剣神の孫が強すぎる!

ゆむ

第1話 ゲーム開始! そして出会った伊藤さん

 わたしは真っ白な空間にいた。右も左も上も下も真っ白な何もない空間だ。そこで、何をするでもなく、ただ浮かんでいる。


 別にトラックに轢かれてこんな所に来たのではない。今日は待ちに待ったフルダイブ型VRMMO、つまりゲームのサービスイン待ちだ。


 開始予定時間の五分前に接続してみたら、こんな所に来たのだが、そろそろ時間のはずだ。

 まだかな、まだかな、と待っていたらファンファーレが派手に鳴り響く。


 そして視界が切り替わり、わたしの前にコンソールパネルが現れた。

 三十インチほどのモニタにキーボード。そのモニタにタイトルロゴが映し出されている。


『ゲート・オブ・ラビリンス』

 press any key


 タイトルの下に点滅している文字を見つけて、適当にキーを叩く。VR空間に来てこのユーザーインタフェースはどうなんだろう。

 いや、誰でも迷わずに操作できると言われたら確かにそうなんだけど、なんかガッカリ感が拭えない。


 言語選択して名前を入力したら、景色が変わった。

 正面には巨大な騎士の像。見回すと左右には装飾が施された柱が整然と続いている。


 正面に視線を戻すといつのまにかキーボードは消えていて、画面にはいくつかのアイコンが並んでいた。


「ゲート・オブ・ラビリンスへようこそ。チュートリアルを開始しますか?」


 どうすれば良いのかと迷う間も無くアナウンスが流れる。画面の『はい』をタッチすると、画面が消えて代わりに等身大人形が現れてポーズを取る。


「利き手ではない方の手のひらを前に向けて、メニュー、と言うことで画面が表示されます」


 言われた通りにしてみると、わたしの前に画面というか、半透明のパネルが現れる。これは体の向きを変えるとついてくるようだ。


「画面の右下にログアウトのボタンがあります。ゲームを終了する際はこちらからログアウトしてください」


 いきなり終わり方の説明って、萎えるんだけど。確かにログアウトの方法は大事だけどさ、もうちょっと盛り上げる感じにならないものなのかな。


 微妙なガッカリ感がありながらも、チュートリアルはどんどん進む。

 ゲームマスターへの通報、道具の使い方、ステータスやマップの見方、メールを送ったりと基本操作を終えると、背後で物音が聞こえた。


 振り向いて見てみると、柱の通路の向こうにドアが開いている。あの先に行けば良いのだろうか。


 こんなところで悩んだりしても意味がないし、ドアへと向かう。


『神殿前広場』


 ドアを開けて外に出ると、視界にテロップが入る。こういうところは従来の方式を採用しているようだ。「ここは神殿前広場です」なんて言うNPCを配置するのも萎えるし仕方がないだろう。



 きょろきょろと町を歩いていると、主要な物の名前が視界のあちこちに浮かんで見える。

 神殿、税務署、市役所、裁判所、市議会議事堂、なんか役所関係多くない?


 迷宮はどこにあるんだろう?

 とりあえず、市役所に行ってみる。設定としては迷宮を中心に発展した町ということになっているのだから、基本的な情報は市役所に行けば得られるはず。

 市の主要産業のことを市役所が全く知らないなんて話は無いだろう。


 結論としては、ビンゴだった。

 冒険者として登録すると『メニューにマップ機能が追加されました』とアナウンスが流れる。

 開いてみると、町全体の地図が表示され、赤い点が幾つか置かれている。中央の赤い点タップすると『迷宮』と表示された。位置的には市役所から少し南に行ったところだ。


 よし、早速行ってみよう。


 広場を通り過ぎ、大きな通りを少し歩くと割とすぐに迷宮に着いた。入り口前には兵士が何人かいるが、わたしは彼らの前を素通りして中に足を踏み入れる。周囲にプレイヤーらしき人影は無い。みんなまだ町で何かやっているのだろう。


 中に入ってみると、迷宮は岩にポッカリと開いた洞窟のようだった。道幅は三メートルほどあり、高さも同じくらいだ。床というか地面は比較的平らで、所々に小石が転がっている程度、割に整った感じである。そんな横穴がずっと奥まで続いている。洞窟の中を奥に向かっていくと、どんどん暗くなっていく。

 どこかでランプか明かりの魔法を調達した方が良いのかな?


