第6話 歓迎会、セクハラになった

 目を覚ますと、そこはパーティ-であった。


「……どういう事ですか!?」

 咲良の脳内は、非常に混乱していた。

 泣きまくって疲れて寝たと思ったら、この状況である。腕によりをかけたことは想像に難くないであろう、多種多様のホールケーキや七面鳥、山のようなバゲットにクラッカー。大人向けであろう酒は樽で積まれている。

 盆と正月とクリスマスと誕生日が玉突き事故を起こしたような状況であった。

「新人歓迎会です。ようこそ、我らが探偵事務所へ」

「なんで!?」

 まったく身に覚えのない情報のおかわりによって、咲良はさらに困惑した。

 それもそのはず、咲良の与り知らぬところで勝手に採用されていたのである。当然合意はない。それでも条件は破格なので、それなりに賢明そうな咲良ならば断らないだろうという話でまとまっていた。

 抵抗するようなら、暴力ちから政治力わざで無理矢理にでも合意を引き出せばいいだろう――という暗黙の了解が存在していたこともある。

「酷いわね。同じ釜の飯を食らい合った仲じゃないの」

「釜の飯全部食べてませんでしたか!?」

 なお、とつぐは食前食と称して既にチキンを骨ごと貪り喰っていた。そのため、ベキボキと歯応え良くへし折られていく骨の音が響いている。

「細かいこと気にしててもモテないわよ。玲奈ちゃんみたいに」

「私は全人類に愛された国民的美少女アイドルなんですがぁー?」

 更に、斜め上の言い争いまでが始まった。困ったねぇ、と穏やかに微笑む男は、しかし止めようとはしない。

「と、止めないんですか!」

「向こうもいい大人だから、ねぇ。私なんかじゃ弾き返されちゃうよ」

 確かに、目の前の男は華奢で線が細い。傍目では女に間違えられるような、そして事実咲良も間違える程度には小さくまとまっている。そして咲良は言わずもがな、身体の限界は五歳児そのものである。動きすぎれば眠くなるし、頭を使いすぎても眠くなる、そういうお年頃から一向に脱却できなかった。

 一方の玲奈は、細身とはいえとつぐより頭一つほど大きい。とつぐは上背こそ平均的な女のそれだが、全体的にかなり豊満な部類であった。そもそも既に体格で負けているのである。性別の壁より前に、大人と子どもの壁すら乗り越えられないだろう。

「ね?」

「はい」

 止めるのは無理だ、と悟った。こういうときは静かに無視するが吉である。

 さっさと話題を切り上げ、質問に入る。

「……ところで、なんで新人にされたんですか?」

「あぁ、やっぱ聞きたいよねぇ……」

 痛い所を突かれたような顔を浮かべ、あはは、とはぐらかした。

「なんでですか」

「まともな子が誰一人としていないし……うちは万年人手不足だから、人柄採用にも走っちゃうよ」

 そもそも人手不足になっている原因がこの女どもなのでは、というツッコミは飲み込んだ。咲良の持ちうる語彙では、最大限に褒め称えても個性派の実力者二人、少し悪く言えば酒と暴力に訴えかけるクズ女と性根がメビウスの帯の如くひん曲がったクズ女である。現状、外見以外の長所が見当たらないのだ。クズの二重奏ではどう考えても人は寄りつかない。

「最後に採用できたのは二年前だから、みんなはしゃいじゃってねぇ」

 それでも、儚げな笑みの前には、そういった正論はためらわれた。

「そ、そうなんですねっ」

 そして咲良は、こと笑顔には弱かった。特に美人と善人の笑顔に弱い。例えその美人が男であっても、例外はなかった。

「よく分かりませんが、がんばりますっ!」

 そのため、特に何も尋ねることなく引き受けた。自信満々に。

「あ、うん。いっしょにがんばろうね、咲良くん」

「はい!」

 相手の当惑に気づく事もなく――こうして、その場の勢いにより正式に合意が形成された。

 確実に詐欺に引っかけられそうな子だなぁ、と本人以外から認識されることとなったのだが。


 ご飯を粗末にしてはいけません、という格言がぎりぎり脳裏に残っていたのか、咲良からすれば低次元の口論で済んでいたのは、不幸中の幸いであった。

「それじゃあ、改めて諸々おめでとう。乾杯」

「かんぱーい」

 つつがなく上品に、グラスをチンと鳴らし合う。

 きらびやかに光るシャンパングラスの横に鎮座するは、ドンペリニヨンのボトル。グラスの中には、美しい桃色が光を受けてきらめいている。ふわり、どこか軽やかな香りが漂った。

