第2話 蹴りなさい! それが伊藤さんのアドバイス

 足下にはチビなモンスターの死体が二つ、HPがゼロの状態で消えずに残っている。倒してもすぐに消えないのだろうか?

 足先で突いてみても、感触があり、そこにまだあるのだと分かる。


「これは死んでいるのかしら? 心音は元から聞こえないし、死亡の確認方法がよく分からないわ」

「HPはゼロになっているし、死んでいるみたいね。頭の上に小さなバーが浮かんでいるでしょう?」

「この赤いやつのこと?」

「ええ、緑からゲージが減っていって、最後は真っ赤になるの。私の上にも緑のがあるでしょう?」


 浮かんでいるあたりを指差して説明する。自分の頭上のゲージは見えないが、あるはずだ。もちろん、彼女の頭上にも、ちゃんとある。


 ふと、目を下ろすと、チビデブの横に転がっているナイフが目に入った。


「これ、コイツらが持っていたやつかな?」

「何か振り回していたわね」


 ナイフを拾ってみると、普通に手にすることができた。

 彼女はそれをチビデブの死体に突き立てる。


「……切れないのね」

「内臓ぶちまけるとかグロ過ぎだし、それはないんじゃないかな」


 切れ味を試してみたかったようだが、ナイフを突き立てても刺さりも切れもしない。刃物とはいっても、数値的なダメージを与えるだけなのか。


「じゃあ、これはあなたのね」

「別に、要らないわ」


 拾ったナイフを渡そうとしたが、断られた。ドロップアイテムだと思うし、基本的に倒した人の物なんだけどなあ。

 そういえば、ゲームは初めてって言っていたけれど、MMORPG自体が初めてなのか。だったら、パーティーに誘うのはアリか。信念を持ったソロ派なのではなくて、全く知らないから一人なだけなのだろう。


「ねえ、もし良かったら、わたしとパーティーを組まない?」

「パーティー?」

「簡単に言えば、一時的な仲間ってこと。一人で進むより効率的だし、ゲーム初心者なんでしょう? このゲームは初めてだけど、ゲーム界の常識みたいなのは教えられると思うの」

「足手まといは要らないわ」


 わたしはいきなり足手まといだと断言された。かなりショックだ。これでもゲーム歴はそれなりにあるのだけど……

 彼女の言葉は非常に冷たいが、やってみて嫌だったらその時にパーティー解消すれば良いし、気軽にということも付け加えて頑張ってアピールすると、試してみようということになった。


「わたしはユズ、よろしくね」


 自己紹介しながら、メニューを操作してパーティー申請を送る。


「私は伊藤桜花おうか

「それ、本名?」

「ええ、それが何か?」


 普通、プレイヤー名に本名をフルネームで付けはしない。今からでも名前の変更ってできるのかなあ?

 メニューをざっと見ても、それらしき項目はない。


「今、名前のことを言っていても仕方がないわ」

「そうね、奥に行ってみましょう」

「あ、その前に」


 メニューには『装備』があったはずだ。メニューを出してみると、やはりある。だが、持っているナイフをどうやって装備すれば良いのか。装備画面を開いてみても、何もできない。


 試しにナイフを右手の欄に押し付けてみてもダメだった。このナイフの所有権が無いってことなのだろうか。


 インベントリを開いて、枠を一つ選択すると、目の前の空間に一辺一メートルくらいの四角い穴が空いた。そこにナイフを入れてもう一度枠をタップすると、穴は消えてインベントリ欄に『古びたダガー』と表示された。


 ナイフだと思っていたが、ダガーだったらしい。装備画面を開くと、右手武器を選択できるようになっていて、試してみると左の腰に鞘に入ったダガーが現れた。


 伊藤さんにもやり方を教えていると、いつの間にかチビデブの死体が姿を消していた。時間なのか、ドロップアイテムを回収したからなのか。確認した方が良いだろうが、それを考えるのは後だ。


 曲がりくねった道を進んでいくと、視界の隅にマッピングされていく。いや、違う。顔の右上にマップの映像が浮かんでいるんだ。この辺は眼鏡ゴーグル型のインタフェースを踏襲することにしたらしい。


 そして、伊藤さんが唐突に「敵か?」と低い声で、闇の奥に問いを投げる。身構えていると、岩の陰から二匹のチビデブが現れた。


 腰のダガーを抜いて構えている間に、チビデブはギャアギャアと喚きながら駆け寄ってきた。だが、敵が来ることは分かっていたし、薄暗いがその姿は見えている。


「ていっ!」


 気合を入れて左側のやつにダガーを突き出すが、あっさり避けられてしまった。なんということでしょう!


