第38話 獣滅の砲を撃ち鳴らす
「……何故?」
すたすたと気配の元へと歩み寄るまりえが、妙な声を上げた。
「は、早いですよぉー……」
その後を、小走りでついていく。倍近くの歩幅の差で、自然と向こうが早くなる。最初の方は無駄に綺麗なまりえの尻を直視する羽目になったため、余計にだ。
なお、未だ全裸だが、それには慣れた。
何をするでもなくただ全裸ともなると、逆にエロスが消え去っていく。むしろ、背中に鬼が浮かび上がり肩にジープを乗せるが如きたくましい筋肉に目を奪われた。あまりにも堂々としているせいでとてつもなく雄々しいが故に、どちらかと言えば妙な憧憬を抱いてしまう。
それを身を以って理解する羽目になってしまった。
「なにがあったんですか?」
「あぁ。これなんだが」
柱の如き脚を避け、指した先を覗き込む。
そこには、少女がすやすやと眠っていた。まるで眠り姫のようだ、とふと思う。
「……なんでいるんでしょう?」
「全くわからん」
だが、首を揃って傾げたわけはといえば――とてつもなく見覚えのある少女だったからである。
それも。
「依頼してきたっていう、女の子ですよね?」
「思考のクセを見る限り、同一人物で間違いないな」
今は探偵事務所にいるはずの、依頼者の少女。
その少女が、安らかに眠っているのだから。
「……ひとまず保護するか」
「その前に服を着てください」
「断る。人命優先だ」
「あっはい」
ぐうの音も出ないが何かが間違った正論により、咲良はそれ以上の着衣要求をできなくなってしまった。
かくして反論を一蹴したまりえは、少女を抱き起す。軽く顔を近づけると。
「……呼吸あり、脈拍に異常はない。よし」
まるで色気のかけらも無い代わりに合理的な
「ちょっ……どこに連れていくんですか?」
「全く思いつかないが、ひとまずこのまま探索するぞ。どうも空気がおかしい」
「確かに……」
ざぁざぁと雨でも降ってくるかのような匂いが、咲良の鼻をつく。
永遠の黄昏時かのように思われた空が、急激に雨雲に覆われた。わらわらとなにやら騒ぐ人の声がする。
本来ならば普通としか言いようがない光景だが、どうもこの空間ではそれが妙だ。
「……雨、降ってきちゃいそうですけど」
「そうなのか?」
「雨の匂いがしますよ?」
家にずっといてもいいと言ってくれるような、安寧の福音。
そう言えば大袈裟だが、しかしそれなりにいい思いをさせてくれるその匂いを、咲良の鼻は確かに覚えていた。
「ならば、ひとまず引きこもれそうなところを探すか。人の気配は全くしないが、やけにうるさい」
「えっ。話し声ですよね、普通ですよ?」
「こちらの話だ」
裏路地とはいえ、露天は露天。
雨を凌ぐには、あまりにも無謀である。逃げるように、その場を後にした。
「これ、何かしら」
一方のとつぐはと言えば、妙な物を見つけていた。
まるで占い小屋のような、水晶玉のセット。あまり触れる機会が無かったが故に、興味本位で手を触れる。
「未来が見えたり……は、しないか」
景色と、軽く掴んだ自分の手が歪んで映った。だが、それだけだ。
とつぐが期待していたようなことは起こらなかったので、興味は急速に冷めていく。
元あった場所に戻そうとして――手を、滑らせた。
「あっ」
幸いにして、軽く取り落としかかっただけで済んだものの……しかし、台座がわりの布やクッションは、留め具らしい留め具もなく、重力に従ってはらりと落ちていった。
「面倒臭いわね、たかが布のくせに」
裂かないように、丁寧につまむ。
そうして、何もかもを元どおりにしよう、と意気込んだところで――何やら、数式のようなものを見つけた。
「何これ」
とつぐの知識で解けるような物ではない。何やら様々な記号と数字とが、めちゃくちゃに書かれている。
そもそもこれを数式と呼んでも差し支えないのだろうか、と軽く不安になる程度にはめちゃくちゃだ。円形に展開されたそれは、どちらかと言えば魔法陣のような外見である。
「方程式じゃないわよね。なにこの……何?」
白抜きの文字はチョークで書いたらしく、布にまで白い文字が写っていた。
恐らく、水晶を中心にしてあったのだろう。真ん中はぽっかりと空いている。
ひとまず元に戻そうと、ぽんと水晶だけを置いた。
まさしく、その魔方陣様の円の中心へと。
「わ、わ……」
ぽう、と魔方陣が光を放つ。
それに驚き、とつぐは水晶を突き飛ばした。ホームランの如く、高く早く鋭く吹っ飛んでいった水晶は、当然の摂理として壁へぶち当たり、粉々になる。
