美姫は秋本にトミマルのバックヤードに連れてこられた。

 案内された部屋は休憩室だろうか。パイプ椅子と机が綺麗に並んでおり一番奥にはテレビが置かれている。忙しい時間だからなのか、いまは休憩している従業員はひとりもいなかった。


「とりあえず座って」


 指示通り、美姫は一番手前の席に腰を下ろす。それを確認してから秋本が美姫の正面の席へと座った。

 こうして向かい合ってみると、この秋本という男が外国人みたいに彫りが深いことに気づく。おそらくどこかしらの国とのハーフの人なのだろうと美姫は現実逃避気味に考えていた。


「じゃあ、盗ったもの出してもらえる?」


 いまさら逆らったところでどうしようもない。美姫は言われたとおりにカバンからチョコビスケットの箱を取り出した。


「あのさ、なんでこんなものったの?」


 秋本は怒っているというよりはあきれた様子でため息をつく。


「こんなの百円ちょっとじゃん。そんなにお金がなかったの?」


「……」


 なにかを言おうと思って口を開いたが言葉が出てこない。美姫は仕方なく目を伏せて首を横に振った。


「じゃあなんで盗むの? ゲーム感覚で万引きする学生が多いって聞くけど、きみもそのたぐい?」


 美姫は再び首を横に振る。

 お金がなかったわけでもゲーム感覚だったわけでもない。樹理亜に命令されたから、やむを得ず万引きに至った。それが真実だ。


 ――でも真実を告げてどうなるというのだろうか。


 樹理亜達はそんなことを指示した覚えはないと否定するに決まっている。それに実際に万引き行為をしてしまったのは事実なわけだし、失敗したのだって自分の責任だ。どんなことを語っても言い訳にしかならないだろう。


「お金がないわけでもゲーム感覚でもないんだったら、それはもう病気だよ。きみは常習犯らしいし、もう物を盗むのが癖になっちゃってるんじゃないの?」


 万引きなんてしたのは今回が初めてだったし、樹理亜に命令されるまでやろうと思ったことすらない。それなのに常習犯らしいとはどういうことだろうか。言っている意味が理解できず、美姫は視線をあげて秋本を見返した。

 秋本も美姫の意図を察したようで補足するように言葉を続ける。


「きみが来店したすぐ後にきみと同じ光彩中学の子達がやってきて教えてくれたんだよ。『あの子は万引き常習犯だから気をつけた方がいいですよ』ってね。だから、こっそりきみのことを尾行していたんだ。そしたら案の定……」


 その瞬間、美姫は自分がはめられたのだと気づいた。

 樹理亜の目的は最初からこれだったのだ。口八丁でそそのかして万引きをさせ、それを従業員に告げ口して捕まえさせる。あの悪魔らしい姑息で卑怯ないやがらせだといえるだろう。

 よくよく考えてみればおかしかったのだ。樹理亜のような自分の手を汚さない腹黒が、自ら万引きをするなんて危険な手段をとるわけないじゃないか。

 でもいまさら魂胆に気づいたところで遅い。遅すぎるのだ。


「悪いけどね、泣いて許されることじゃないんだよ」


 秋本にそう言われ、美姫は自分が涙を流していることに気づいた。樹理亜達に対する怒りと、まんまと手の平で踊らされてしまった自分に対する情けなさとが混じり合った結果が涙として現れたのだろう。


「とりあえずさ、きみの名前とかがわかる身分証を見せてくれる?」


 できることならこのまま帰らせてほしい。美奈子に迷惑をかけることが美姫にとって一番心苦しいことだからだ。しかし、そんなわがままが通じるわけもないのはわかっていた。美姫は涙をぬぐうと、財布から学生証を取り出して秋本に渡す。


 秋本もなにか察したのだろう。学生証を一目みたとたんに顔がみるみるうちに青ざめていった。


 自分が起こした失態で色んな人に迷惑をかけている。その事実を目の当たりにして、美姫はこの世から消えてなくなりたいとまで思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る