る。

 一人は赤い髪、茶色の目をした少し年上の凛々しい顔の少年。赤茶色に黒の装飾の騎士服のボタンは全て開けて、中に着たシャツも半ば着崩している。

 もう一人は腰まである長い黒髪、紅い目をした背の高い綺麗な男性。どこか醒めた無表情な顔は憂いを感じさせ、ワイン色に黒の装飾の騎士服をきっちりと着こなしている。


「え? 誰?」

 赤い髪の少年が、しかめっ面で聞いてきた。

「き、今日から管理人になります。ルティです。よろしくお願いします!」

 マルティナは慌てながらも挨拶をして頭を下げた。


「管理人?」

 黒髪の男性が静かに口を開いた。

「は、はい。リディアさんの紹介で来ました!」

 マルティナは答えた。


『ほほう。ルードヴィグ、じょうに捨てられたか』

 突然、笑みを含んだ低い声が聞こえた。声がどこから聞えたのかわからなくて、マルティナは周囲を見回す。

「今の声はこの魔法剣、晦冥かいめいだ。私はルードヴィグ・アッペルクヴィスト。よろしく」

 軽く溜息を吐いた黒髪の男性が、履いていた剣を持ちあげて口を開いた。晦冥は黒に近い赤色の鞘の剣だった。おとぎ話に出てくる魔法剣が実在していることにマルティナは驚く。

「よ、よろしくお願いします」

 マルティナは再度頭を下げた。この男性がリディアが言っていたルードという人なのだろうか。モーリッツと違って醒めた目が話しかけにくい。いざという時、頼るのは難しそうだ。


「俺はロニー。よろしく。で? 何してくれるの?」

 どこか不満げに口を曲げたロニーが投げやりに返す。

「あ、あの、十五時のお茶の用意と、共用部のお掃除、あと洗濯物の回収と、皆さんにお願いされたことで出来ることをするようにと、リディアさんに言われています」

 指折り数えながらのマルティナの返答を聞いたロニーは、にやにやと意地悪い笑みを見せる。


「今度俺の部屋、掃除してくれる?」

「個人の部屋を掃除する時には、リディアさんに扉を開けてもらってからになります」

 マルティナが答えるとロニーが何故か天井を仰ぎ、ルードヴィグが微かに笑った。

「あー。今の撤回。俺の部屋には入んなよー。おやすみー」

 ロニーがめんどくさそうな顔で頭を掻きながら背を向け、ルードヴィグが軽く会釈して階段を上って行った。


「はい! おやすみなさい!」

 マルティナは、丁寧に頭を下げて二人を見送った。


      ■


 早朝、とてもさわやかに目が覚めてマルティナは驚いた。

 ロニーとルードヴィグに挨拶して、ベッドに入った直後から記憶がない。初めて一人で眠るのは心細いと思っていたが考える時間もなかった。救護院にいた時よりも十分な睡眠時間が取れたので、体も頭もすっきりとしている。


「いびきも寝言も聞こえないって、最高!」

 マルティナはカーテンと窓を開けて、日の出を見ながら伸びをする。扉も壁も薄い救護院では、いびきや寝言、時には誰かの泣き声が毎夜聞えてきた。無くなると寂しいとは思うが、これほどまでに良く眠れると懐かしさも薄れる。


 白いシャツとズボン。ベストを着ると背筋が伸びた。シャツは毎日替えて洗濯に出すようにと言われている。

「まだまだ着れるのになー」

 汚れが目立つまで着るのが救護院での日常。昨日までとは違う日々に慣れなければと頭を振る。


 顔を洗って髪を櫛で梳く。櫛もリディアが用意してくれていた。簡素な意匠デザインだが、梳いた髪が光沢を帯びる。今まで経験したことのないさらりとした手触りになった髪にマルティナは驚いた。

「櫛でこんなに変わるんだ……素敵!」

 マルティナは、ぱさぱさとした自分の髪が好きではなかった。櫛を通しただけでさらりとしていながらしっとりとした髪に、気分が高揚する。

「そうだ。洗った後でも使っていいのか、そうしよう!」

 救護院では個人の櫛は無く、手ぐしで整えることが多かった。昨夜も洗った後は手ぐしで整えて、そのままだった。


 準備が出来て、さて何をするべきかとマルティナは考えた。救護院では朝に門や玄関の前を掃除していた。ここでもやるべきだろうとマルティナは部屋を出て、掃除用具室で箒とゴミ入れを手に取る。


