ひとつの決意


 美姫がいじめられている。

 それも相当陰湿な方法で。


 そんなこと微塵も考えたことがなかった。それは自らの半生にいじめというものが身近になかったからかもしれない。

 しかし、それは言い訳にしかならないのはわかっていた。振り返ってみたら美姫は中学に入ってから様子がおかしかったのだ。それなのに、ただ思春期に入っただけだと決めつけ、美姫と向き合ってあげられなかった責任は自分にある。


 どうするべきなのか。


 美奈子は考えた。


 学校に連絡していじめっ子へ注意してもらう?

 しかし、現状を見る限り、美姫の精神はすでに限界を迎えているような気がする。たとえ、すぐにいじめがなくなっても、そのいじめっ子と同じクラスで過ごすのなんて耐えられないのではないだろうか。

 美姫といじめっ子が二度と顔を合わさない方法があるなら、それが最善策だといえるだろう。つまり、いじめっ子が光彩中学から去るような形がベストではある。

 しかし、それはやはり難しい。美姫の話ではいじめっ子は複数人いるはずなので、その全員を学校から追放するのは不可能だろう。


 かといって、このまま美姫が学校を休むのも問題だ。数日間なら休んだところで復帰することは可能かもしれない。だが、何週間も自室に閉じこもる生活を続けてしまったら、登校拒否が定着し、引きこもりになるという結果は目にみえていた。つまり、これは美姫のために速やかに解決しないといけない問題なのだ。


 ならば一刻も早く光彩中学から転校するというのが一番の手といえるだろう。そうすれば、美姫は新しい学校で、新しい学生生活を送り、新しい学友を作れるのだから。

 しかし、それにもいくつか問題がある。一般的に学区を変えなければ中学は転校できない。しかし、裕福な生活をしているわけではない臼井家にとって、引っ越しというのは簡単におこなえることではなかった。

 学校や教育委員会などに相談すれば、引っ越しせずに転校することももしかしたら可能なのかもしれない。しかし、それでは結果的に後手に回ってしまう。時間がかかり、美姫の学校への意欲が消えてしまうおそれがある。


 まさに八方ふさがりといえた。


 ――いや、本当はひとつだけ、この状況を打破できる方法は頭にあった。


 それは美姫を出産した直後から美奈子の脳裏にずっと潜んでいた考え。

 だが、その方法は世界から逃げるのと同義だった。そして自分の信念を曲げることでもある。だからいままで、ずっと頭の引き出しに押し込んで見ない振りをしていた。


 でも、もうあきらめるべきなのかもしれない。

 これも美姫のため。


 美奈子は決意を固めていた。 

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