心に灯がともる


 自室に戻った美姫は、ひとつ大きな深呼吸をしてから電話の保留を解除した。


「もしもし、大河くん?」


「あ、臼井さん?」


 呼吸を整えて自分を落ち着かせたつもりだったが、大河の声を聞いて心臓は自然と高鳴る。それほどまでに美姫は大河からの電話を待ちわびていた。


「家に電話するなんて久々だから、なんか緊張したや」


「ご、ごめん」


「いやいや、べつに謝ることじゃないって。本当に臼井さんって変わってるよな、もちろんいい意味でだけどさ」


 美姫の謝罪を大河は爽やかに笑って返す。その優しさを受け、まるで灯がともったかのように美姫の胸は暖かくなった。

 だが、それ以上に大河に対して申し訳なさを感じていた。こんなにいい人を転校早々いきなり揉め事に巻き込んでしまったのだから。


「大河くん、今日は、その……ごめんね。迷惑かけちゃって」


「昼休みにも言ったけど、そんなこと気にしなくっていいっての。おれが勝手にしたことだからさ。それに臼井さんが謝ることじゃないだろ」


「うん。でもね、わたし不安なんだ。樹理亜って人をおとしめることにかけては本当に天才的だから。わたしを助けたことで明日から大河くんにもその牙を向けるかもしれないと思うと、わたし……」


 大河が助けてくれたことで最悪な世界は壊れた。でも、そのことで大河の世界が最悪のものになるというのなら、それは美姫が望むところではないのだ。


 しかし、そんな美姫の心配を大河は笑い飛ばした。


「ははは、そんなの大丈夫だっての。おれがいじめられるようなタイプにみえる? もしなんかされたら返り討ちにしてやるっつーの」


 たしかに大河がいじめられる姿は想像がつかない。いくら樹理亜でも、男子で、なおかつ意志の強そうな大河を貶めるのは難しいだろう。

 ただ、樹理亜のいじめのターゲットにはなり得ないかもしれないが、今日のことで大河がクラスから浮いてしまったのは事実である。いくら大河が魅力的な人だとしても、このまま自分のようなスクールカーストの底辺である人間と接していたら、彼に友人ができないのではないかと気がかりに思っていた。


「でもさ、大河くんは転校してきたばかりなのに、わたしのせいでクラスに馴染めなくなっちゃったかもしれないし」


「うーん、それはそうかもな」


 大河はそう同意するも「でもさ」と言葉を続ける。


「クラスの奴らって臼井さんがいじめられているのを黙って見ているだけで助けようともしなかったんだろ? おれはそんな薄情な奴らと友達になりたいなんて思えないな」


「大河くん……」


 彼の一言は、いちいちどうしてこんなにも心を揺さぶるのだろう。美姫は胸のときめきを押さえられずにはいられなかった。


「とにかくさ、また樹理亜になにかやられたらおれに言えな? すぐに助けてやるからさ」


「うん、ありがとう」


 絶対的な味方がいることがこんなにも心強いことを初めて知った。大河さえいてくれれば自分は青春をやり直せると美姫は確信していた。

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