Phantom Pain Phenomenon

澄岡京樹

幻肢痛現象

Phantom Pain Phenomenon



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 ——ガラス細工のような月。

 今にも割れそうな光のもとに、二つの影が見え隠れ。

 姉は笑い泣き、妹は笑い無く。

 空に刺さる塔の上、一際大きな微笑みひとつ。

 その数秒先には、地に落ちる塊がひとつ。


                ——幻肢痛現象



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 二〇〇〇年八月初頭。雷桜らいおう県で起きた案件から帰ってきたオレは、突然の来客にうんざりしていた。今から寝ようと思っていたのだ。


「やっほー、龍ヶ崎くん元気ー?」

 その銀髪の女は、高校時代三年前と変わらない笑顔で玄関前に立っていた。

霧花きりか。寝ようと思ってたんだけど、オレ」

「そうだろうなーって思ったから今来たんですよー」

「——なんだよ、わざとなのかお前」

 しかもオレの行動を予測しているあたり、雷桜県の一件をエイリから聞いたとしか思えない。全く、なんで言うんだあいつ。


「いや、その件で桐生きりゅうさんから頼まれててね」

「なんか言ってたのか、あいつエイリ

 もう済んだことだろ、と思いつつも訊ねる。——と、

「『取りこぼしがあるぞ、バカもの』って伝えとけって」

「——————」

 予想外の答えが返ってきた。——取りこぼし? オレが? 何を?


鮮凪あざなぎ姉妹についてはもう調べただろ。ビルから落下したのは姉の金葉かねはと言う他ない」

 そう言うと霧花は待ってましたとばかりに人差し指を左右に振ってみせた。どうやらオレの推理は正しくないらしい。


「確かに落下死体の顔は潰れて姉妹のどちらかなんてわからなかったみたいだけど、でも実際のところ——そもそもどちらかがどちらなのかを

「——————」


 鮮凪姉妹は双子、それも一卵性双生児だ。外見は非常に似通っている。そして二人の体格もほぼ同一——いや、。検死ですら判別が付かなかった理由がそれだ。だがそれでも、鮮凪家の人間がその死体を姉の金葉と言ったことで、証拠不十分ながらもそういうことになったという。

 だが——


「霧花。お前の言い方だと、まるで両親ですら姉妹を判別できてなかったみたいじゃないか」

 妙じゃないか? と問いただす。

「うん、そうだよ。どちらがどちらかなんて、二人しか知らなかったみたい」

 だが霧花はそれが真実であるとキッパリ答えた。

 ——ああ、わかってたってワケ?


「……霧花。知ってたんだろ、真相?」

「——うん。本当にそっくりだったって桐生さんが言ってた」

 窓の外を眺めながら霧花は言った。こいつの癖だ。数日前のことを思い出す時は大体こうする。つまり——


「じゃあ何だ? オレは真相を隠されたまま亡霊を倒したってコト?」

「……うん、龍ヶ崎くんが倒した残留思念は——」

「——ああもういい。妹の方だったってんだろ。わかったわかった」


 ——嘆息する。いつだってこうだ。オレは探偵の真似事をするけれど、実のところ真相はとっくにエイリが解き明かしていて、そんなことも知らずにオレは得意げな顔をして怪異退治に勤しむワケだ。ああ、自分のばかさ加減に心底うんざりする。


「鮮凪家は昔、魂の色を知覚できたみたいで——あの双子はそれを数代ぶりに発現させていた様なの」

「それもエイリの受け売り?」

「……うん、そうなるかな」


 どうでもいいな、どうでも。オレはスレてしまって、そんな子どもじみたコトを考える。

 ——まるで、道化のようだ。

 失われた幼少期の埋め合わせでもしたいのだろうか。我が事ながら、よく、わからない。


 ——ふと、視界が霞む。昔のことを思い出そうとして、涙が出たようだ。


「——霧花。留守番任せた」

「——え、ちょっと待ってよ龍ヶ崎くん!」


 霧花が何か言っているが関係ない。オレは再び雷桜県へ向かうことにした。

 ——多分今も、半分この喪失感痛みを持ったままのやつがいるのだから。

 話をする気になったのだ。




Phantom Pain Phenomenon、了。

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Phantom Pain Phenomenon 澄岡京樹 @TapiokanotC

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