 玄関へ向かって歩いていると、リディアの楽しげな声がサロンから聞こえた。マルティナは掃除用具を廊下に立て掛けて、サロンに駆け込んだ。

「お、おはようございます! 遅くなってすみません!」

「おはよう、ルティ。遅くないわ。早いわよ?」

 リディアが微笑む。


 サロンでは、リディアとルードヴィグがソファに座って淡い茶色の飲み物を飲んでいた。

 リディアは淡い緑色のワンピースに茶色のコルセットベルト、深緑のフード付きローブ。髪には茶色のリボンが結ばれている。ルードヴィグは優美な意匠デザインの生成りのシャツに黒のズボンという服装だった。

「ルード、ルティに朝の挨拶はしないの?」

 リディアがにっこりとルードヴィグに微笑んだ。どこか迫力を感じるのはマルティナの気のせいかもしれない。


「……おはよう」

「お、おはようございます! ルードヴィグさん!」

 マルティナは慌ててお辞儀をしながら挨拶を返した。

「ルードは朝は牛乳入りの珈琲だから、淹れ方を教えるわね」

 リディアがカップを置いて立ち上がりかけたのを、ルードヴィグが手を掴んで止めた。


「俺は、お前の淹れてくれる珈琲しか飲まない。お前がいない時は他の奴らと同じでいい」

「え? どうして?」

 リディアが首を傾げた。高く結んだ髪とリボンがさらりと肩を流れ落ちる。

「……そう決めてるんだ」

 拗ねたような表情で答えるルードヴィグを見て、昨夜との態度の違いにマルティナは驚いていた。もはや別人といっていい。憂いに満ちた表情は影をひそめて、やんちゃな少年のようだ。

「そう? わかったわ」

 リディアが座りなおした。


「……何を隠してる?」

 突然ルードヴィグがマルティナに向かって冷たく言い放った。リディアに対する態度との違いに、マルティナは驚いて息が止まると同時に、背筋が強張るような気持ちがした。


「ちょ。聞き方を考えて!」

 リディアが立ち上がってマルティナの肩を抱き、マルティナは安堵の息を吐いた。


「ごめんなさいね。このじじいは口と性格と態度が悪いのよ」

「鈍いお子様には言われたくないぞ」

「じじいは礼儀というものを忘れてしまったようね。呆けたの?」

「ぼっ……お子様は年上を敬うものだろ? ほれ、敬え」

 マルティナは、突然始まったリディアとルードヴィグの口喧嘩を口を開けて見ていた。


「あ、あの、喧嘩……ですか?」

 マルティナは恐る恐る聞いてみた。どうも途中からじゃれ合っているように聞こえて仕方が無い。


「はっ。ごめんなさい。気にしないでね。えーっと、何だっけ?」

 リディアが、ルードヴィグに確認した。

「そのちっさいのが何隠してるんだっていう話」

 はぁあとわざとらしい溜息を吐いて、ルードヴィグが答える。


「あの……このペンダントのことでしょうか?」

 マルティナは服の下から、母の形見のペンダントを取り出してみせた。マルティナが隠しているとすれば、このペンダントしかない。ポケットには何も入っていなかった。


「このペンダントがどうしたの?」

 リディアが無表情でペンダントを見つめるルードヴィグに聞いた。何か知っているのだろうかとリディアもマルティナも期待した。


「いや、気のせいだった。お前の魔法が掛かってるのを感じただけだ」

「ああ、私の魔法ね。……ルティ、朝ご飯はこれから?よかったら一緒にどう?」

 リディアがマルティナに向かって笑う。


「はい! 準備してきます!」

 マルティナは嬉しくなって答えた。一人で食べるのは寂しいので、朝食はリディアからもらった菓子で済まそうかと迷っていた所だった。マルティナは立て掛けていた箒を持って、部屋へと引き返した。


      ■


 マルティナがサロンから出て行くと同時に、ルードヴィグが防音結界を展開した。

「どうしたの?」

「あのちっさいのが持ってる首飾り、誰のだ?」

「ルティの父親が母親に贈った物なのですって。……もしかして?」

 リディアが疑いの眼差しでルードヴィグを見た。


「待て。それは誤解だ。そもそも俺は……いや、そうじゃなくて。神力を抑えて隠ぺいする術式が石に埋め込まれてるぞ」

「神力を隠ぺいする? ルティは精霊に感謝を捧げていたから魔力持ちだと思うのだけれど?」

 リディアは食事の際のマルティナの祈りを思い出していた。この国では全員が、大なり小なり魔力か神力という奇跡の力を持っている。食事の際には魔力を持つ者は精霊に感謝をし、神力を持つ者は女神に感謝をする。


