美奈子の胸中


 娘と話し合わなければいけないのはわかっていた。しかし、美奈子は家に帰ってからも美姫に声をかけることができなかった。

 美姫が罪悪感に苛まれているのと同じように、美奈子の方も美姫に対して後ろめたさを感じていたのだ。


 ふと自身の右手を見やる。


 ――叩いてしまった。


 美姫が生まれた直後、この子のことを一番に考えて生きると誓ったはずなのに。結局それも守ることができなかった。


 ――いや、叩いたこと自体はいいのだ。美姫が万引きという犯罪行為をしたのだから、それが悪いことだということをしっかりと理解させるという意味では必要なことだったと思う。


 しかし、それはあくまで結果論。あのときの美奈子はそんなことを一ミリだって考えていなかった。ただ感情の赴くままに美姫の頬を張っていたのだ。

 しかもその感情は怒りというよりは憎しみに近いものだったからこそ後ろめたさを感じていた。いままで美姫のために我慢をしてきたのに、それを台無しされたような気がした。そして、この子さえ、美姫さえいなければ――とまで思ってしまっていたのだ。


 もし美姫さえいなければ、いまでも隆信と仲良く暮らしていたかもしれない。たとえ隆信と別れたとしても、新しい恋はもっと簡単に見つけられることができたろうし、それ以外の挑戦もなんだってできたはずだ。

 わかっている。『もし』なんか考えても意味がないことくらい。しかし一度考え出したら、有りもしないきらびやかな未来が湯水のように吹き出してくるのだ。


 どうしてこうなってしまったのか。


 それもこれも最近の美姫がおかしいのが原因だった。いつもどこか上の空。話しかけても無愛想な返事しかしない。そして今回の万引きだ。

 もう美姫がなにを考えているのかもわからない。美奈子は自分がお腹を痛めて産んだはずの娘が得体の知らない存在にでもなってしまったような気がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る