「蹴りなさい!」


 ほとんど同時に伊藤さんが叫び、わたしは体を無理やり捻ってチビデブを蹴り飛ばす。


 お陰で、わたしは転んでしまったが、顔面にモロに靴底がぶち当たり、チビデブも向こうで転んでいる。そして、伊藤さんがチビデブの顔面を思い切り踏みつけた。


 ちょっと待って待って!

 なにその容赦のない攻撃は! この人、今、全く迷わずにトドメを刺したよ?


 もう一匹もいつの間にか、というか一瞬で伊藤さんにやられている。

 もしかして、この人、メチャメチャ強すぎない? 格闘技で有名な人なのかしら?


 そういえば、あの暗闇の中でチビデブ二匹を倒しているし、その際にダメージを負った様子もなかった。彼女の頭上のHPゲージはずっと緑色のままだ。


「これくらいの大きさなら、こんな小さい武器を使うよりも蹴った方が早いし確実よ」


 呆然と起き上がったわたしに、謎のアドバイスをくれた。刃物よりも蹴れって、格闘家の間では常識なのだろうか?

 よく分からないけど、とりあえず「了解」と返事をしておく。



 ところで、今回はチビデブはすぐに消えていったけど、さっきととの違いはドロップ品の有無だろうか?


「どうしたの?」


 不思議に思い考え込んでいたら伊藤さんが声をかけてきた。


「いや、なんで今回は武器を落とさなかったのかなって思って」

「落とさなかったからでしょう?」


 なんか、全然会話が噛み合っていない。えーと、えーと。


「モンスターとかを倒したときに、敵がアイテムを落とすことがあってね、それを集めるのも大切なの」

「別に、倒さなくても叩き落とせば良いんじゃないの? 武器を落とさせたり奪ったりするのが大切なんだと思うけど」


 伊藤さんの発想が実戦すぎて苦笑いしかできない。今回は明かりがあるし、敵の攻撃も見えてたから武器を狙わずに殺ったらしい。


「次は武器を狙ってみてよ。それで奪えたら確定だし」

「分かった」


 調子に乗ってどんどん奥に進んでいくと、チビデブがまたまた現れた。まだ序盤中の序盤だし、モンスターの種類が変わるのはもう少しさきなのだろう。


「死ね! チビデブ!」


 今回はわたしも迷わずにキックをお見舞いする。正面から蹴られて後ろに転んだチビデブに駆け寄り、手を蹴飛ばしてダガーを落とさせてから頭をガスガス踏みつけていると、なんだか不良ヤンキーになった気分だ。


「おらおら! チビは這いつくばっているのがお似合いなんだよ!」

「そういうのは嫌いだわ」

「済みません。ごめんなさい。調子に乗りました」


 伊藤さんに苦言を呈されてしまった。そう言う伊藤さんは、淡々とチビデブを蹴り殺している。わたしの踏むチビデブも、頭頂に張り付いたHPゲージが真っ赤に光っている。周りを照らさないけど光っていると言うのが変な感じだが、死んだってことなのだろう。


「あ、レベル上がった」

「私はなんかスキルがって出たけど」

「スキル? どんな?」

「蹴るに脚で蹴脚しゅうきゃくって読むのかな。効果は、キックの威力が上がると書いているわ。横に括弧付きで数字の一って書いてるけどこれは何かしら?」

「たぶん、レベルだと思う。キック攻撃を何度もしていれば段々レベルが上がって、効果も上がるようになっているんじゃないかな」

 ただし、レベルの上限が幾つなのかは分からない。スキル欄にはその辺の説明が全くない。チュートリアルくらいないのかよ、と思ったけど、たぶん、町にはあるんだろう。


 サービスインと同時にログインして、町の中はほとんど全て放り出して迷宮に突撃したのだ。どこかに説明してくれるイベントくらいあったのかも知れない。そして、武器や魔法の取得とか、するものなのかもしれない。


 失敗したかな、と一瞬思ったけど、伊藤さんも開始早々に迷宮に突撃してきた一人だ。この人に初っ端に会えたのは大きいと思う。


 たぶん、装備なしで突き進むなんて誰も想定していないだろう。

 普通は、迷宮の中が真っ暗だったら町に引き返して、ランプや松明、あるいは魔法の明かりを探すものだ。


 暗闇の中で戦闘に勝利して、レベルアップで明かりの魔法を手に入れる人なんて、そうそういるはずがない。

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