眠れる創造美

S`zran(スズラン)

 

突然だが、私は廃墟が好きだ。

正確には、廃墟の持つ美が好きだ。


創造されることで美が生じるのであるなら、破壊によって生じる美もあると私は考えている。そして、それを最もわかりやすく表しているのが廃墟なのだ。


廃墟とは家屋であり、人の生きた証が風化して残っているものだ。それが廃墟の持つ美である。


今日はわざわざ遠出して山奥の小さな廃村にやってきた。

明治や大正のころは人が住み、村として機能していたようだが、早くに過疎化が進みそのまま人がいなくなってしまったらしい。

ここにあるもの全てが長い間放置されていたことになる。


家屋のほとんどが倒壊してしまっているものばかりだ。

使われている木材を見るに建てられてから何十年も経過しているのが素人目にもわかる。老朽化が進み自然に倒壊してしまったのだろう。


もっと形の残った家屋がないかと探していると、他と比べ新しく建てられたであろう平屋を見つけた。

壁を触ってみるに、木ではなく石かコンクリートで造られている。外観は汚れてボロボロに見えても、まだまだ丈夫らしい。


汚れた引き戸は思っていたよりもすんなりと開いた。

中に入ってみると広々とした玄関で、横長の大きな靴箱が備え付けされている。

靴箱の中は草履一組分のみで、一人暮らしだったのだろうか。


玄関を上がり、まっすぐのびた廊下を進んでいく。

ギシギシと小さく鳴り、床を突き抜けたりしないだろうかと考えてしまった。

奥までたどり着く間に、襖で仕切られた部屋がふたつ、ドアの部屋がふたつあることが分かった。


しかし、老朽化のせいかドアの部屋はノブが回らず開けられない。

中を見ることができなさそうだ。消去法で襖の部屋へ。


ひとつ目の襖の部屋はふたつのタンスとクローゼット、小さなちゃぶ台と布団が二つあり、子供がギリギリ通れそうなくらいの小さな窓から光が差しこみ部屋を照らしている。


布団は片方が敷かれたままで、もう片方はきれいに畳まれている。

予備の布団というわけではなさそうだ。

クローゼットとタンスには男性用の着物は入っているが、女性用のものはない。部屋の中を写真で納めてから次へ向かう。


隣にあるふたつ目の襖の部屋は先ほどの部屋よりも広く、綺麗であったが部屋の中央に長テーブルと座布団が敷かれ、部屋の隅に本棚が一つあるだけの殺風景な部屋だ。テーブルの上には手帳と万年筆。

ほこりを払ってから手帳を開くと、ボロボロのペ―ジに薄くなった文字で冒頭にこう記されていた。


『この手帳に記されているのは全て架空の話、西洋の言葉で言うところのフィクションである。私が思うに、先の時代では冒険譚が流行するのではないかと睨んでいる。だが、公表はせずこの手帳に記すのみとする』


その後に筆者の考えたシナリオが書かれていた。

主人公は侍で数人の仲間を従えて作者の考えたであろう妖怪や悪人を倒していくものだ。


ストーリーのおもしろさはあまり出来のいいものではないが、当時の人が考えたという事実がある。私はその事実だけでこの小説に惚れ込んだ。


しかし、この内容を公開することはできない。

私にその権利はなく、また作者も手帳の内に収めることを願っていると見えるからだ。

この物語は私の中で留めておくことにしよう。


私は廃墟が好きだ。


正確には、廃墟の持つ美が好きだ。

そして、今まで見てきたものの中でも人の生きた証と創造の美が集結されたこの手帳を私は愛し続けることだろう。

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眠れる創造美 S`zran(スズラン) @Szran1717

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