第18話 花火大会、テンション乱高下↑↓

 ドーン、ドドドーン。

 開会の宣言が下され、色とりどりの花火が市街地のビルの谷間から覗く。たまに会社関係者とすれ違うが、茶化しやツッコみへの対応をする間も惜しい程にきみとの時間に溺れたいので、その都度ニヘラと笑い誤魔化して遣り過ごす。

 何より、こんな素敵なきみの姿を見せて万が一の事が有ったら俺は生きていけそうにない。立ち話など以ての外であり、当然、見せびらかす気も皆無。

 俺だけが独り占めするのだ。

 でへでへ。

 左手にうちわを持ち、暑くないようにゆったりと扇ぎながら時に立ち止まって夜空の美しい様を眺め、リサーチ済みの穴場スポットへと歩みを進める。


「折角だから、屋台を覗いて行こう」

 真っ先に目に飛び込んだのは、射的。初体験だと言うが、構えが妙に男前なきみにボロくそに負けてしまう。ちょっと待って、初めてって本当?

 紙縒こよりを更に固く絞って準備万端整えたヨーヨー釣りで、俺が狙うは淑やかピンク。きみの希望は空色ブルー。

 ふむ、また新たな一面を知る。

「へー、今時のかき氷シロップはセルフなのか」

「味は全部同じって、本当なんでしょうか?」

「視覚と嗅覚で騙されてるってヤツか。試して見ようよ、何味にする?」

「じゃあ……レモンで」

「俺はメロンにするわ。さぁ、どうだ?」

 互いの山から濃ゆいところをこんもりと取って交換し、先ずは一口。うむ、甘酸っぱい初恋の味。二口目でそれを上回る甘味を緑の山から堪能し、検証終了。さて、結果は如何に?

「違うよな?」「同じですね」

「嘘、マジで!?」

「私の味覚が麻痺してるのかも」

 何と、意見の相違が発覚。

 このまま折れてもいいが、もう少しこの話題で盛り上がる様を対面で見つめていたいので、きみへの同意が出来るよう調子に乗ってバクバク食べれば、忍び寄るアイツの影。

「くーーー、きたーー! 頭が痛えーーっ!」

 

 くすくす! あはは!


「ちょっと、腹ごなししていいかな?」

「是非とも! 小銭を無くしたいので出しますね」

「え……あ、うん。じゃあ、お言葉に甘えます」

 きみは、支払いの場で必ず財布を出してその意思表示をする。全て承知の上で準備をしている身としては気を遣わぬよう伝えたいのだが、厚意を無下にするようで切り出せない。

 悩ましいところだ。

「あれにしよう」

 気を取り直し、たこ焼き一パックを分け合う事にする。カップルだなぁ、とすげぇ実感。

「うわぁ、大きいですね、美味しそう」

 いつ見ても美しい箸使いで目を輝かせてパカンと割り、ふうふう、と冷ます仕草が超絶やべぇっす。

「はふはふ……あっつーーーっ!」

 齧り付いた中からトロッと溢れ出す生地と大粒のタコに、かき氷を先に食べてしまった後悔が過ぎり、更に笑い合う。


 わはは、スゲー楽しい!


「この先は階段だから、手摺に掴まって行こう」

「……はい」

 暗がりを抜け、人混みから離れた穴場に到着。

 打ち上げ会場を見下ろせる坂の途中にある、ちょっとした休憩処だ。

 着いて間もなく、眼前の空に小ぶりの花がこれでもかと咲き誇る。ハートやキャラものも有るのか。最近の花火は、幼い頃に比べて色も形も豊かだ。

 きみといるお陰で、ここ数年の〈花よりアルコール〉を反省すべきと思わせるほど、実に充実した時間を過ごしている気がする。

「足指の間とか、痛くない?」

「対策はバッチリですから」

「おー、大したもんだ」

「というのは、嘘。慣れない履物の私に合わせて、ゆっくりと歩いてくれたお陰です。本当に、気配り上手ですよね…………アキヒロさん」 


 ヒュウゥゥゥ、ドッカーン!

 聞いた? 聞こえた? 間違いないよな?

 読んだ、四だよね、咏んだよ、呼ばれたよ!

 うやむやになりそうな、か細い声だけど確実に!

 なに、興奮が過ぎる?

 そりゃ、そうだろ!

 実は、初の名前呼びなんだよ、これが!

 うっ! ぐっ! はっ! 何という破壊力!

 良く見えないが、頻りに耳を触ってる気がする。

 ふぅー、落ち着け、俺。

 スマートに返せ、俺。


「周りに気の強い女子が居てさ、鍛えられたってヤツですよ。あ、妹のことね」

「初心者マークの、ですね。ふふふ」

 ヒュルルル……パパパンッ!

 思い出し笑いを堪えながら楽しそうに頷くきみの肌を、様々な炎色が照らしていく。

「すげぇ……キレイ」

 思わず口をついた言葉は破裂音にかき消されたまま、きみの右隣りに並んで暫し花火を堪能する。

 が、気もそぞろなのは必然で、ぱしゃっとヨーヨーを叩くフリをしてちらと目線を落とし、改めてきみを盗み見る。


 あー、どうしよう。

 下ろした左手が触れそうで触れない、この距離。


「これまで何度も観に来てますけど、こんなに近くで見るのは初めてかも。綺麗ですね」

 急に声を掛けられ、きみとパチっと目が合う。

 どうしたか、と首を傾げるきみに、胸中に湧き上がるこの想いを伝えても良いだろうか?

「手……」

「……て?」

「ていうか、まだ言ってなかったよなーって。その浴衣、良く似合ってる」

「あ……りがとうございます。嬉しい、です」

 ぷにぷにと耳たぶに触れる、照れた仕草。

「あと、手を繋いでもいいかな?」


「うおーー!」

「ここ、スゲェ!」

「よく観える!」

 大声を上げながらこの場所を目指して来たお子様連中がなだれ込み、とうとう最後の一言が言い出せず、行動にも移せずに終わった……俺。

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