第39話 世界の秘密を、知ってしまった
「私を撃て」
「……あ、え?」
咲良が、あんぐりと口を開けた。
リボルバーの重みが、ずしりと増す。ふるりと小さな指が震えた。
――人の命を握っている。
ぎゅ、と視界が狭まる。どくりと心臓が跳ね上がる。
「そ、そんなのできません! 大体、急に何言って――」
「話を聞け」
低く掠れた声が、耳朶を叩く。
それだけで、世界がしんと静まりかえったように、聞こえた。
「お前はこれから、世界そのものを覆しうる秘密を知る」
「……なんで」
「それは自力で考えろ。本来、事が済んだら記憶を消し飛ばしているが……私の異能は、お前に届かない」
それ故に、口外するようならば即刻撃ち殺す――そう、言葉を続ける。
その表情は、窺い知れない。感情らしい感情の見えない、静かな顔だ。息を、強制的に止めさせられるような。
「絶対に、誰にも言ったらいけないんですよね」
「例え如何なる拷問であろうと、情報漏洩は許されない。もし耐えられなければ自害しろ。情報自体が、最悪級の対精神兵器となる」
「……はい」
こくり、と頷いた。
「ならば、話してやろう。ひとまず銃を下ろしていいぞ。最大級の恥の話だ」
――総死者数、三十万人。
うち、民間人は二十三万人、軍人は七万人程度。その日、運良く居住区を離れていた人間だけが奇跡的に生き延び……それ以外の在住者は残らず死亡した。
居住区一つを三分足らずで破壊せしめた、金色の災厄。
原初にして唯一となる、保有自体が違法となる異能の所有者。ただそこにいるだけで、あまねく人間を狂わせる怪物。
これを日本国軍にて保有し、管理を――否。
強制的に、休眠状態に置いている。
目覚めれば最後、今度こそ日本国軍は壊滅するだろう。
たった一人の、武器の扱いさえ満足に知らぬ人間の支配下に置かれ、残らず死滅する。
生ける暴君、『
『それ』のことは、今後そう呼ぶことにしよう。
名前も性別も、年齢さえも、汚染源足りうるのだから。
「『それ』は、非道極まりない罪を犯した関係で現状休眠措置を施されている」
「……非道? あの、兵器って言ってましたよね?」
物を指すかのような言いぶりと、まるで人かのような口ぶりが混在する発言に困惑した。
単なる物に、非道などという言葉は使わない。確かに物にも意思はあるかもしれないが、それを堂々と言ってのける人間は少数派だろう。
だが、人間であるのなら、彼なり彼女なりとぼかすはずだ。
――AIが暴走したとかで、意思のある兵器なのかな?
いやいや、それこそフィクションじゃあるまいし。咲良はそう、己の中に沸き出でた思考を一蹴した。
「生物学上は人間だ」
「ほぇ? なんで物みたいに言うんですか?」
そして、事実として人間だった。
当然の疑問を、しかしまりえは一蹴する。
「スラムの淫売が股を開いて作った乞食を、人間とは認めない」
「そ、そんなのって――」
「事実、家族や友人を失った人間も多いんだ。悪魔と罵る輩も珍しくはない」
かくも冷静に語れるのは、私の身内には誰一人として犠牲が出ていないからだ――そう、何事もなく言ってのける。
その表情が、崩れることはない。
「……でも。その。モノ扱いは、酷いと思います」
「さもなくばバケモノだ。都市一つを、自分の為の奴隷農場に変えた。ただそこにいたという理由で、自らの友も同僚も家族も全て奴隷に貶めた。死んでいった人間は、ゆうに三十万人に上る」
「え……」
やけくそじみた返答に、絶句する。
これでも、かなり冷徹に話そうと努めているのだろう。
ぴくりと動く眉間と、ぎゅっと握りしめられた拳がそれを物語る。切れ長の瞳は、咲良ではないどこかをきっと見つめている。
「悲惨でな。後で現場を訪れたが、事切れた人々の死体と彼らの糞尿で、辺り一面が埋め尽くされていたよ」
咲良は、反射的に吐き気を催す。
だが、それにはお構いなしと言わんばかりに、言葉は続く。掠れる声が、ふるりと震える。
「私の故郷だった。自然も温かみもない街だが、姉さんとの思い出は詰まっていたんだ。全て滅んで踏み躙られていたよ、何もかも」
――僕と、同じだ。
故郷が、いつの間にか消え去っていた。何もかも、別物に変わったそれを、果たして故郷と呼べるのだろうか。
その惨状を目の当たりにした苦痛は、嫌というほどに理解できる。
ましてや、犯人が明確な状況だ。
「……私は元々軍人でね。『それ』と会う機会も、話す機会もあった」
「えっ……」
「へらへら笑っていた。いくら言い聞かせても、まるで態度は変わらない。憎悪に駆られた奴が殴った時くらいのものだよ、態度が変わるのは」
――許せない。
ごめんなさい、と言われても許せない。きっと同じように罵るだろう。
それが、へらへら笑って、反省の一欠片もない。
殺せるような力があれば、殺してしまいたい。そんなふざけた人間など。
自らの唇を、噛み締める。逆上しないように。
「一度尋ねたよ、どうして反省しないのか。多少なりとも反省するそぶりがあれば、多少なりとも寛容にはなるからな」
「なんて、答えたんですか。その人は」
「『やーだね、反省してないもん。お前らがそうやって、くっだんねー悲しみとか怒りに振り回されてんのが見たかった』」
しかし、その努力は、あまりにも儚いものだった。
ぷちん。
堪忍袋の緒が、切れる音がした。
実に数年前の、その発言は。誰かをおちょくるためにしか吐き出されなかった、その言葉は。
しかし確実に、咲良の逆鱗を抉り抜いた。
「くだらないってなんですか! 思い出も踏み躙って、たくさん人を殺しておいて! なんでそんな事言うんですか!」
衝動のままに、まりえへと掴みかかる。
「奴の
「ッ……許せない! そうだ、そいつはどこにいるんですか!?」
――最低最悪の極悪人め。
まだ懺悔していればいい。許せないが、でも少しだけ同情できる。
だが。
言うに事欠いて、くだらないなどと笑い飛ばした。そんな奴に生きている価値なんてない!
「それを聞いたところで、どうするつもりだ?」
「決まっているじゃないですか! 改心させるんだ、そんな間違った人間!」
口調が乱れ、掴みかかる力が強くなる。最早叫ぶような怒号は、その勢いを増す。
勿体ぶって焦らすまりえすら、苛立ちの対象だった。まるで庇うような、どちらの味方かわからないようなその振る舞いが、酷く精神を逆撫でする。
「そうか、そうか。その情報ならば、私の心臓にあるんだよ」
「どういう事ですかそれ。僕が子どもだからって、からかってるんですか!」
「まさか。私も口頭で伝えられていない情報だ。文字通り、記録閲覧用チップが心臓の中に埋め込まれている」
そんなの、ありえない。
でも、そこにしか望みはない。
「素手では殺せまい。だが、いかにもあつらえ向きの銃があるだろう?」
ぱっ、と目線の先を見た。
――これだ。
これならば。象さえ殺せる威力ならば、できる。
「それで撃て。そして、玲奈の元にでも行くがいい。あれは絶対に、お前に味方する」
リボルバーを、躊躇なく手に取った。
この距離なら外さない。外しようがない。
ちくりと痛む気がするけど、そんなの気のせいだ。露わになっている胸元、きっとそこに心臓がある場所を目掛けて。
なに一つ淀みなく、カチリと引き金を引いた。
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