第40話 奇跡の閃光はここに有りて

「貴様の覚悟と思いの丈は、よく分かった」


――我に、帰る。

銃口から、煙が立ち上ることはない。

ライフル弾がまりえの胸骨を貫くことも、血が飛び散ることも、ない。

被害らしい被害と言えば、何故かとうとう脱ぎ捨てられたブラジャーくらいのものである。

「な、なんで……?」

咲良には、理解できなかった。

確実に引き金は引いた。覚悟したかはさておき、そこに決意はあった。

無論、やった後に後悔が生まれないかと言われればそれはまた別の話だが――しかしそれでも、あの怒りは本物だった。そう思う。

「その重さじゃさして変わらんな。弾倉をよく見ろ」

「は、はい……」

促されるままに、かちゃりと弾倉を開ける。

かくして、目に飛び込んだ物は――。


「……今の、チャカ?」

かちゃかちゃとどこかから漏れ聞こえた機械音を、しかしとつぐの耳は正確に拾い上げた。

強盗が通り過ぎた後と化した占い部屋はひとまず置いておいて、他のきれいな部屋を荒らしに行く最中の事であった。

「抗争か、暗殺……どっちにしろ、ぞっとしないわね」

――聞こえたのは、リボルバーの音。

警察サツチャカを奪われた、という話は聞いていない。だとすれば恐らく、横流しされたべっぴん未使用品だろう。

暗殺の可能性が、かなり高い。さもなくば襲撃だ。

わざわざべっぴん物を使う以上、どうせ捜査されない抗争で女自慢をする為とは思えない。仮にそんなクソバカ極道がいたとすれば、相当頭まで海綿体に侵されているだろう。

対象としては、この近くの地主か、議員先生か。

それならまだいい。

だが、とつぐ自身が殺される可能性も、また存在する。

「……悪いけど、わたしまだ死にたくないのよ」

呼吸を、殺す。

足音を、忍ばせる。

そうして、しなやかな身体を、扉の影へと潜ませる。適当な扉を開けると、ちょっとしたダイニングのようだった。簡単な机と椅子と、それくらいしかない簡素な物だ。

――これなら、不意を突ける。


しかし、すぐ異変に気付いた。

待てど暮らせど、装填音が聞こえない。かちゃかちゃ、と音が鳴るはずなのにも関わらず。

「……なんだ、検品か。驚かせてくれちゃって」

何も極道は、常日頃から事務所にいるわけじゃない。

もちろん例外もあるだろうが、そもそも何十人といるのだ。そんなキャパシティは、都会には物理的にない。下っ端ともなれば、どう考えても事故物件としか思えないような極悪アパートに転がり込む方が多いだろう。

どこかからひったくってきた銃を、物珍しさからしげしげ眺めている。そうなる確率がどこまでかはさておき、とつぐはひとまずそういうことにした。

「そもそもあんなちっちゃいのじゃ傷も付かないか。なんで怯えたんだか……」

軽くぼやき、また調査を再開する。

とはいえ、恐ろしく貧相な冷蔵庫事情くらいしか分からなかったので、さっさと切り上げて別の部屋を荒らすことにした。


――とつぐの思考は、概ね本能についていけない。

先鋭化した本能が危険を告げたら、ひとまず危険から逃げるために行動する。安全なら安らぐし、不穏ならひとまずどこかしらの味方になりにいく。もちろん、常に勝ち馬に乗る、ということはできないが。

だから、気付かなかった。

漏れ聞こえたのは、間違いなくプファイファーツェリスカのシリンダーが開く音。それもどこかたどたどしく、愛銃として使いこなすまりえの動作ではない。

即ち、不意を取った可能性がある。まりえは絶対に向けないが、しかしそれ以外の人間ならどうだろう。とつぐへの反旗としては、かなり効果的だ。

生身であれば流石に致命傷となる銃を、死の気配として感じたのだと――気付くことは、なかった。


「最初っから、生き残る気だったんじゃないですか……」

――その目に飛び込んだのは、空の弾倉。

そもそも銃弾など入れていない。これで叩き付ければ鈍器になる、それくらいの効果しかないものだ。

へなへなと、銃の重みに負けて倒れ込む。ぽむん、と柔らかな胸が受け止めた。

「ライフル弾で暴発でもされたら、まず私が死ぬからな。当然のリスクコントロールだよ」

ぐうの音も出ない正論により、当然の理由を叩き付けられる。

そもそもまりえは、肉体の方は純粋な人類だ。如何なるマッチョだろうが、ライフルで撃たれたら傷は負うし最悪死ぬ。

そしてまず、とつぐ並のイカレた頑強さを誇る人間はいくら世界広しといえどもそうはいない。そもそもそんな奴とまともに相対すれば、いくらまりえとて無事では済まないのである。

