第3話 ボス部屋発見! 迷わず扉を開ける伊藤さん

 何度か戦い勝利するとわたしはレベルが二に上がり、明かりの魔法を覚えた。使い方はメニューを開いて『魔法』から選択。ちょっとこれ面倒すぎじゃない? こんなことしてたら戦闘中に使えないよ?

 きっと何か方法があるのだろうが、今は攻撃魔法を使えるわけでもないし後でいいか。


 そして今回はチビデブがすぐに消えない。試しにダガーを拾ってみると、直後に手の中のダガーは忽然と消え、チビデブも透明になっていく。ダガーの行き先には心当たりがある。インベントリを開くと収まっていた。


 タップすると目の前に四角い穴が開いて、その中に鞘に収まっただがーがある。取り出して伊藤さんに手渡したら、やっぱり消え去った。


「インベントリの中にあるよ」

「別にいらないんだけど」

「売れば幾らかのお金になるし、インベントリの中に入るうちはとっておけばいいと思うよ」


 わたしのアドバイスにそういうものかと呟きながら伊藤さんがメニューを操作する。


「二刀流はできるんだね」


 左手武器に装備していたのか。もう一本のダガーを拾い、わたしも左右に装備しておいた。予備武器を取り出し易くしておくことにも意味はあるだろう。



 それからも二人で進んでいき、チビデブを倒していく。

 わたしもダガーでの攻撃は諦めてひたすらキックを繰り出していく。


……なんか思っていたのと違う。剣を持ってスキルとか使って戦っていくんだと思っていたんだけど、完全に肉弾戦だ。乙女の戦い方じゃない。


 剣を持って戦うのが乙女らしいというわけでもないけど……



 一時間ほども進むと、違う敵が現れた。ウネウネグニグニと動く巨大な芋虫だ。その大きさは、体長五十センチほどもある。それが六匹だ。チビデブは二、三匹だったが、こちらは群れる数が多いのか。


 グピャー、グピャーと変な鳴き声を上げながら、意外と早い動きで迫ってくる。だが、意外と、というだけでそんなに早くはない。頭を上げて何かしようとしたところにキックをぶちかましてやる。


 グッピャー! と鳴きながら転がる芋虫。わたしが二匹を蹴っている間に、伊藤さんは四匹蹴散らしている。流れるようなフォームで華麗な蹴り技が次々と炸裂していくのだ。左右の足どちらでも、前で後ろでも自由自在に蹴りを繰り出し、あっという間に四匹の芋虫のHPが尽きる。


 わたしの担当の二匹も、そう長い命ではない。「でいや! でいや!」と叫びながら蹴り回し、踏み潰せば問題なく殺せる。そして、わたしも『蹴撃』のスキルを得て、攻撃力がちょっと上がった。


 ひたすら蹴り進み、行き止まりを引き返しを繰り返していると、広い部屋に出た。通った道は自動的にマッピングされていくから楽ちんだ。

 そこは、いままでのようなゴツゴツしたむき出しの岩の洞窟ではなく、床にはタイルが敷き詰められているし、壁も天井も人工的な感じだ。


「何もいないわね……」


 左右を確認しながら伊藤さんが進んでいく。隠れるようなところなんて全然ない。それでも慎重に奥へと進むと巨大な扉が見えてきた。


 高さは四メートル近くあるのではないだろうか。合わせて三メートルほどの幅の両開きの扉には何やら複雑な文様が刻まれている。


「ボスの部屋かな?」

「ボス?」

「大抵のゲームだと、そういうのがあるの。強めの敵が次の階にいく階段とか、大事な宝物を守ってる感じ」

「宝物を守るのは分からなくもないけど、何で階段を守るの?」


 伊藤さんは変なところにツッコミを入れてくるが、それは「ゲームだから」としか言いようがない。強いて言うなら、そうしないと面白くないからだ。変なところに疑問を持っても仕方がない。そういうゲームなのだ!


「じゃあ、入ってみましょう」


 言いながら伊藤さんは扉に手をかける。何の情報もないのが不安なところだが、それを恐れて逃げ出すなら、いきなり迷宮に突撃した意味がない。


 ここに来たのは、多分わたしたちが最初だと思うけど、もたもたしていたら、他の人が来てしまうかもしれない。まだ一階だしパーティー人数が多ければ簡単に勝てるだろう。


 怖気付いていても仕方がない。わたしも意を決して扉を押した。



 重い音を立てて扉が開くと、等間隔に円柱が並んでいるのが見える。柱の上の方に篝火が灯っていて、部屋の外より少し明るい。


 中に入ると、自動的に扉が閉じていく。まあ、ボス部屋なんてそんなものだ。倒すまで出られないのだろう。


「動いているものの気配はないわね」

「いや、見つけた! あの鎧!」


 わたしが叫ぶと同時に伊藤さんが走り出す。暗くて見えづらいが、部屋の奥には黒っぽい鎧が立っている。

 左側に二体、右側にも二体。正面の通路を挟むように並んでいるが、あれは絶対動きだすやつだ。


 走っている間に鎧の目が光り、揃った動きで前に足を踏み出す。そこに、伊藤さんの飛び蹴りが炸裂する。相手が何であろうとも、蹴ることに変わりはないらしい。だが、わたしは違う。