 そのグラスもまた、くもり一つない美しいものだ。細くなめらかな曲線を描き、美しい女をより際立たせる。ここだけを切り取れば、どこかの王宮で開かれたパーティーのようだ。

「うん、趣味はいいわよね」

「当たり年ですから」

 どちらからともなく、顔をほころばせる。唇は酒に潤い、その瞳はとろりと伏せっている。

 よくよく見れば、両者ともそれなりに着飾っているのだろう。

 とつぐはその豊かな胸を目立たせ、むっちりとした肉感のある腕を惜しげもなく露出した、全体的に見れば非常にきわどいドレスに身を包んでいる。そのくせ、下品さというものは一切感じさせず、大人の色香というものに包まれていた。

 玲奈は玲奈で、背中を大胆に開いたドレスを纏っている。見た目には貞淑だが、しかしその細身をしっかりなぞる布。どこか幼さの残る顔立ちも相まってか、どこか背徳を感じる。

 紅をさしたような頬も相まって、ひどく官能的であった。

「……」

 そして、咲良はその姿を直視できなかった。

 というのも、彼女たちは恐ろしい美人である。

 立てば芍薬しゃくやく座れば牡丹ぼたんとはよく言ったもので、その辺で大五郎を片手にヤジを飛ばし、その片手間に鼻をほじっていようが美人画の題材となり得るような美しさを持っているのだ。さらにたちの悪いことに、この美しさをしっかり自覚して武器としている。つまり、外面だけは向かうところ敵なしであった。

「あらあら」

「おやおや」

 そして、二人揃ってかなり性根が悪かった。

「ずいぶん真っ赤っかじゃないの。お酒でも入っていたのかしらぁ」

「まさかそんなぁ、我々に恋しちゃったり、とかぁ?」

 髪が擦れ合い、衣が垂れ、しかし肌は絶対に触れられない――そういう領域に陣取り、両耳から責め立てる。甘い吐息混じりのささやきが、漂う酒の香りが、甘ったるい香水の香りが、全て合わさって、どろどろと理性を溶かしていく。

 ほんの少し手を伸ばせば、触れられる。

 しかし、その少しが動かせない。

「緊張しちゃったんだぁ」

「ふふ、リラックスしましょっか」

 ひやり。

 つつぅ、と太ももをなぞる指先。くすぐったいような気持ちいいような、未知の感触。うぞうぞと背筋を駆け巡るその感覚に耐えきれず、咲良は思わず声を漏らす。

「ちゃんと年相応なんですね。いかがでしょう、両欲満たすオードブルは」

「酒池肉林、両手に花……結構楽しいわよ、堕ちるのも」

 つぅ、つつぅ。

 じれったい愛撫が、ぴりぴりと脚を溶かす。吐息混じりの声は、理性を奪う。脚をくねらせ、快楽から逃げようとしても、余計に辛くなる。

 声を上げずとも、ふわふわとした快楽が身体中を駆け巡る。とうに言葉を紡ぐための脳は機能していない。まともな声を上げることは叶わず、咲良はされるがままにされていた。

「あは」

「うふ」

 そうして、ズボンの内側へと指が入り込み――。


「そこまでにしようね。私の目があるのを忘れないように」

 そのひと声で、あっけなく終わりを向かえた。

「わかりましたー」

「はいはい」

 女達は不服そうに頬を膨らませ、席へ戻る。

 そうして、八つ当たりと言わんばかりに飲めや食えやの大騒ぎ。樽単位で並んだ酒はあっという間に底をつき、七面鳥は無惨な骨片へ、パエリアもサラダもカス一つ残っていない、見事な完食であった。


 そうして後に残されたのは、すっかり未知の快楽の虜にされてしまった咲良のみであった。

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