デートの誘い
美奈子はトミマルの休憩室で持ってきていたお弁当のおかずをつついていた。
今日は一恵が休みなのでひとりきり。話し相手になってくれる人がいないので、孤独な夕食といえた。
とはいえ、娘のことを考えればこんなのは寂しい内には入らないだろう。美姫は普段からひとりきりで夕食をとっているのだから。
やっぱり父親が必要なのかもしれない。父親がいれば生活も安定し、少なくともいまよりは美姫のために時間をとってやれるだろう。ただ、そう考えていても、相手がいない、探す暇がないとどこかであきらめていたのだ。
だが、それも言い訳だったのかもしれない。
――秋本店長。あの人、臼井さんに気があるみたいよ。
一恵にそう言われてからずっと頭にこびりついている。
誰かに好かれるということがここまで胸がときめくということを美奈子は忘れていた。そして、そのことが自分の自信につながるということも。
「お疲れさまー」
と、不意に休憩室に快活な声が響く。秋本が入室してきたのだ。
美奈子は口に残っていたご飯をお茶で流し込むと昨日の礼を言った。
「店長、お疲れさまです。そういえば昨日いただいたお菓子、娘が大喜びしてましたよ。本当にありがとうございました」
「なんのなんの。あんな試供品でよければいつだって言ってよ」
秋本は目尻にしわをぎゅっと寄せながら、美奈子の前の席に腰をおろす。
自然と胸が高鳴る。以前まではなんとも思っていなかったはずなのに、好意を持たれていると知ってから秋本のなんてことない仕草ひとつにドキドキしてしまう。
美奈子の緊張がうつってしまったのか。なぜか秋本の方も、きょろきょろと周囲を見渡していて落ち着きのない様子であった。
「どうかされたんですか?」
「あ、えーっと、今日って石渡さんは休みだっけ?」
「はい、そうですけど……」
「そ、そっか。じゃあ、ちょうどよかった」
秋本はコホンと咳払いをひとつすると真剣な面もちになる。
「もしよかったらなんだけど、今晩仕事が終わったらご飯でも一緒にどうかな?」
「え?」
秋本の言っていることを理解するまでに数秒の時間を要した。それほどまでに美奈子は男性に誘われる機会が減っていたのだ。
「それって……デートのお誘いですか?」
「あ、いや、まあ……端的に言えばそういうことかな」
秋本はうろたえながらもうなずく。見た目が外国人のように濃いので、どぎまぎする姿とのギャップが可愛らしい。美奈子は思わず笑ってしまっていた。
「そんな笑わないでよ。結構勇気出して言ってんだからさ」
秋本は照れたように頭をかいている。
「で、どうかな? おいしいイタリアン知ってるんだけど」
「そのー、お誘いはうれしいんですけど、わたしいま食事を終えたところなんですよね……」
机の上に乗っている空のお弁当箱を指さしてみせる。一恵ほど少食ではないが、お弁当を平らげた後にパスタを食べられるほど美奈子は健啖家ではなかった。
「それにわたしこの後も別の仕事入ってるんですよ。……なのですいません」
「そっか。臼井さんって掛け持ちで仕事してるんだっけ。それじゃあ、ぼくなんかと食事してる暇なんかないよね……」
あからさまに落ち込んでいる秋本。そこまで自分のことを想ってくれているのだとわかり、美奈子はうれしくなっていた。
「でも次の月曜日なら別の仕事はお休みなんで大丈夫ですよ。お食事に連れて行ってくれるというのなら、その日はお弁当は持ってきませんし」
「本当!? それじゃあ、次の月曜日の仕事終わりに是非に行こう」
「ええ、喜んで」
美奈子がオーケーすると秋本は大げさに天を仰いでみせた。この人は行動すらも外国人みたいだ。
しかし、男の人とふたりで食事なんていつ以来だろうか。美姫が生まれてからほとんどなかったように思う。
美奈子は表に出さないようにしていたが、秋本と同じくらいに次の月曜を楽しみにしていた。
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