いじめ
美姫の通う
入学当時、美姫はそのことをなんとも思ってはいなかった。だが、いまはそのくだらない学校のルールに不満しかない。
なぜなら――
「ブスイちゃん」
休み時間になると、美姫の机の周りには数人のクラスメイトが集まる。美姫が人気者だからではない。むしろ不人気だからこそ奴らは群がってくるのだ。
「おーい、ブスイちゃーん。シカトしないでくれるかな?」
「シカトするとかブスイのくせに生意気なんだけど」
けらけらと笑いながら同調するのは
「ごめん……。わたし、いま黒板写してるから……」
美姫はそう謝る。事実、美姫は前の授業である数学のノートにペンを走らせていた。
「うわっ、ブスイちゃんってブスなだけじゃなくて、とろくさいんだねぇ。……そうだ! ねえ、チェリー。今度からブスイちゃんのこと、本名じゃなくってトロイちゃんってあだ名で呼ぶってどう?」
「樹理亜、それ名案じゃーん……って、ブスイってのも本名じゃないからね!」
「えっ、そうなの? ずっとブスイちゃんって呼んでたから本名だと思ってたわ。じゃあ、ブスイちゃんの本名ってなに? チェリー、知ってる?」
「あれ? そういやウチも知らないや。じゃあ、もうブスイが本名ってことでいっか」
樹理亜と千恵里のふたりがせせら笑うも美姫はそれを無視してせっせと黒板を写していた。
「あー、またシカトしてるー。傷つくわー」
そう言うと樹理亜がにぃと口元をゆがめた。
五月になりずいぶんと暖かくなっていたはずだが、美姫の全身に悪寒が走っていた。樹理亜のこの笑い方は、なにかくだらないことを思いついたときにするものだということを知っていたからだ。
「ていうか、そんなにちんたらしてたら次の授業までに終わらないよ。だからさ、咲良が黒板写すの手伝ってあげなよ」
樹理亜が声をかけたのはもうひとりの腰巾着、
「ほら」
そんな咲良に樹理亜はボールペンを差し出す。そして意味深なウインクをしてみせた。
「い、いいよ。自分で書けるから……」
美姫には樹理亜の魂胆がすぐにわかり、手伝いの申し出を拒否した。
だが、咲良のほうも樹理亜の意向を理解したのだろう。ボールペンを受け取ると、美姫のノートをひったくった。そして、美姫が止める間もなく、そこにぐちゃぐちゃの線を引きまくったのだ。
「あ……やめて……」
美姫はそう小さくつぶやくことしかできなかった。もちろん、そんなか細い制止で咲良の行動を止められるはずもなく、数分後には美姫のノートのほとんどのページが黒く塗りつぶされていた。
樹理亜と千恵里のふたりは、その様子を見て声をあげて笑っていた。
――そう。美姫はこの三人からいじめを受けていた。
中学に入学して少ししてからのことなので、もう一年ほど経つ。他のクラスメイトもそれを黙認している状態だ。もし、クラス替えがあれば、せめて主犯格の樹理亜と別のクラスになっていれば、この地獄の日々から抜け出せるというのに……。
でも、そんな『もし』のことを考えたって意味がない。そんな『もし』でこの非情な現実を変えることはできないのだ。
だから、美姫は耐えるしかなかった。つらくても、苦しくても、惨めでも、情けなくても。ただこの時間が一秒でも早く終わるのを願うしかできなかった。
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