転校の理由


 お昼になり、美姫達は昼食をとるためフードコートへと来ていた。そこで大河はチャーシュー麺を、美姫はハンバーガーをそれぞれ注文していた。


「いやー、あの映画クソつまらなかったなー」


 大河は麺を啜りながら、先ほど観た映画の感想を述べる。


「ていうか鮫人間ってなんだよ。くだらなすぎて笑っちまうよな」


 美姫達が観た『モンスターシャーク』は、突如現れた二足歩行の鮫人間という名の怪物が人類を襲うスプラッター映画だった。

 元々こういうタイプの映画が好きではなかった美姫であったが、この『モンスターシャーク』はストーリーそのものも陳腐でご都合主義だらけだったので、上映開始されてからの一時間半は、映画を観ているというより、スクリーンを眺める刑罰でも受けている気分だった。それでも、途中で席を立つことなく最後まで映画を見続けることができたのは、隣に大河がいてくれたからである。


 美姫は『モンスターシャーク』を鑑賞して、なにをやるかが大切なのではなく、だれとやるかが大切なのだと強く感じた。どんなに退屈な環境下でも好きな人と過ごせるなら、それは至福の時になるのだ。

 そう考えられるほどに美姫にとって大河の存在は大きいものになっていた。

 それは世界を壊してもらったという恩があるからだけではない。接すれば接するほど、美姫は大河のさりげない優しさに惹かれていた。


「そもそも陸を歩く時点で鮫である意味がないじゃんか。もうちょっと設定を生かしてほしかったよな。一応水中で殺すシーンとかあったから、そこで鮫要素を出しているんだろうけど、もっと凝った演出がほしかったと思うわ。ラストも安易な爆発オチだしさ」


 いまだってそうである。美姫はそんなに映画に詳しくもないので、こくこくとうなずくことしかできない。それでも気まずくならないように終始しゃべり続けてくれる大河の心遣いが本当にありがたかった。


「ありがとう」


 ふと心に思っていたことが美姫の口から自然とこぼれていた。

 当たり前だが、話の流れを無視するかのような唐突な感謝の言葉に大河はきょとんとした顔をみせている。

 大河を困惑させてはいけないと、美姫は慌てて感謝の理由を述べた。


「わたし、大河くんのおかげでいろいろと救われたから……。だからさ、あらためてお礼を言いたくなっちゃって」


「ああ、そのことね。何度も言っているけど気にしなくっていいって、そんなこと」


「大河くんにとってはそんなことかもしれないけど、わたしにとってはすごい大きい出来事だったから。樹理亜達からわたしを守ってくれこと、感謝してもしきれないよ」


「そりゃどーも」


 素っ気ない返事とともに大河は器を持ち上げると残っていたスープをずずっと飲み干す。それから「ふう」と一息つくと美姫へと真剣な眼差しを向けた。


「前さ、臼井さん訊いたことあったよな。どうして自分のことを助けてくれたのかって」


「え? うん……」


「あの時はテキトーなこと言ってはぐらかしたけど、じつは理由があったんだ」


 ――助けてくれた理由。あの時、大河は「見ていて気分が悪かったから」とか「臼井さんと友達になりたかったから」とか言っていた。しかし、それが本当の理由でないとするといったい……?


 美姫はいろいろと考えを巡らせてみたが、大河の言う理由がなんなのかは見当もつかなかった。


「まずさ、おれが転校してきた時期っておかしいって思わなかった? 一学期の半ばに転校生が来るってあんまりないっしょ?」


 確かに中途半端な時期だとは思った。あと一ヶ月もすれば夏休みに入るのだから、新学期が始まるのに合わせて転校するほうが一般的だとはいえる。とはいえ、なにかしらのやむを得ない事情があって引っ越しの日取りをずらせないなんてことはよくあることだし、大河の転校してきたことをそこまで不審に思ったことはなかった。

 そもそも、大河が転校してきた日にちと自分を助けてくれたこととなにが関係あるというのだろう。美姫にはさっぱりわからなかった。


 美姫が混乱しているのを察したのだろう。大河は少しだけ微笑むと言葉を続けた。


「おれさ、じつは前の学校でいじめられていたんだよね」


 なるべく普段と変わらぬ調子で言ったつもりだったのだろう。しかし、大河の声は、周囲にいる大勢の人々による騒音に埋もれてしまいそうなほどに小さいものだった。

 それでも、その言葉は、美姫の胸の奥へと突き刺さっていた。大河のような風貌の人がいじめられたことがあるなんて、予想外すぎて衝撃があまりのも大きかったのだ。


「そ、それ、本当なの……?」


「ああ。そのいじめから一刻でも早く逃げるためにおれは転校してきたつーこと。だから、あんな中途半端な時期になっちまったってわけ」


 大河はそう言うと自分の髪の毛をちょんちょんと指さす。


「金髪にしたのも転校先でいじめられないようにって思ってさ」


「そう……だったんだ……」


 転校前のことを尋ねた時、大河があんな反応をみせたことにようやく合点がいった。いじめられていた学校のことなんか思い出したくもなかったのだろう。

 でも、いまはこうやって打ち明けてくれている。大河が自分を信頼してくれているということだろう。その事実が美姫にはたまらなくうれしかった。


「でさ、びくびくしながら新しい学校に転入したら、先に臼井さんが先にいじめられていたってわけ。そんで、その姿を見たら自然と体が動いちまってたんだよな」


「大河くん……」


 咲良へのいじめをやめさせたことのある美姫にはそれがどんなに大変なことかわかっていた。しかも、自分が過去にいじめられた経験があるとなれば尚更だ。いじめの矛先が自分に向けられるんじゃないかと躊躇ってしまうのが当然の心理だと思う。

 それなのに大河は助けてくれたのだ。


 なんてすごい人なんだろう。


 美姫は大河のことをますます好きになっていた。.

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