娘に重ねる過去の自分
美姫との話し合いを終えてから一週間ほど経った。
あれから美姫は少し明るくなったように思う。朝の挨拶も返してくれるようになったし、笑顔だって以前よりもよくみせてくれる。
美奈子の方もすっきりとした気持ちだった。結局、トミマルは今月いっぱいで辞めさせてもらうこととなったので、新しい職を探しながら心機一転仕事に励んだ。
秋本とは職場で会っても事務的な会話しかしなくなっていた。あんな態度をとってしまったのだから仕方がないのだが、あれほどアプローチしてきたのだからもう少し粘ってほしかったと考えてしまうのは自分勝手なのだろうか。とはいえ、秋本もその程度の気持ちで自分に近づいたのだとわかり、かえってよかったようにも感じた。
そして迎えた日曜日。
その日、朝から美姫が浮かれているのは一目瞭然だった。
そもそも、普段なら休日は美奈子が清掃の仕事に出かけるまで美姫は起きてこない。それなのに、今朝に限っては早起きをして、ピンクのティーシャツに薄いカーディガンを羽織り、下はチェックのスカートと着替えも済ませていたのだ。
「今日はどこか出かけるの?」
美奈子が尋ねると、美姫は少し顔をほころばせた。
「うん、まあ。友達とショッピングモールに遊びに行く」
「あー、最近できたところね。じゃあお昼ご飯の準備はしなくっていいのね?」
「うん」
美姫はこくりとうなづくも、少し考える素振りをみせてから言葉を付け加えた。
「もしかしたら、今日は夕ご飯も外で食べてから帰るかもしれないから」
休みの日に午前中から出かけるだけでも珍しいことなのに、夕飯もいらないというのは初めてのことである。
友達なんて言っていたが、きっとこの前の電話の相手の猪野瀬くんとかいうボーイフレンドと遊びに行くのだろうと、美奈子はすぐにわかった。いつも以上に鏡の前で身だしなみを整えていたし、なにより美姫は時折髪の毛をくるくるといじっていたのだ。これは娘が照れている時にする癖だということを美奈子は知っていた。
微笑ましい。初恋に浮かれる娘の姿は、過去に隆信に夢中になっていた自分を見ているようだと美奈子は思った。
もちろん、猪野瀬くんが隆信のように美姫を裏切るなんて思っていない。しかし、どうしても重ねてしまう。それほどまでに初恋とは特別なものであるからだ。
美姫はまだ中学生。おそらく、この恋は最終的には別れで終わってしまうだろう。それは美姫や猪野瀬くんが悪いというわけではない。学生時代の恋とはそういうものだから仕方ないのだ。この世の中、学生の頃から交際している人と結婚まで至った人など数%くらいしかいないのではないだろうか。
でも、それでいいのだと思う。失恋を経験して人は大きくなるのだから。
美奈子もそうだった。隆信――そして秋本と決別して、人として成長したのだ。美姫も出会いや別れを繰り返し、少しずつ本当の幸せというものを理解するのだと思う。
とはいえ、いま現在の美姫にとって、猪野瀬くんという存在が世界のすべてといっても過言ではないはずだ。だからこそ、美姫にはこの恋愛を謳歌してもらいたいと美奈子は心から願っていた。
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