「俺が昨日会った時、おそらく首飾りを外していたと思うが、強い神力を感じた」

 そう言ったルードヴィグがリディアの髪を指でもて遊び始めた。いつの間にかルードヴィグの癖になってしまっている。いくら注意されても治らない。

「そうなの? 神殿で測ってもらおうかしら」

「おい。下手に神力があるって判ったら、神殿か貴族に囲われるぞ」

「え? そうなの?」

 ぺちりとルードヴィグの手を叩き落したリディアが目を瞬かせた。


「男の神官は多いが、女は少ない。魔力の強い貴族に妾として見初められたらやっかいだ」

 ルードヴィグは溜息を吐いた。異世界人であるリディアは知らないが、一般国民で強い神力を持つ女は、裏社会で高額で取引される程の価値がある。女の神官は、神殿に保護されていると言ってもいい。


 貴族は強い魔力を持つ者が多い。強すぎる力を持つ者は、肉体関係を持つ相手の精神に影響を与えてしまうので、伴侶と子供を作った後は使い捨ての妾を囲うことがある。胸が悪くなる話だが、強い神力を持つ女は「長く使える」という理由で取引されている。薄汚い話はリディアには知られたくないと説明は省いた。


「うーん。やっぱり離宮から通ってもらおうかしら。とりあえずはあのペンダントを常時着けてもらうけど」

 首を傾げて悩むリディアを見ながらコーヒーを口にしていると、廊下を急ぎ足で歩いてくる音が聞こえたルードヴィグは防音結界を解いた。


      ■


「……どうしてルードがついて来るの?」

 マルティナと手を繋いで歩いているリディアが、隣を歩くルードヴィグに聞く。

「護衛だ。護衛」

 ルードヴィグが口を引き結んで答える。マルティナは、この二人の仲が良いのか悪いのかわからなかった。


 かなり早朝とはいえ、使用人食堂は人が多い。ルードとリディアが入り口に現れると一瞬食堂が静まり返ったが、すぐに騒がしさを取り戻した。


 マルティナとルードヴィグがお盆トレイに取ったのは、量は全く違うが、トマトのスープ、薄切りパン、焼き卵とベーコン。二人ともリディアにサラダと薄切りチーズを載せられた。リディアはトマトのスープと温野菜のサラダ、チーズをお盆に載せた。


 空いた席に三人で座って食事が始まった。それぞれが食事の祈りを終え、薄切りパンにチーズと焼き卵、ベーコン、野菜を挟んでルードヴィグが食べ始めた。マルティナも真似をしてかぶりつく。

「ルード、足りないんじゃない? 大丈夫?」

 リディアはルードヴィグに確認した。騎士の朝食には、肉などのたんぱく質が豊富な料理を含むことが多いが、使用人食堂では、朝の時間に肉を出すことは無い。お盆に山のように料理が盛られているが、騎士には物足りないかもしれない。


「大丈夫だ。晩飯は肉だな。からあげと麻婆豆腐が喰いたい」

 マルティナはからあげは知っていたが、ルードヴィグが言う麻婆豆腐という料理がさっぱり分からない。

「了解ー。あ、ルティも離宮に食べにくる?」 

 リディアが笑って聞いてきた。マルティナは、思いっきり口に入れていたので飲み込むまで少し時間がかかる。


「食べてる途中でごめんなさい。急がなくていいわよ。ゆっくり食べて。ルードは休みの日は離宮で晩御飯食べてるのよ」

「あの、慣れておきたいので、今日は食堂に行きます」

 口の中の物を飲み込んで、マルティナはリディアについて行きたい気持ちを抑えて答えた。食堂でこうして一緒に食べているだけでも恐れ多いのに、貴族の食卓の席に着くことは想像もできなかった。


「そう?じゃあ、また今度ね」

「あの、もしかして、リディアさんが料理されてるんですか?」

 マルティナは、疑問に思っていたことを聞いてみた。ここ二年程、町では魔女の料理というものが流行っている。全ての料理の味が激変した。まさかリディアが自分で料理をしているというのだろうか。

