第42話 平凡JKは日常を過ごしたいっ!
日記を、ぱらりとめくる。
はじめは何の変哲もない、単なる宣言のようなもの。少女が高校に入学したあたりで始めて、あとはその辺の高校生らしい凡庸な日常を送っていたのだろう、ということしか書かれていない。
「……」
ぱらり、ぱらり。
紙の音だけが、静かに鳴っている。
ごく一般的な語彙力で綴られる、あまりにも退屈な日常に飽き飽きしてきたところ――ようやく転機を見つけた。
四月一日。
お父さんが、不思議なお客さんを連れてきた。
背が高くて、脚がすらりと伸びていて、とてもかわいらしい顔をした女の子だ。とてもきれいな銀髪が、ほんの少しうらやましい。
名前は聞かせてもらえなかったけど、お母さんは、もしかしてトイトイの、みたいなことを言っていた。
お母さんたちの世代だと有名人だったみたい。後で聞いたら、大学生の時に流行ったアイドルの、センターの子にものすごくそっくりだったんだって。曲も聴かせてもらったけど、なんだかよく分からなかった。だって、二十年も前の曲だし……。
学校が始まったら、先生に聞いてみようっと。
四月二日。
お父さんは、どうも凄腕占い師としてものすごい有名みたいだ。
なんとなんと、テレビに出ることになったらしい。それも全国区! 聞いてみたら、私も知ってるような番組だった。
しかもしかも、そこに出ている芸能人の人を占うんだって。しかも、
『啓示を賜った』なんて言ってた日には考えられなかったけど……正直、お父さんのこと、初めて凄いと思った。普通に生きていたら、まず環くんになんて会えないもん。
私も占いを始めて、高校生占い師として会いに行こうかな?
四月三日。
今日はお父さんもお休みなので、占いを始めてみたいと言ってみた。今考えたら、明日収録だって言ってたじゃん。私のばかー。
にこにこ上機嫌で教えてくれたのは、いいんだけど。なんだか難しい数式ばっかりで、ずっとお勉強してるみたいだった。全然それっぽいことも見えたりしないし。
お父さんは、そんなもんだよって言ってたけど……高校生占い師への道は、まだまだ遠そうだ。
明日の部活さえなかったら、お父さんの付き添いに行けたんだけどなぁ……。
四月四日。
また、銀髪の女の子に会った。
帰り道だったはずなのに、まるで人ひとりとしていない場所に、引き込まれた。声は出ないし、脚も動かない。そのまま、かつかつと近づいてきて、頭を触られた。
それ以外に何も変なことはされなかったけど……カバンを見てみたら、変な置物がある。
私、こんなの知らない。
触るとどくどく脈打つし、なんだか真っ黒で、ぐちぐちしてて気味が悪い。なのに、捨てても捨てても、ここにいる。
どうして?
「……これのことよね?」
意識の端に追いやったオブジェに、恐る恐る指先で触れる。
確かに黒いし、これで間違いない。確かに脂ぎった、ねっとりしたような触感はする。
だが、いくら待てど暮らせど、脈打つような感覚はない。
「……なんだ、気のせいじゃないの。驚かせないでよ」
ふぅ、と安堵して、また読み進めた。
四月五日。
部活の先輩が、全員自殺した。
どうしよう。
「は?」
あまりにも唐突な急展開に、思わず突っ込みを入れた。
総勢何人かは知らないが、そう自殺どきなんて被らないだろう。
奇しくもあの誘拐犯をぶちのめした日、天気は確かに晴れていた。それもまた、呆れるほどの快晴だ。
湧き上がる違和感を抑え、続きへと目を通す。
――どうしよう。今も手が震えているのだ。
でも学校もお休みで、課題なんてもうないから、こんなことしかできない。
だって。
だって、目の前で、キスをして……舌を噛みちぎりあって、死んだんだから。
女同士、男同士で、まるで愛し合うような、見たこともない顔をして。
……明日まで、学校はお休みらしい。
先輩のお葬式の日程も、教えてもらった。でも、全然実感が湧かない。
なんで、先輩はあんなことしたの……?