よって、実銃としてもっぱら使うのはデザートイーグルの方であった。

「それはそうですけど……僕だけ騙されたみたいです」

「騙される方が悪い。まぁ、姉さんの身体を許せる事は証明できたからな」

「……あの、なんでまりえさんがそれを言うんでしょう?」

しれっと関係のないところを見られていたような発言に、軽く首を傾げる。そも、姉妹だからと言ってそういうところを見るものなのだろうか。咲良は一人っ子なのでよく分からなかった。

「妹だからな」

「なるほど」

なので、ただでさえでかい胸を一杯に張ったこの発言で、とりあえず丸め込まれた。


――咲良から返された銃に、たった一弾を装填する。

それは、軍事技術の最高傑作。日本国陸軍において採用されることのなかった口径の弾。そして奇跡的に、たった今の今まで、使うことなく大事に持っていた。

本来の銃弾とは違う、ずらりと刻まれた刻印に異能を集中させる。

かくして紅に染まった銃弾が、煌々と光を灯す。

「さて、褒美の時間だ。お前の殺し損ねた命で、希望の一矢でも見せてやろう」

狙う場所は、天高く。

光の侵攻により、ほんの少しだけ綻んだその頂点。初めに光が差し込んだ、その場所。

ただその一点だけを、狙う。

「……それは、何を」

「ふ。歴史というものの重みだよ」

神経を研ぎ澄ませるまでもない。

たった一カ所は、どこからでもよく見える。この世界は、どこまでも凪いでいる。

撃てば、当たる。

「そして、私の読みが正しければ、いずれ人類の可能性となる」

引き金に指を掛けた。

すぅと一呼吸入れ、撃ち抜く。


――遙か昔。

神が当たり前に信仰された時代にまで遡ると、ある一点で『異能を持たない人類』が存在する時代になる。

しかし彼らは、まるで異能を持つ人類と同じように。

否、それよりもはるかに自由に暮らしていた。術式と書かれた、未知の技術によって。


しかしそれらは、現代の人類には難解すぎた。

相手は、何一つ比較対象のない古代文明。しかしどうにか知りたいと、彼らは努力を積み重ねる。

一歩進んで二歩戻り、また三歩進むような、そんな遅々とした歩み。

しかして、道はそこにあった。

そして、今や十歩進んで二歩戻り、時たまちょっぴり駆けてまた戻るような、そのくらいの歩みにはなったのだ。

長い時の中に、規則を書き出した凡人がいて、それを読み解いた天才が生まれ落ちた。

長い長い旅路の果てに、彼らは古代の術式を再現して見せたのだ。


そして。

今ここに、希望が花開いた。


漆黒の空に、真紅の魔方陣が展開する。

雨雲を裂き、閉じこもった世界からも外へ。ぐんと伸びる弾道は、綻びをも突き抜けた。

ひとつ、ふたつ、みっつ。

段々と開く花火のように、世界へと血が通う。雲が晴れ、雨も止み。そうして全て、晴れ渡る。

まるで太陽でも上ったかのように。

「ふわぁ……」

「『術式』。いにしえの、失われた技術の再現。いくつかの国家間で、軍事目的で研究していた――そのうちの一つだ」

その芸術じみた美しさに、咲良は感嘆を漏らす。

ちくりと走る頭痛にすら気付かないほど、魅了する。

「……きれい」

「奇遇だな。同じ事を思ったよ」

まりえの身体に、こてんと寄りかかった。

ふわりと眠気に襲われるも、どうにか最後まで見たい、と目をこじ開けた。


「ふ。疲れたか」

すぅ、と寝息を立てた咲良を、まりえは拾い上げる。

そうして、少女へと向き直る。ごそりと起きた音を聞きつけた。

どうにか、作戦は功を奏した。

そのことに安堵して、いくつか人として重要なことを忘れていた。


「……いやあああああああああ変質者あああああああああ!」

泣く子が増える、己の肉体美マッスルを存分に見せつけるユニフォーム。

もとい、全裸にチェストホルスターと靴しか身につけないという、下手な全裸よりも淑女変態的な雄姿のことを。

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