「ええ。私、元の世界で料理を作ることが趣味だったの。皆に我儘を聞いてもらって、離宮で料理をしているのよ」

 リディアがはにかむように微笑んで、マルティナは目を丸くして驚いた。


      ■


 食堂を出てから、リディアはマルティナに王宮を案内することにした。ルードヴィグは上着を取ってくると言って宿舎に戻った。

 食堂から少し離れた場所に洗濯場があった。部屋の扉を開けた途端にせっけんの匂いがふわりと漂う。


「ここは洗濯場ね。洗い物の受付台はこっち。受け取りはあっちの台ね」

 リディアの説明を聞き逃さないように、マルティナは必死で聞いていた。

「魔女様、こんにちはー。あれ? 何です? その小っさいの」

 緑色の髪の中年男性がリディアに声を掛けた。紺色の使用人服を着用している。

「第四騎士隊宿舎の管理人のルティよ。これから洗濯物は彼が持ってくるからよろしくね」

 リディアがマルティナを紹介した。

「は? 管理人? いやー、小っさいのに勇気あるなーお前。俺はセンドル。よろしくなー」

 センドルは大きな口で笑いながらマルティナに挨拶をした。

「よろしくお願いします! ルティです!」

 マルティナが大きな声で叫んで頭を下げると一瞬で騒がしかった場が鎮まった。恐る恐る顔を上げると部屋の全員から注目を浴びていて、マルティナの顔が羞恥で赤くなる。

「元気で結構! これくらい元気でないとあの宿舎の管理人なんて無理だからな!」

 センドルが大声で笑って、マルティナの肩を叩いた。見ていた人間も皆笑っていて、手を振ってくれる人もいた。


「よし!特別に洗濯場を見せてやるよ! 俺についてこい!」

 上機嫌になったセンドルが、マルティナとリディアを案内してくれるらしい。マルティナが部屋にいた人達に深くお辞儀をしリディアが軽く会釈して部屋の奥へと向かった。

 受付の奥へと入ると、せっけんの匂いがますます強くなった。水や湯が張られた洗い場で、多数の人間が洗濯を行っている。救護院でも洗濯は重労働だが、ここでも重労働のようだ。男性が多い。

「誰の物か間違ったりしないんですか?」

 大量に積み上げられたシャツを見て、マルティナはセンドルに質問した。似たようなシャツばかりで、救護院でも間違うことがいつもあった。

「ああ、預かった時に糸で印をつけるんだ。長年勤務してると、見ただけで誰のか判るようになるから間違うことはほとんどない」

 センドルが得意気に答えるのを、マルティナは驚きながら見ていた。

「この部屋は騎士や兵士の服を洗っている。あ、騎士服は別だ。騎士服専門の管理室は騎士隊居室近くにある。そこで洗った騎士服は本人にしか渡さないし、受け取らない。識別色持ちの上位騎士は騎士服の管理が特に厳しいからな。覚えとけよ」

 センドルが笑いながらマルティナに説明する。騎士の上着、騎士服を完全管理するのは、なりすましを防ぐ為の仕組みで、破損しても必ず管理室へと戻すことが求められる。識別色とは、主に戦闘時に個人を識別する為の色で、異名ふたつなと共に王から授与され、通常時も服や装飾品に使用することを推奨されている。


 さらに奥の部屋を開けると蒸気が立ち込めていた。巨大な鉄釜がいくつも火に掛けられている。

「ここではタオルやシーツを煮洗いしてる。煮て洗うのは王宮の昔からの伝統なんだ」

 センドルが説明する内容を、マルティナは興味深く聞いていた。煮て洗うなんて聞いたことも見たこともなかった。

「お。ここは早く出ないと汗だくになるな」


 次の部屋の扉を開けると、熱い空気が流れだしてきた。

「ここはアイロン部屋だ。気が細かい奴が多いから、ちらっと覗くだけな」

 センドルが片目を閉じてマルティナに中を見せた。多数のアイロン台の前に人がいて、アイロンが滑る音、洗濯物を広げる音しかしない。他の部屋と違って誰も話していないので、マルティナは緊張した。すぐに扉を閉めるようにとセンドルに目と手の動きで訴えた。これは邪魔しちゃだめだとマルティナは思った。


 さらに奥の扉を開けると、空が見えて一面に洗濯物が広がっていた。白や生成りのシャツやタオル、シーツがはためく。それぞれの部屋から中庭に出れるようになっているらしい。部屋から籠を持って出てきて干す者、乾いた物を取り込んで行く者が慌ただしく行き交っていた。


 洗濯場を見学してお礼を言ってから扉をでると、きっちりと騎士服を着て晦冥を下げたルードヴィグが壁際に静かに立って待っていた。

「お待たせしてごめんなさい。あら? 今日は休みなのでしょう?」

 リディアがルードヴィグに言った。

「護衛だ。まだ見学するんだろう?」

 笑うルードヴィグを見て、リディアと話始めるまでの憂いを帯びた表情との落差にマルティナは混乱する。

「もう。護衛とか必要ないっていつも言ってるでしょ? 自分の身は自分で守れるわよ?」

「護衛という名の転倒防止役だと言えば納得するか?」

「……それを言われると苦しいわね」

 見えない精霊たちにスカートの裾を引かれる悪戯を仕掛けられるリディアは、よく転ぶ。夫である黄金の騎士やルードヴィグに助けられることが多い。


「じゃあ、次は備品室を案内するわね」

「はい。お願いします!」

 マルティナは、笑顔で答えた。

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