一歩、踏み出す


 美奈子は朝食であるシリアルと牛乳を食卓に並べると、通常よりも早めに美姫のお弁当作りに取りかかっていた。


 毎日作っているものだが、今日は特別だ。気合いを入れて作ろう。

 普段はご飯はそのまま弁当箱によそっているが、今日はおにぎりにしよう。深い意味はないが、そのほうが一生懸命作ったという感じがでる気がする。

 俵型の小さめのおにぎりを作ることにしよう。中身は昆布と梅をそれぞれひとつずつ、それから鮭フレークとのりたまの混ぜ込みご飯もそれぞれひとつずつの計四個だ。それらを弁当箱に詰めると、次におかず作りに取りかかった。


 まずはカップグラタン。といっても、これは冷凍食品なのでお弁当の端に置いて自然解凍させるだけである。しかし、美姫の一番の好物なのでこれをはずすという選択肢はなかった。


 次に取りかかったのはメインのおかずであるハンバーグだ。美姫はタマネギが嫌いなのだが、ハンバーグに入れると進んで食べてくれるので臼井家のハンバーグはタマネギが豊富に入っている。今日も例外なくタマネギたっぷりのハンバーグをフライパンで焼く。


 空いているコンロで同時に卵焼きも作った。砂糖をたっぷりの甘い卵焼きはデザート感覚でいつも弁当に入れている。

 しかし、今日は特別だ。本当のデザートも入れてあげよう。

 美奈子は桃缶を開けると、ちょうどいい大きさに切り分けて、ラップにくるんでから弁当の端に詰めた。


 あとは彩りを考え、サラダにプチトマトを添えれば――完成である。


 いつもよりも早めに取りかかったため、当然のことながら早めの完成となった。普段は美姫が起きてくる時間はまだ弁当作りの最中なのだが、今日は美姫が自室から出てくる頃にちょうど全部の支度が終わっていた。


 美姫はいつものようになにも言わずに食卓へつく。

 そんな娘に美奈子は笑顔を向けてみせると朝の挨拶をした。


「おはよう」


 毎朝のように発していたセリフだったが、一日空いただけでずいぶん久しぶりに感じる。――いや、もしかしたら、ちゃんと顔を向けて挨拶をしたのは本当に久々だったのかもしれない。

 このことだけでも自分が娘とちゃんと向き合ってあげられていなかったことがわかる。美奈子はこれまでの自分の母親としての姿勢を恥じた。


「美姫、ごめんなさい」


 美奈子は思いのままに謝罪の言葉を口にした。


 突然母親から謝られ、美姫は驚いているようだ。目を丸くして美奈子を見返していた。


「一昨日のこと。いきなり叩いたりしちゃったから謝ろうって思ってたの。美姫にだって言い分くらいあるわよね。あのときのお母さんパニックになっちゃってたから、美姫の話を聞いてあげられなくってごめんなさい」


「お母さん……」


「だから、いまさらかもしれないけど今日学校が終わったら話し合おう。今日はお母さんもトミマルの仕事はお休みだからさ」


 美奈子はそう言って美姫に微笑む。重苦しい話し合いになるだろうという予感はあったが、なるべく美姫に余計なプレッシャーを与えたくなかったのだ。

 その効果があったのかはわからないが、美姫は少し躊躇ためらう素振りをみせながらも「わかった」と一言だけ返してくれた。


 とりあえずは一歩前進。


 美奈子はほっとため息をつきながらも、まだまだ気を抜いちゃいけないと心の中で自分を鼓舞こぶしていた。

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