 右の列、手前の鎧が伊藤さんのキックで床に転がされ、響かせ音が止まないうちに、わたしは両手で左の列の手前側の鎧を横から突き飛ばす。


 鎧は意外と軽かった。中身が入っていない動く鎧がリビングアーマーなのだろうか。次、と思ったけど、伊藤さんが鎧にかがみ込んで、腰に下げている剣を奪っただと⁉


 そんなことできるの⁉ と、一瞬驚愕に固まってしまったが、そんな場合じゃない。わたしも同じように剣の柄に手をかけて一気に引き抜く。そして目の前に転がる鎧は無視して、奥のもう一体に向かう。


 伊藤さんの動きは早い。大仰なポーズで剣の柄に手をかけた鎧に、横から飛び蹴りを放つ。わたしの方は間に合うだろうか。と、思っている間に鎧は抜剣してポーズを決めている。


 バカめ。そんな隙だらけなら、わたしも飛び蹴りを喰らわせちゃうぞ!


「どありゃああ!」


 カッコつけたポーズが終わり、こちらに振り向こうとしたところにキックが直撃して、鎧はバランスを崩して転倒する。剣は既に抜かれている。「おりゃあ! おりゃあ!」と剣を握る腕を蹴り飛ばしてやると、剣は手から落ちて転がっていく。


「一旦距離を取って!」

「分かった」


 伊藤さんは入り口の方に戻っていく。転がった剣を急いで拾い、わたしもダッシュで入り口に向かう。その後ろから、起き上がった鎧がガッシャン、ガッシャンと音を立てて迫ってくるが、正直、走っているとは言い難い遅さだ。


「あなた、剣の経験は?」

「無いです」

「じゃあ、切ろうと思わないこと。突いて距離を保っていれば負けないから」


 それだけ言って、伊藤さんは軽く素振りを始める。両手に剣を握り、振る二刀流は様になっている。なんなんだこの人。古流剣術ってやつなのか? 全然剣道っぽくはない。


 わたしもそんなことをボンヤリ考えているほどの余裕はない。鎧たちはもうすぐそこまで迫ってきている。


「じゃあ、頑張ってね」


 それだけ言って、伊藤さんは飛び出していくと、体勢を低くして先頭の鎧に足払いをかけ、すぐさま奥のやつへと向かう。

 わたしは転びそうになったやつは無視して、二番目の鎧に向けて剣を突き出す。よくあるマンガの必殺技をイメージしてやってみたけれど、剣は鎧の胸の辺りに切っ先が命中して、ガチンと固い衝撃があっただけだ。鎧は少し仰け反り、HPゲージもほんの僅かに減るが、ほとんど効いていない。


 伊藤さんの言うように、この全身鎧に剣はあまり有効そうにない。だが、ひたすら剣を突いていれば、距離を取りやすく、丸腰の鎧の攻撃はわたしには全く当たらない。


 なるほど、伊藤さんが負けないと言っていた意味が分かった。二体の鎧がわたしに向かってくるが、後ろに下がりながら剣を突き出していれば、戦うというか時間稼ぎくらいはできそうな感じだ。


 だけど、これでどうやって勝てば良いんだろう?

 そう思った時に、伊藤さんの雄叫びが聞こえた。そしてその直後に、これまで以上の音が響き渡る。


「もう一発!」


 さらに裂帛の気合いを込めた伊藤さんの攻撃に、鎧が勢いよく柱に叩きつけられているのが見えた。耳を塞ぎたくなるような衝撃音に思わず顔をしかめてしまう。そして、ズガン、ズガンと何度か伊藤さんの攻撃音が響いた後、バラバラになった鎧のパーツがわたしの方まで転がってくる。


 それを蹴飛ばしてやると、わたしに向かっていた一体が思い切り踏んづけたようでバランスを崩した。


 もたついている敵はとりあえず気にしなくても良い。

 こちらに迫ってくる鎧の頭を目掛けて、わたしは右手に持つ剣を全力で突き出す。


 ゴキン、という鈍い衝撃とともに、鎧の頭部分、つまり兜が外れた。思いがけない結果にわたしはバランスを崩して、鎧に向かって頭から突っ込んでしまった。

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