第43話 後日談には未だ遠く

「……よし、成功したか」

 咲良がぱちりと目を開くと、何の変哲もない部屋であった。

 いや、何の変哲もない……というわけじゃない。

 ちょっとした占い小屋のような、そういう趣に溢れている。きっと誰かの趣味のための部屋なのだろう、きれいに整頓されていた。

「……ほへぇ。ふしぎな部屋ですね」

「そうだな」

 光り輝く水晶玉を覗き見ると、確かに先までいた場所が見える。

 まりえもしっかり服を着ているし、名も知らぬ少女もすっかり目を覚ましていた。

 どうやら、どうにかはなったみたい――と、胸をなで下ろす。

「……お父さんの仕事部屋なんです。今は占い師なので」

「ほえぇ……」

 少女が、口を開く。

 咲良にとっては、山羊の頭をして襲ってきたという印象しかない。よって概ね心象は最悪ということは伝えないようにした。

「なるほど、実際に観察するとまた違うな。ちなみに、元の職場は?」

「えっと……不動産会社です。ドラゴンハウス、って言ってたと思います」

 ドラゴンハウス――正式名称は老龍ろうりゅう不動産というその会社は、全国の不動産を扱う大手である。

 少女が住むこの一軒家はもちろんのこと、咲良たちのいる園原探偵事務所、はてはその近隣のビル街一帯まで管理下にある。

 そういう繋がりもあり、また名前が無駄にかっこいいので、咲良もなんとなく名前だけは知っていた。

「そうか……」

「でも、私が中学校に入ったのと同じくらいですよ? お父さんが会社辞めたの、もう四年くらい前だし」

「いや……まぁ、うん。そう、だな……」

 やや歯切れの悪い返答に、咲良と少女は、二人揃って首を傾げた。

「ぷぷっ」

「あははっ」

 なんだかそれがおかしくなって、二人揃って吹き出した。


「……姉さんか、これ」

 そして、鍵という概念を消し飛ばしたかのように、哀れにもひしゃげて投げ捨てられた扉を見て、まりえは大体何があったのかを察した。

「な、なんなのこれ……というか、私鍵掛けたはずなのに……」

「諦めてくれ」

「確かに壊せそうですよね、扉くらいなら……」

 そう広くない屋内故に、大体の気配を察知していた、というのもあるが……しかし、世界広しと言えども、玄関の扉を引いてぶち壊す人間はそうそういない。たくさんいたら最早防犯に対する冒涜である。

「……そんなに?」

「そんなに」

 咲良はまだ、生身で本気を出してしまったとつぐを見たことはないが――しかし、そのくらいはやりかねない凄みがあるのもまた事実であった。

 何せ、とつぐである。

 走るだけで靴もろともアスファルトを破壊し、飛び回るだけでアクションゲームさながらの跳躍芸と破壊を見せるとつぐである。足場という足場が着地の瞬間に壊れたり、咲良を抱きかかえてそこまで速度を出したらかなりまずいことになるのが見えているので、恐らく本気は出せていないだろう。そういう人間である。

「生きているだけで他人の人体を破壊するような人間だぞ。無機物なら罪悪感の欠片もなしにやれるさ」

「えー……それ本当に人間なのかな」

「限りなく怪しいが、異能は持っているんだ……」

 確かに人間かどうかは怪しい。文字通り人を食っているし、恐らく何人も殺している。何故警察のお世話にならないのかが不思議である。

 だけどとってもあまのじゃくで、なんだか素直になれない、色々放っておけないような少女……というか、お姉さんなのだ。お姉ちゃんの方が例えとしては適切な気もするけど、十歳も離れているのでそう呼ぶのは気が引ける。