 曲がりくねった洞窟を進んでいくと、ついには何も見えなくなってしまった。完全な暗闇だ。顔の前で振る自分の手指すら見えない。それでも少しの間手探りで進んでみたが、これは無理だ。諦めて引き返そうと振り返り、数歩進んだところで前方から音が聞こえた。


「あら、あなたは敵かしら?」


 暗闇の中から、突如、女性の声が聞こえた。辺りは真っ暗闇の洞窟の中、向こうからは私が見えているのだろうか? わたしには人の影は全く見えないけれど。


「わたしはプレイヤーと敵対するつもりは無いよ」


 とりあえず、敵意がないことは示しておかねばならない。このゲームは十数分前にサービスインしたばかりではあるが、声の主が暗視系のスキルなりアイテムを持っている可能性がないわけではない。


 相手も町でのイベントを無視して迷宮に突撃してくるタイプなのだ。敵認定されていきなり襲われては堪らない。


 息を殺して周囲を窺っていると、ザッザッと微かな足音が近付いてくる。なんか超怖えんですけど。


 ドキドキしながら待ち構えていると、足音はわたしの横を通り過ぎて、洞窟の奥へと向かっていく。


「ねえ、ちょっと待って! あなた、見えているの?」

「これだけ暗ければ何も見えないわ」

「それで何で奥に行こうって思えるの……?」

「問題ない。音は聞こえる」


 やたらと自信満々な答えが返ってきた。そして彼女はまた足を進めていき「敵か?」と暗闇の奥に向かって声を掛ける。だが、返ってきたのは「ギャァ」という甲高い奇声だった。


 これは間違いなく敵だろう。一体、どんな相手なのかも全く分からないが、裂帛の掛け声とともにドン、ゴンと鈍い衝撃音が走り、ドシャァァッと何かが倒れたような音が聞こえてくる。右も左も敵も味方も分からない真っ暗闇の向こうからは、戦いらしき音が聞こえてくるが、わたしが加勢に行くことはできない。諦めて逃げようと出口に向かってそっと足を運ぼうとした時に「死ね!」という叫び声、時をおかず、ゴシャという嫌な音が聞こえてきた。


「もう一発!」


 さらに鈍い音が聞こえて辺りは静かになった。


「大したことないのね」


 なんかありえない台詞が聞こえてきた。ちょっとまってほしい。勝ったの? 見えないんじゃなかったの? 攻撃当たってるの? 何も見えないのに何で? 音が聞こえるから大丈夫? そんなわけないじゃん?


 軽くパニックになっていると「ねえ、そこの人、まだいるんでしょう?」と声をかけられた。


「わたしは敵じゃないよ? 敵じゃないからね?」

「敵対するつもりが無いと言っている人に、見境なく襲い掛かったりはしないわ。そんなことより、訊きたいことがあるの」


 何のことかと話を聞いてみると、レベルが上がり『照明』の魔法を覚えたというアナウンスが聞こえたらしい。だが、その使い方が分からないというのだ。


「こういうゲームは初めてなの」


 彼女はそう言うが、この『ゲート・オブ・ラビリンス』は、世界初のフルダイブ型のVRMMORPGだ。操作方法に関しては、従来とは大きく異なっているところも多い。


 まず『メニュー』を出して、えーと、魔法は上から四番目だね。うん、わたしが使える魔法は一つもない。


「押しても何も起きないわ」

「ダブルタップとか、長押しなのかなあ?」


 結論。

 長押しが正解だったらしい。彼女の『照明』の魔法が発動して、周囲がほんのり薄暗く照らされる。光の量は豆電球ほどで、数メートル先ほどまではなんとか、物の形がわかる程度でしかない。

 それでも視界がゼロだったのから較べればマシである。


 明かりの中心には背の高い女性。このゲームでは仮想肉体バーチャルボディのサイズは、現実の肉体とほぼ同じになるように自動設定される。私の身長が百五十七センチだから、その差から考えると、彼女は百八十くらいあるはずだ。


 そして、女性の足下には醜悪な顔をしたモンスターが転がっている。身長は一メートル程度、トサカのような髪に、ぶくぶくと肥った体。シルエットは人型に見えるが、手には指が一つしかない。人差し指から小指まで、全部くっついた手袋のような形をしている。名前の表示は無いが、チビでデブだからチビデブで良いだろう。

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