第65話 昼下がりの、のどかだった出来事

「では、私はこの辺りでお暇させていただきますね」

「あっ」

 なんだかんだと大量に作られていたおにぎりを食べるのも早々に切り上げて、玲奈さんは帰っていった。引き止める声を出す間もない。

 相変わらず、指をパチンと弾いただけである。転移系の異能というのは、万能にも程があるけど……まぁ、そこも相変わらずだ。


「オリジナルによるマウント解除を検知。スリープモードを解除しました。個体名『白銀の巫女』、起動完了」

 ただし、今回は訳が違う。

 この絶妙に機械っぽさ溢れる巫女が、その場にいるのである。

 超絶早変わりマジックということもないだろう。証拠として、ボロけた服なんかはそっくりそのままだ。元通りになったりも、逆に弾け飛んだりもしない。

 ……まぁ、正直、玲奈さんが演じ分けていると言われる方がしっくりくる。

 ただそれでも、雰囲気が違うというか……人間味のようなものがあんまりない。最近のスマホに搭載されているらしいAIアシスタントなんかと大差ないし、下手するとまだそっちの方がユーモアがあるくらいだ。

 無駄口を叩かずに妙な動きをしなければ玲奈さんもちゃんと綺麗な女の子なんだなぁ、ということがよくわかる。

「……やっぱりそうか。面倒臭い事になったなぁ……」

「えっ」

 まるで知っているかのような口ぶりだ。

 ……まさか僕だけ知らされてないとか、そういうのだったのだろうか? 

 でも、流石に所長は、相手が仮にジェネリック玲奈さんだろうと気心知れた相手に面倒臭いとか言わないはず。多少ぼやくことはあれど、苦笑いで済ませる事が多い。

 となると、正真正銘知らない人? もしくは玲奈さんの姉妹として紹介されていたり? だめだ、わからない。

「……あぁいや、ここ心霊スポットでねぇ。女の人の幽霊が出る、怪物を見たら帰れない、って昔から――」

「なんでそんなところに置いてったんですか!?」

 若干顔に出ていたのだろう。説明はしてくれた、けど。

 普通は友情が弾け飛びそうなことをしれーっとやるものじゃない。幽霊を引き当てたからよかったものの、仮に怪物だったら抗う間もなく死んでたわけで。

 ……というかよくよく考えると怪物ってなに!? 割と気軽に入っちゃだめな場所じゃん!

「だってねぇ。強いらしいもの」

「なんで!?」

 普通それは理由にならない。

「強いんだよ?」

「二回言わなくても言葉はわかりますよ!?」

 ……だんだん分かってきたけど、この人割と血に飢えている。

 それにしたって、幽霊にまで喧嘩を売るのは飢え過ぎだ。いや、実際は怪物に売ったのか? その辺はわからないけど。

 そういう心霊現象とか怪談って、祟りとかがつきものなのに……もしや、割と怖いもの知らずなのだろうか?


「……オリジナルとの記憶同期が完了。顔認証結果において、園原はらえ様と九十パーセント一致しました」

「違う違う……禊の方。そんなに似てる?」

「データを修正しました。園原禊様」

 そんなことをふわふわ考えている間にも、一応自己紹介は済ませていたらしい。

 ……全然違う人の名前が上がっていたが、親戚だろうか。名前が似ているし、家族かもしれない。

 どちらにせよ、僕は全然知らないわけだが……なんか悔しいな。

「バイタルの異常を検知しました」

「いつものことだよ、気にしないで」

 ……これに関しては、まぁ、全くだとしか言いようがない。

 環境がいいのか、単なる調子の問題なのか。それとも、薬がすごいのか。

 最近は割と元気そうだけど、朝食を食べるなり横になっていたりする日もままある。

「少しはしゃぎすぎちゃっただけだから……それより、体は大丈夫?」

「自動修復術式による回復は三割程度です。完全に回復するまで残り五時間を予定しています」

「早いなぁ」

 まるで充電のようだ。どう見ても致命傷じゃなかったっけ?

 早い、とかそういう次元の問題じゃない気がするけど……まぁ、顔は玲奈さんだし、この際細かいことは気にしないでおこう。

 あの人だったらやりかねないし。


「……あの。祓さん、というのは?」

「あれ、まだ知らない?」

 先に、この知らない人の正体を明かしにかかろう。

「まだも何も、会ったことないですよ……有名人なんですか?」

「うーん……まぁ、ね。私の姉なんだけど」

 そう答えるものの、ちょっとだけ歯切れが悪い。

 ……踏み込んじゃだめな関係だったのかな?

