第4話 来るが良い! って立場逆だよ伊藤さん

 もつれあって転び、慌てて起き上がるも、鎧の方は手足をジタバタとさせているだけだ。頭がなくなったからだろうか? いや、そういう場合は死んで欲しいんだけど。


 わたしが一瞬呆れている隙に、伊藤さんが残りの一匹を蹴り飛ばしていた。そして、転んだ鎧に容赦のないキックが連続で放たれる。なんて女だ……


「ねえ、コイツらって、一体どうやったら死ぬの?」


 床の上でもがいている鎧をひたすら踏んだり蹴ったりしながら、伊藤さんは困ったように言う。普通の人間なら、頭と胴体がサヨウナラしたら死ぬ。だが、こいつらはそれでは死なないようだ。いや、生きているのかと言われたら謎なのだが、リビングアーマーとか生きている鎧って意味だし、生きている扱いで良いだろう。


 チビデブは、ダガーで切りつけても、切傷ひとつつかずにHPだけ減っていくのだ。動く鎧リビングアーマーもコツコツとダメージを与えていれば死ぬだろう。


「HP制だから、見た目の傷はなくても、頭の上のゲージがゼロ、つまり真っ赤になれば死ぬはずだけど……」


 そう言ったところで、はたと気づいた。

 頭が取れたコイツのHPってどうなってるんだろう? HPゲージは、元々頭があった辺りに浮かんでいる。そちら側を攻撃すれば良いのだろうと分かるのだが、分離したパーツの方に攻撃したらどうなるのか。


 試しに兜を床に叩きつけたり、踏んでみたりしてみたが、本体のHPには変化が見られない。頭はタダの飾りかよ!


 背中に飛び乗り、ジャンプを繰り返してみると、HPの減りが早いようだ。調子に乗って繰り返していたら、伊藤さんに「同じ動きを繰り返すのは良くない」と言われた。


 訓練の際は同じ動作を繰り返すのは基本だが、実戦では同じことを繰り返すのは、思考の硬直化を招き、危険なのだという。

 もちろん、狙いを持って意図的に同じことを繰り返すこともあるが、今のわたしからは、そういうのは感じられなかったらしい。


 そういえば、HP残量で動きのパターンが大きく変わる敵がいるゲームは多い。当たり前のように同じ動きを繰り返していたら、それに対応できなくなるというのは分かる。


 剣で突くというパターンも織り交ぜつつ、相手が起き上がれないように攻撃を繰り返していると、突如、鎧がものすごい勢いで転がりだした。


 柱にぶつかって止まり、鎧は立ち上がる。伊藤さんの方も転がっていく。


「パターンが変わった理由は、ダメージ量かな? 時間かな?」

「何でも構ないわ。そういうことがあると分かればそれで十分よ」


 どう変わるのかは全く分からないし、一本調子ではないことがハッキリしたのなら、よく見て動けば良いだけのことだと伊藤さんは断じる。


 鎧は今までとは構えが変わっている。両腕をボクサーのように前に構えてファイティングポーズを取り、摺り足で迫ってくる。


 伊藤さんは構わずに近づいていき、相手の右パンチに合わせて、下げていた右手の剣を振り上げる。だが、パンチを払われても、鎧の攻撃は止まらない。即座に左の拳を突き出す。


 それでも伊藤さんの方が上だ。右手の剣の柄頭で攻撃を捌くという器用なことをして、左の剣を顔面、というか兜に突き込む。


 胴体から外れて兜が吹っ飛んでいき、伊藤さんは一度下がって距離を取る。


 わたしの方は、間合いを広めに取り、ひたすら二本の剣で突きまくる。こうしていれば、とりあえず負けない。勝てもしないけど。


 伊藤さんの方は、呆気なく片付いた。軽やかなステップで横に回り込み、キックの連続技を叩き込めば鎧のHPはぐんぐん減っていく。そして最後に剣を一閃するとHPゲージは赤く光り、鎧は崩れ落ちる。


 わたしも、ちょっとだけ真似をしてみようと思う。伊藤さんのような華麗な連続キックはできないが、タイミングを見計らって横に回り込むくらいは何とかなる。


「手伝おうか?」

「大丈夫」


 伊藤さんが声を掛けてくれるが、一体くらいはわたしの手で倒したい。ここまでお世話になっておいて何だが、頼り過ぎは良くないと思うのだ。


 機敏とは言えないわたしの動きでは、回り込んでも攻撃は一発しか決められない。だが、右に左にと動けば、何とかなるっぽい。


「剣で突いて崩してからの方がやりやすいと思うわ」


 横から伊藤さんのアドバイスが飛んでくる。そういえば、キックに集中するあまり、剣を全然使っていない。

 右パンチのタイミングで思い切り剣を突き出し、そこから体を沈めながら左に回り込む。


 そこから、太ももに一発、更に剣で脇を突き、更に蹴りを入れる。鎧が大きくよろけたのを見て、更にキック。まだまだキック。


 全然華麗じゃないし、連続技にもなっていないが、とにかく鎧の体勢を崩して蹴りまくる。


「よっしゃ! 勝った!」


 何分か掛かって、やっと一体を倒した。一人でこれを三体倒した伊藤さんの強さが信じられない。


「おめでとう。課題はいっぱいあるけれど、それはこれから頑張るしかないわね」


 伊藤さんはそう言うが、このゲームはキックで戦うゲームじゃない。魔法とか覚えればもっと楽に勝てるはずだ。はずなのだ!


