自殺の報道


 美姫が無表情を貫き続けている影響が大きいのだろう。カッターナイフを隠し持つようになってから、樹理亜達のいじめの頻度は確実に少なくなっていた。

 これなら本当にいつか樹理亜達からの嫌がらせがなくなるかもしれない。そんな風に思っていたある日のことだ。


 いつものように朝食を食べていると、テレビでとあるニュースが報道された。


 ――東北中二男子生徒自殺調査委員会、自殺の原因特定できず。


 数週間前に東北の中学校で起こった自殺の続報である。

 この自殺はどのマスメディアもこぞって大々的に報道していたため、いま世間が一番注目しているニュースだといっても過言ではないだろう。なぜこんなにも話題になったかというと、その男子生徒の自殺の方法が壮絶だったためだ。

 その男子生徒は他のクラスメイトが授業を受けている最中に校庭に現れ、灯油をかぶり、自らに火をつけて自殺したのだ。つまり焼身自殺である。中学生がそんな無惨な死に方を選んだということで人々の興味を集めたというわけだ。


 初めてそのニュースを目にした時、美姫は間違いなくいじめが原因だと思った。――いや、おそらく世間のほとんどがそう思ったはずだ。焼身自殺なんて相当覚悟を決めないとできないことだし、校庭で決行したのも学校になにかしらの大きな不満があったとしか考えられないじゃないか。

 だが、その結果が「自殺の原因特定されず」なのだからやるせない。学校で箝口令かんこうれいがしかれたのか、映像を見る限りかなり田舎な場所だったので住民の結束が強かったのか、どちらかはわからないがいじめの確固たる証拠や証言が出てこなかったようだ。

 遺書さえ残していれば――と思うかもしれないが、美姫にはこの男子生徒が遺書を残さなかった気持ちは痛いほどわかった。家族へ感謝の気持ちを伝える内容ならともかく、自分の最後の言葉が恨み辛みでありたくなかったんだろう。


 ――でもこれじゃあただの死に損じゃないか。自分は絶対にそうはならない。樹理亜という悪に屈してなるものか。

 美姫はそう決意を固めると、すでにスポーツ情報に切り替わっていたテレビを消した。


 タイミングを見計らっていたのだろう。その直後に食器洗いをしている美奈子が背中を向けながら話しかけてきた。


「ねえ、美姫。ちょっといい?」


 美姫はいいとも悪いとも答えなかったが、それでも美奈子は言葉を続ける。


「美姫はお父さんがほしいって思ったことある?」


 普段なら美奈子の言葉に素直に応じることは少ない。だが、さすがにこの問いかけには美姫も反応せざるを得なかった。


「え? お母さん、誰かと結婚するの?」


「いやーね、違うわよ。ちょっと美姫がどう思っているのか気になっただけ。ほら、そういう人がいたら、お母さんだってそんなに働きに出なくてもすむし、美姫にも寂しい思いさせないかなとか思ってさ」


 髪の毛をくるくると指でいじりながらも美奈子は否定をする。母のその癖は照れている時に出るものだと美姫は知っていた。

 結婚の話はまんざらでもないということだろう。つまり美奈子にはそう意識する相手がいるということである。そのことが美姫には少しばかりショックであった。

 母がこれまで自分を必死で育ててくれたことは重々承知しているつもりだ。そんな母に幸せになってもらいたいとも思っている。

 ただ美姫は素直に喜んであげられなかった。自分は樹理亜達からのいじめが止むかどうかの瀬戸際だというのに、母が男と浮かれていたのかと思うと無性に腹立たしく感じていたのだ。

 とはいえ、こんな感情が理不尽なものでしかないのは美姫にもわかっている。だからこそ、ぶっきらぼうな物言いでこう言ってみせた。


「……べつにいいんじゃない」


 いい。どうでもいい。

 母親だろうが父親だろうがもう他人なんて必要ない。だってこの世界を壊してなどくれないんだから。


 彼女とカッターナイフ。

 それだけが美姫にとって唯一の味方だった。

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