 大人になると、兄弟仲が悪くなったりするらしい。僕は一人っ子だからよくわからないけど、確かに兄弟はしょっちゅうくだらない事で喧嘩しているような印象はある。

「……私から言うのも嫌味っぽいからねぇ」

「な、仲悪かったりとか……?」

「普通だと思うよ? 私も親しい人とは仲良くしたいもの」

 自分から喧嘩吹っかけてた人が何を言っているんだ。

 まぁ、家族とそれ以外だと意識も違うのかもしれないけど……それにしたって、だいぶ常識人ぶった理論である。

 この場合の『仲良く』が、どこまで辞書通りの意味かはさておきとして。

「すごい顔をするねぇ……まぁ、近々会えるとは思うよ」

「そうなんですか?」

「うん。向こうはすごい慕ってくれているから」

 普通にいいお姉さんじゃないか。

 まさか、姉弟揃って同じような人じゃあるまいし……仮にそうだとしたら、両親の胃が先に穴ぼこまみれになりそうなものである。

 まぁ、一癖も二癖もある人なんて、そう何人もお目にかからないだろう。

「……どんな人なんですか?」

 ……念のため、本当に大丈夫かは調べておくけど。

「お医者さんだよ?」

 すごいまともそうだ。

 個人的にはいい思い出がない職業だけど、人としてここまで信用がうなぎ上りの職業もそうあるまい。正直、仮に志せるだけの頭があったとしても、なろうという気はしないし。

「珍しいですね」

「そうかな? 研究医は結構男女関係なくいるよ」

 僕の記憶だと、かなり男勝りな方だなぁとなってしまうけど……たぶん、時代柄だな。今は普通にいる、というのも普通に受け入れられるし。

「そうなんですね。お医者さんって、なるのも難しそうですけど」

「そうでもないよ? 健康なら、あとは努力と運次第だしね」

 運ってなんだ運って。

 いや、努力はまぁわかる。稀にいるまともなお医者さんは、すごく頭もいい。

 何もしないでそんな頭脳になれるはずもなく……まぁ、本当に寝食を犠牲にした努力を重ねていたんだろう、と思う。

 僕の場合受験勉強だけはしたから、嫌というほど実感したともいうけど。

「運ですか?」

「研修先で病気貰ってこない運と、在学中に大病を貰ってこない運。それだけ乗り越えれば、あとは些細なものだよ」

 ……これ、実体験じゃないか?

 宝くじを二枚買って二回当てろ、くらいの無茶苦茶なことを言っているわけだし……ぼっちにも関わらず皆勤賞まっしぐらだった僕にとっては全く縁のない言葉だ。一回くらい風邪ひいたっていいじゃん僕、と思うのだが。

 ただまぁ、そうなると、所長もお医者さんということになる。ちょこちょこ生っぽい体験談が混ざるのはそういう事だろう。

 ……なんで今の今まで探偵なんてやっているんだ、という疑問はあるけど。まぁ、お医者さんだったら会うこともなかっただろうし、あんまりそういうところを気にしたらいけないか。

「結構心を持ち崩す子もいるから、それ含めてね」

 それは……自分で壊しに回っているわけじゃないよな……?

 まぁ、医療現場は過酷そうだし……所長はそこまでの鬼畜じゃないから、まぁ大丈夫だろう。ただちょっと相手に喧嘩を売るのが好きなくらいだし、仕事にまでそういうのは持ち込まないだろう。

 うん、何も問題ない。

 同じことをまりえさん辺りが言ったら鬼の形相で睨む羽目になるかもしれないけど。

「な、なるほど……?」

「ふふ」

 ……適当に相槌を打ったけど、バレているわけじゃないと思いたい。


「……ちょっと、おトイレ行ってきていいですか?」

「いいよ。道場にあるから、一緒に行こうねぇ」

 正直、ずっと一人っきりというのも嫌だから……無理にでも引き止めようと、そんなことを言った。

 朝はもう随分過ぎた筈なのに、ちょっとだけ草が湿り気を帯びている。なんだか変な感じだ。

 すっと立ち上がって。隣にいる所長が、ゆるゆると立ち上がるのを、待つ。

「……あ」


 結局、そんな時は来なかった。

 力を失ったかのように、体が崩れ落ちたのだから――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る