「まりえちゃんは何をしてるわけ……?」
ひとまず読み終わってからの感想は、これだ。
確かに、まりえは早朝から出てしまうことが多い。その講演とやらがほぼ朝っぱらだったせいで、朝焼けの時間にさっさと出ていったと聞いている。
いくら朝練だったとしても、早くて七時半くらいだろうか。そのくらいにはまりえも余裕で着いているだろう。
そして、実にまりえが好きそうな倒錯ぶりである。
こと、性欲をこじらせてしまうとこうなるのだ。運転中に性的なことをされても困るが、まりえは真面目な局面が三時間以上続くと性欲に頭が支配される。四時間経てば、それこそ見ず知らずの相手だろうが緊急回避自慰の為に使ってしまう。
かつ、まりえの異能であれば、全校生徒を軒並み
恐らく痛みも全て快楽に変えられ、ファーストキスでデスアクメという地獄のような洗脳をしたのだろう。もちろん洗脳ごときで心臓を止めることはできないので、自らの手で死ぬ為にこうなってしまったのだろうが……。
「……なんかこう、いたいけな子たちだったのね。ごめんなさい」
でもたぶん本人からは詫びなんてないし、むしろ誇ってきそうだから急な凶行にしておこうっと――。
そうして気を取り直し、また読み進めた。
四月六日。
また、銀髪の女の子に会った。
きっとこの子のせいだ。
この子が最初に来てから、何もかも変わった。変わってしまった。
罵る声は出ないし、踏み出す脚も動かない。だけど目は、動く。
もう二度と来るな、そんな祈りを込めた。
笑われてしまったけど、何もしてこなかったから、きっと効果はあったのだろう。
明日は先輩方のお葬式だ。こんなこと忘れて、早く寝なくちゃ。
四月七日。
いる。
今もずっといる。
朝起きて、お葬式の場所に行って、精進落としを頂いてお塩もまいて逃げて逃げて逃げて、お寺にも神社にも行ったのに、まだずっとここにいる。
銀髪の女の子が、顔色を変えずに、ずっと立っている。
お母さんに言ったけど、全然取り合って貰えなかった。
たすけて。
「……いないわよね」
背筋が凍るようなものを覚えて、きょろきょろと振り返る。
当然、そんなものがいるはずない。
また気を取り直して、読み進める。ここからだんだん、日付が飛び飛びになっていた。
四月九日。
やっぱり、クラスメイトがみんな銀髪の女の子に見える。
先生も、通りかかった後輩も、みんなみんな。
こんなのおかしい。
お父さんに相談したけど、怒られた。
『巫子様に怒られるような事をしたんじゃないのか』だって。
知らないよ。わかんないよ。そんなの。たすけて。
四月十二日。
お父さんとお母さんが山羊になった。ちいさな斧を持って立っていた。逃げた。
銀髪の女の子はにこにこにこにこ笑っている。ずうっと。どうして?
今日はお父さんのお部屋にお守りを書かなくちゃ。それが私の『つとめ』だもんね。
明日は家出しようと思う。こんなおかしいところ早く逃げなくちゃ。
明日はどんな子が死にに来てくれるのかな? とってもたのしみ! まずはお前だ。
「……いないわよね!?」
またしても、ばっと振り返る。
日記を投げ捨て、冷や汗を流し……そして、ベッドへと一目散に逃げ込んだ。
ぜえはぁと息を荒げ、布団へとくるまる。ガタガタと身体を震わせ、そして恐怖にむせび泣いた。
「うえぇん……まりえちゃぁん……」
まるでか弱い乙女のように、愛する妹の名前を呼びながら。
圧倒的なヘタレを晒したとつぐが知ることはなかったが――この日記の末尾のページには、『お前が生け贄』と、一杯に書かれていた。
それ自体が致死の祟りと化す、凶悪な術式として。
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