32話 ヤツが来る!
――図書館へ向かった日の翌日。
今日は全員で店の準備をしていた、サーシャとリノは掃除等を、ゼノが何故かアンジェリカの香料作成の手伝いをしていた。
ゼノは鍵開けや罠解除を担当することが多く、手先が器用なためかアンジェリカの香料配合を手伝っていた。
「アジャルタさん、こんなもんえいいのか?」
ゼノが小瓶に入った液体をアンジェリカに手渡す、渡された瓶の匂いを嗅ぐと。
「あら? 凄いわね、かなりバナナな香よ」
「ところでコレ、バナナの匂いの香料なんて何に使うんですか?」
ゼノは瓶をつまんだまま尋ねる、普通はバナナの匂いの香料は香水にはあまり使わないだろう……いや、わかんないけど。
「これはねぇ、油黒虫を集めるために使うのよー」
「へ? え? なんであんな虫を?」
「油黒虫退治に使えそうなモノが運よくできちゃってね、それを試すためなのよ」
「油黒虫をねぇ」
そんなやり取りをしていると、外からマーシャの声が聞こえてきた。誰かと話しているようだった。
「んえ? そっすよ、ここはアジャルタさんの家っすよ」
マーシャはそこそこ大きな声で話しているが相手の声はイマイチ聞こえない、どうやらマーシャと相手の距離は少し離れているようだ。
「え? マジっすか? アジャルタさんならこっちにいるっすよ。こっちに来るっす」
どうやら、誰かが訪ねてきたようだ。マーシャが走ってやってきた。
「あ、アジャルタさん! 息子と名乗る人がきたっすよ!」
マーシャが言うには息子が訪ねてきたようだった。
「息子? アンソニーかしら?」
マーシャの後ろから二十代半ばほどの男性が顔を出した。
「やあ、母さん久しぶり」
「あらー、やっぱり、アンソニーじゃないの」
アンソニー・アジャルタ。年齢は二十五になるアンジェリカの息子である。少し眉が太く目は小さめだ、今風で言うところのイケメンではないが、親に似たのか人の良さそうな青年である、体格はがっしりとしていて身長も一七五センチほどである。
「三年ぶりくらいかしらねぇ」
「そんなもんかな」
マーシャ達はアンジェリカ達を見守っている。
「て、いうか親子っすね」
「そうね、眉毛そっくりだものね」
アストリット姉妹が似てると二人で頷いていた。
「今日、母さんに会いに来たのは挨拶によったんだよ」
「あらー、でしたら中でお茶でも飲みながら話しましょう」
アンジェリカがアンソニーにそう提案する。
するとアンソニーは改めてアンジェリカへと話しかける
「わかったよ。だったら先に母さんに紹介人がいる」
アンソニーのその言葉に、リノ、サーシャが反応した。
「おぉ? サーシャさんこの展開は」
「ええ、紹介人と言う事はアレね」
やはりこういった話は好きな女子は多い。
だが、この作品だぞ? オバ魔女だぞ?
「あら? 誰かしらねぇ」
「チェイニー、こっちにきてくれ」
アンソニーが呼ぶと、小柄でこれまた人の良さそうな女性がやってきた。髪は長く腰のあたりまであり時折光の加減では金髪に見えるほど薄い茶髪の女性だ。
女性はぺこりとお辞儀をするとアンジェリカの方へとやってきた。
「母さん紹介するよ。彼女はチェイニー、去年僕と結婚したんだ」
アンソニーがアンジェリカに女性を紹介した。
「既に結婚してましたよ、サーシャさん」
「そうね、これからじゃなかったわね」
アンソニーに紹介された女性は、アンジェリカに挨拶をした。
「こんにちは、お母さま。私はチェイニーと申します」
「あらー、オバさんはアンジェリカよチェイニーさんよろしくね」
アンジェリカはうんうんと頷いた、そしてアンソニーに。
「アンソニー、私、結婚式には呼ばれて無いわよー」
少し、むくれてアンソニーにそう言った、しかしアンソニーもそこまで気にしてないのか。
「いや、母さんに連絡しようとしたけど。母さん変な手紙よこして、しばらく連絡できなかったじゃないか。確か『母さん魔女になったから魔女学校に行くわね、しばらく連絡取れないと思うけどよろしくね』とかいう手紙が来たから、仕方なく母さん抜きで式を挙げたんだよ」
アンソニーはわけがわからないといった様子であった、まあそれはそうだろう。
自分の親がいきなり魔女になるとか言い出したらアナタはどうしますか? アンソニーもそんな気分だったことでしょう。
「あらー、それは御免なさいねぇ」