「むふ」

「……なんできみが得意げなの?」

 そんな、きっと自分しか知らない一面を想ってにやけていると……少女に突っ込まれた。

「……なんでもないです!」

「そ、そう?」

「何、少しマセているだけだよ。信じて欲しいんだが、あれで顔だけはいいんだ」

「顔以外もかわいいですっ」

 確かに一般的に見た人格は欠点だらけだが、それでもかわいらしいのは確かだ。そんなところを見てしまったから、余計に好きになってしまったというのもある。

「そ、そうなんだ。へぇ……」

「むふん」

 そういうわけだから、人知れず引かれていた。


「あっ……誰か来てるなら、ちょっと部屋行っていいですか!?」

「構わないよ。元々は君の家だ」

 そして、少女はある事を思いだしたかのように、突然提案する。

 そして返事を聞く前に、慣れた様子で駆け出してしまった。

「……何かあったんですか?」

「誰にでも隠したい秘密はある、ということさ。まぁ、割と無駄なんだが……」

 それもそのはず。

 咲良には知るよしもなかったが、未だとつぐはこの家にいるのである。電車に乗れないという、社会人としてはかなりみっともない理由で。

 ありもしない恐怖にみっともなく震え、ぐずぐずの泣き顔を晒しているのである。他人のベッドの中で。

「ぎゃあああああああああ誰かいるううううううううううううう!?」

 絹を裂くような少女の悲鳴が、家中に響き渡った。

「……こういうわけだ。どうせ姉さんだし、さっさとなだめるぞ」

「は、はいっ!」

 全く理由はわからないが、なぜかとつぐがいる。

 咲良にとっては、そのことが妙に嬉しかった。小さな小さな胸を躍らせ、とてとて駆ける。身体中がふわふわするような喜びに満ち満ちて、顔を綻ばせていた。


「ふ。微笑ましい限りで何よりだ」

 駆け出したその背を、まりえは舐め回すように見つめた。

 細く、それでいて柔らかな脂肪に包まれた脚。走る勢いに負けてぶれる姿勢と、起伏らしい起伏のない細腕。そしてちらりと見えるうなじ。

 性的に見られているということを全く理解していない、たっぷり余裕のあるハーフパンツ。

 神は何故かような少年を作りたもうたと言う他ない、スケベ百点満点はなまるのドスケベ優等生である。

「ふふ、いけないぞ姉さん。これは性行独占禁止法に違反する。妹の指おちんちん外交手腕を以って即刻おちんちん鎖国を終わらせなければならない」

 既に、まりえの理性は限界であった。

 当然、出発前に一発どきついレズ援交はした。だが、往復して二時間強。依頼諸々に関する説明も含めれば、既に三時間経過している。

「まぁ、その前に私が説明責任を果たすべきか。どうも不名誉な思い込みがなされている。私はそんな破滅的リョナでは抜かない」

 そして、心の奥底でなにを思っているかも、理解できる。

 多少のドスケベ事象に対する責任転嫁はやむなしと考えていたが、今回ばかりは別。

 デスアクメ足りうる快感を与えてのたうち回る姿で股間が熱くなるのは確かに否定できないが、だからと言って物理的に死なせはしない。そこは弁えているつもりだが、どうやらとつぐはまだ妹の嗜好を完全に理解できていないようだ。

 何より感度が足りない。

 まりえ好みの催眠ならば、キスをしただけで下の口から体液を馬鹿の一つ覚えみたいに噴出させる程の感度に引き上げた上で死のうが絶頂はさせないとか、そういうものになる。

 耽美など邪道。むせ返る程の快楽こそが至高である。

「……まぁ、心当たりはなくもないがね」

 他人の性癖をおちょくった上でゲラゲラ笑い、ついでに罪をひっ被せそうな外道。そんな人間に、まりえには残念ながら心当たりがある。

 ドスケベに生きる者として、性の多様性は認める。だが、そのふざけた態度はわからせなければならない。

 ダイバーシティが云々ということは関係ない。これは一種の正義であり、復讐でもあり、教育でもある。

「あまり自分の都合に人を利用するなよ、まとめて刑罰執行だ。性的名誉毀損と性交独占禁止法違反。両者ともに罰は重い」

 理性が溶けている割には、恐ろしい凄みを出して。


「ぶえっちょい、ぶえーっくし!」

「やぁだ巴ちゃんったら、汚いくしゃみなんて……ほら、これちり紙」

「あー、助かりみにあふれるぅ」

 ほんの少し離れたスタジオにまで、おぞましい覇気を届かせていた。

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