かくして、魔方陣の光は収まった。
見るも無惨な破片へと変わり果てた、水晶の残骸を残して。
「……もうやだ。わたし、何もしてないのに」
まるで己自身が空き巣かのような惨状に、落胆した。
そうして、粉々になった水晶片を、しぶしぶ片付けることにしたのであった。
とつぐは社用ノートパソコンを十五回、玲奈の私用デスクトップを二十回、同じ言い訳で破壊する殺機械鬼なのだが――未だ、その事実を指摘した勇者はいなかったりする。
「あれ……?」
雨がさぁさぁ降る街並みが、どろりと歪んで溶ける。
一時は蜃気楼か疲れかとも思ったが、どうもそういうわけでもないようだった。雨宿りにと借りた、商店街の小さな店は、しっかりどっしり建っている。
すぅすぅと穏やかな寝息を立てる少女も、また変わりはなさそうだった。
つまり、事実として、歪んでいる。
くしくしと目を擦り、ぱちぱちと瞬きをした咲良は、そう判断した。
「……溶けてます」
「見れば分かる。中々脳に悪い光景だな」
ただ、外だけがどろどろに溶かされている。全てが泥になるように、撹拌されるように。
それでいて、泥であれば確実に付着する汚れは全くない。窓はぴかぴかで、無駄に強固なのか、そういったものは入り込まない。それが妙だった。
そうしてどろどろ溶かされる世界を、咲良はじいっと観測していた。
「ふむ……非常にまずいな」
「ほぇ?」
――情報源はどこだ。
まりえの思考は、まずそこに向かった。
この上なく具体化された、哲学か宗教じみた世界。或いは、まさしく本人の心中なのだろうか。
まりえとて、他人をそこまで理解するつもりは、毛頭ない。
故に。
深層心理を、こうして体験するのも。
また、この具現化のきっかけとなった事象も。
或いはついでに、この状況でお前も百二十人目の愛人にならないかと口走ることも――もっともこれはかなりどうでもいいことだったが――望まぬ事であった。
ぐるり、と思考を一周させる。
この混沌は、何もしない限り永遠に続くだろう。さりとて、まりえの独断独力でどうこうできるものではない。
もちろん、腰ヘコ失禁アクメを唐突に往来でぶちかます程の自我に固定して切り抜ける方法はあるが、さすがのまりえも未来ある人間を年中発情期の犬じみた知能にはしたくない。元から従順、かつ処女なので尚更である。
さらにその上、発達途上の、未だ芯を残した育ちかけの控えめおっぱいで更に五億点ほど加点されていた。
逃したくない程に、大きな魚である。
「……言わざるをえない、か?」
「何をですか?」
故に、揺れていた。
遵法意思を踏み躙り、己を救い、性欲を発散するか。
誰に機密を知られることもなく、長く苦しむ死を選ぶか。或いは、一人の少女の将来を破壊するか。
――正しいのは、圧倒的に後者だ。
だが、私は私の意思として、合意の元で未成年とスケベしたい――。
「よし、決めた。咲良」
「はい?」
一瞬の逡巡を見せた後、まりえはいつになく真剣な顔をした。
「この上なく簡単な方法で、お前を見極めようと思うんだが」
「はい……いいですよ。どうすれば、いいんですか?」
「ふ、ノリがいい」
そうして、懐から銃を出した。
否、銃と呼べるかも危うい。異様、としか言いようのない大きさと長さ。およそ携行を諦める程の、超極大リボルバー……のようなもの。
まりえの巨躯でなければ、まず間違いなく存在感を食われる。ひらひらと見せているが、どう見てもただの銃ではない。
「……これ、拳銃なんですか?」
「プファイファーツェリスカ・リボルバー……正確には再現品だがね。これを使う」
キチチ、とハンマーを上げる。
「見ての通り、象を洒落抜きで殺す威力を誇る。人の頭蓋など木っ端微塵だ」
弾倉を軽く確かめ、すっと咲良に手渡した。
ずしりとした重みが、両の手に乗しかかる。
恐る恐る、右手の人差し指を、引き金へ伸ばした。
「……これでいいんですか?」
「撃つとき以外はな。よく訓練されている」
引き金へ引っかけたら、撃ってしまいそうだ。咲良の小さな手では、そもそも銃が収まりきらない。頑張って、両手で持ち上げるのが精一杯である。
「それで、何をすればいいんでしょう」
「銃だぞ。やることなんて決まりきっている」
ぞっ、と嫌な予感がした。
冷ややかな笑顔が、じっと咲良を見下ろした。
その瞳が、ぱち、と一つ瞬きをする。
「私を撃て」
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