そしてアンソニーは改めて問う。
「それで、魔女になったってどういうことなんだい?」
「それこそお茶を淹れてから話しましょうねえ」
するとアンジェリカは作業をしていた全員に声をかけた。
「皆さん、お茶にしましょうかね」
――
――――
「「……」」
アンソニーとチェイニーが目を見開いて口をぱくぱくさせている。そう、彼等の目線の先には言うまでもなく魚の尻尾がたっていた。
そんな二人に挨拶をするリヴァイアサン。
「主の使い魔をしているリヴァイアサンと言うものだ、よろしく頼む。主の息子殿にその奥方」
「リヴァイアサンは母さんが召喚したのよー、凄いでしょう」
誇らしげに語るアンジェリカであった。
「……何と言えばいいのか。とにかくこちらこそよろしく頼むよリヴァイアサンさん」
「よ、よろしくお願いします」
かくして全員がリビングに集まりお茶をすることになった。
そしてアンジェリカがマーシャ達とアンソニー達を互いに紹介する。
「するとマーシャちゃん達はこの家に下宿してるってことなのか、しばらくは母さん一人だけだったから、にぎやかになっていいかもな」
アンソニーがアンジェリカとマーシャ達を交互に見つつ、そう言った。
その後はアンソニー達にここ最近の出来事を語るアンジェリカであった、その内容はここで今までに語ってきた事であった、しばらくして話し終えるとアンソニーは疲れた顔をしていた。
「流石は母さんだよ、本気で意味が分からない」
アンソニーは頭を抱えながら溜息を吐く、チェイニーは苦笑いしつつ。
「楽しいお母さんじゃない」
そうフォローしていた。良くできた嫁だ。
「いやー、ボク達も色々と驚かせれてるんすよ。アジャルタさん何もかも規格外で」
「はぁ? あの母さんがねぇ」
他の人の話と合わせて渋い顔をするアンソニーであった。
「そう言えば、あなた達はなんでこの街に戻ってきたのかしら?」
一通り話し終えたアンジェリカが今度はアンソニーに質問をする。するとアンソニーがその事について語りだす。
「そうだねぇ。まずはこの街の東側の砦に配属されてね、それでその砦の近くの小さな村に引っ越すことになったんだ」
まあ、突然このような話が出ても何のこっちゃって人は多いだろう。簡単に説明すると、この港町から馬車で東に一時間ほど進んだ所にイザン砦と呼ばれる砦がある。その近場に人口200人程度の小さな村があるのだった。
「あの鳥でね、そこまで活発に活動してない砦だったじゃないの」
「ああ、最近魔物が増えてきてね、それで東の砦に本格的に部隊を派遣しようって話になってね。俺がそこに派遣される部隊のうちの一つ、小隊だけどそれを任されることになったんだよ」
アンソニーの話はこうだった。
城で兵士をやってるアンソニーは、最近増えてきた魔物に備えて砦の防衛力強化することが決定しその防衛力強化の為に飛ばされ……もとい小隊長として配属されることになった、そして近くの小さな村に居を構えることになったので挨拶に来たと言う事だった。
そして、必要な物の買い物ついでに近況報告を兼ねて街にそして家に寄ったとの事だった。
「あと、最後に母さんに吉報があるんだ」
「なにかしら?」
「実は俺、父親になるんだよ」
「え?」
アンソニーの言葉の意味が分からなかったのか、アンジェリカはポカンとした顔をしていた。しかし反応が「え?」は無いだろ。
「主よ……それは息子殿は。嫁に子供が出来たと言っているのではないのか?」
リヴァイアサンの助け舟で理解したのか、アンジェリカは目を見開く。
「え? なにアンソニーに子供。あらあら、これってお祝い案件よね?」
「そっすね、めでたい事っすよ」
マーシャ達もおめでたと言う事にざわつく。
「こうしちゃいられないわよ! ごちそうの準備よー! アンソニーにチェイニーさん是非食べていてちょうだい。すぐに準備するわね」
「あ、だったら母さん。準備の間に俺たちは必要な物の買い物に行ってくるよ」
「ええ、ええ、夜までには戻りなさい、皆も手伝ってちょうだい!」
ばたばたと動き出すアンジェリカ達であった。
こうしてヤツが来たとともに、あわただしくも優しい一日が過ぎていったのであった。
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