 それはさておき。


「入り口は閉まったままなのね。奥に出口があるのかな?」


 普通はボスを倒せば、その部屋から出られるようになるはずだ。入り口とは別の扉が開いているかもしれないし、まだ敵が出てくるのかもしれない。周囲を見回していると伊藤さんが不穏な言葉を口にした。


「まだ何かいるわ」


 いまさら彼女の言葉を疑うものじゃないだろう。慎重に奥へと向かうと、豪華な椅子の前に、剣を持つ骸骨が立っていた。動く鎧リビングアーマーってもしかして前座? あの骸骨の方が強いってことなのか?


「随分と弱そうなのが出てきたわね。鎧がいっぱいあるなら着れば良いのに」


 確かに、鎧よりも骸骨の方が防御力が低そうだ。鎧どころか、ボロボロの衣服というか、布きれを纏っているだけの骸骨では、どう見ても防御力が高いようには思えない。だが、重い鎧が無い分だけ、身軽でスピーディーな動きができるとも言えるんじゃないだろうか?


「少々速い程度なら、硬い方が面倒よ」


 私の疑問は、あっさりと一蹴された。伊藤さんの感覚はよく分からないが、つまり自分の技量には自信があるということだろう。


 だが、それ以上のんびりと会話をしていられそうにない。骸骨は剣を構えてこちらに向かってくる。


「来るが良い」


 仁王立ちでそう言う伊藤さんは、何か勘違いをしている。ゲーム的には挑戦者チャレンジャーは伊藤さんであって、骸骨の方じゃない。だが、伊藤さんは王者の風格たっぷりに剣を構え、骸骨の挑戦を待ち受ける。


 骸骨の振り下ろした両手持ちの剣を、伊藤さんはあっさりと右手の剣で受け流す。だが、骸骨の攻撃はそれだけで終わりはしない。返す刀で横薙ぎに剣を振る。しかし、伊藤さんはまったく揺るぎもしない。今度は身を低くして、相手の剣を上に跳ね上げる。


 一見して、骸骨の方が優勢に攻撃しているようにも思えるが、伊藤さんは今のところ右手の剣しか使っていない。対する骸骨は、既に両手持ち状態のため、これ以上のパワーアップは魔法的なものしかないだろう。


 ガキン、ガキンと火花を散らしそうな勢いで剣と剣がぶつかり合うのを、わたし私は見ているしかできない。だが、そんな中で、ゴロゴロと違う音が耳に入った。


 一体、何の音だろうか? 何か罠か、倒すためのヒントでもあるのだろうか?


 辺りぐるりと見回すと、どうにも音は入り口の方から聞こえてくる。新たな敵が出現したのかもと、慎重に、だが急いで入口の方へと行ってみると、バラバラになった鎧が転がり集ろうとしている。


 これは……、合体でもするつもりか!


「させるかーー!」


 合体するまでのんびり待ってやるなどと思うな! 転がる鎧をめちゃくちゃに蹴り散らしてやれば、派手な音を立てて遠くまで吹っ飛んでいく。だが、それでも鎧のパーツは頑張って転がって集まろうとする。


 ならば。

 適当に、大きめのパーツを拾い、脇に抱えてその場から持ち去る。これで合体を妨害できるのかは分からない。もしかしたら、このパーツ抜きで合体するかもしれない。


 ボス部屋の奥の方へ戻ってみると、伊藤さんは右手だけで相手の剣を凌いでいる。なんで、左手を使わないんだろう? まさかとは思うが、もしや、ハンデなのか……? 両手を使ったら楽勝だから、ハンディキャップをくれてやってるのか?


 ううむ。

 お楽しみのところ申し訳ないが、私もちょっと試したいことがあるのだ。


「わたしも手出ししたいんだけど良いかしら?」

「何をするつもり?」

「これを骸骨の足下に転がしたらどうなるかなと思ったの」


 伊藤さんは、わたしと会話しながら骸骨の相手をできるくらいには余裕たっぷりだ。脇に抱えた鎧を示してやると「やってみれば良い」とご快諾下さった。


 この作戦には勝算がある。チビデブは蹴飛ばせば転ぶし、動く鎧リビングアーマーは、鎧に蹴躓いてバランスを崩していた。上手くタイミングを合わせれば、骸骨も転ぶんじゃないかと思ったのだ。


 一投目、失敗。二投目も失敗。どこのパーツだか知らないが、わたしの投げた鎧は、ガラガラと音を立てて向こうにまで転がっていってしまった。

 そして、三投目、すぐ斜め後ろに近づき、骸骨の足の動きに合わせてぽいっと放ってやると。見事に踏んづけて仰向けにひっくり返った。


「大成功!」


 よし、これで伊藤さん抜きでも勝てる方法を見つけた。数が多い動く鎧リビングアーマーの方が大変だなこれは。


 伊藤さんと二人で骸骨の腕を蹴り飛ばし、その剣を奪い取る。剣を失った骸骨など、ただのホネだ。

 しかし、そのホネも、ただ蹴られてはいない。足を持ちあげ身体を屈め、反動をつけて一気に起き上が……、起き上がろうとして、伊藤さんのキックをモロに顔面に喰らって再び倒れた。


 伊藤さんのキックがオレンジ色に光ったけど何だろう? 『蹴脚』のスキルレベルが上がるとそうなるのか、あるいはクリティカルヒットなのだろうか。


 骸骨は、一秒くらい床で伸びていたが、再び体を屈め反動を付けて伊藤さんのキックを食らう。


 何このハメ技。起き上がる動作一パターンしかないの? HPが減ればパターンが変わるかと思ったが、大した差はなく、二十回くらい連続で伊藤さんのキックを顔面に喰らって、骸骨のHPはゼロになった。


 ううむ、これは修正した方がいいだろう。いくらなんでも情けなさすぎるぞ、このボス。

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