第19話 第一のコース、ワクワクの!

 ビビったわけではない。

 日和ってもいない。

 暗い上にがっついたら、脅かしてるみたいで怖がらせるだけだろ?

 だから、次の機会に持ち越しただけ。

「せめて、階段で繋ぐべきだったか……」

「職務中にほうけるとは、何ごとかな?」

「うわぁぁっ、ビックリした!」

「それはこっちの台詞。見惚れてないで職務に集中しなさい、柏葉くん」

 巡回に来たはいいが、外勤から戻ったきみを見つけると花火大会の後悔が頭を掠め、うっかり集中力を欠いてしまった。反省、反省。

 いや、その前に。

「今……しれっとNGワードを挟みましたよね」

「職員に背を向けて座ると、案外聞こえないものなんだよ。検証済みだから、大丈夫」

「そうですか……じゃあ、ワタシの呟きはモロ聞こえ?」

「どうだろうね、尋ねてみようか? 夏見さん、先日の件を確認するから、書類を持ってきて」

「はい」

 よりにもよってきみを呼ぶとは。

 所長このひとって本当にSだな。


「これは資産計上で、あとは費用で良いね」

 俺の説明を聞き、関与先(=この事務所に於ける顧客のこと)が契約した当社の新商品をどこまで経費とみなすかの判定を所長が下し、きみに書類を返す。

「では、処理をよろしく。ところで夏見さん、先程から柏葉くんと頭を抱えていてね」

 な、何を話してるんですか、あなた!

「何かあったんですか?」

 あ、呟きは聞こえてなかったみたい、セーフ。

「夏見さんは、車は勿論だけど温泉に興味ある?」

「はい?」「はい?」

 つい、俺まで声が出てしまった。

 怪訝な顔のきみにバレぬよう、慌てて誤魔化す。

「あ、うん、そう、実は悩んでまして。ははは!」

 着地点は何処なんだ、この話。

 すると、思わぬ方向から朗報がもたらされる。

「とある施設の入場無料券と割引券が余っていて、この週末に使い切れる人を探しているんだ。誰かと行く暇はありそう?」

「えーっと……」

 チラッと俺を見るきみと小刻みに頷く俺。

 胸ポケットからチケットを差し出す所長。

 この方、マジで神なのでは?


 ◆ ◆ ◆


 夏休み最後の週末というやつは曲者だ。

 これといったイベントが有るわけでもないのに、遊戯施設の駐車場への道のりが果てしなく遠い。神様、所長様からいただいた入場無料券を用意して待つこと約三十分、漸く構内へと足を踏み入れることに成功した。

「奥は森林遊歩道、手前がモーターアトラクション、右奥にキャンプ場。数年前に来た時より、いろいろ増えてますね」

「それ、いつ頃の話?」

「免許を取り立ての頃に、冒険しようと言われて。今日通った裏道を知らず、国道をのんびりと走っていたら行列が出来てしまって……苦い経験を得ました」

「焦るよな、それ。でも、運転なんて人それぞれだから、気にしなくていいんだよ。そして俺は……夏休みをナメてたわ。ジップラインも立体迷路も少年心をくすぐって魅力的なんだけどさ」

「何より子ども達の仲に混ざりづらい、ですよね」

「そうなんだよ、そこが残念だよな〜。偵察だけでも、してくる?」

「それもいいですね、今後に役立つかも」

 これは次回が有るんだな、と浮かれながら案内地図を片手に森の方角へと並んで進む。


 この施設は某自動車メーカーの傘下にあり、モータースポーツの歴史を辿る博物館や多種のサーキット場に加えて大人も子供も学びながら楽しめるアトラクションやアクティビティが数多く設置されている。丘の上から一望できるホテルの他にも最近話題のグランピングも兼ねたキャンプ施設も増設したようだ。

 年を追うごとにその充実度が増したとは聞いていたが、その多岐にわたる拡大ぶりに偏りがちな専門分野への関心を高める努力をヒシヒシと感じる。

 俺も、仕事頑張ろう。


 きゃは、きゃは!

 わー、わー!

 森の偵察を終え、カートやミニバイクに講じる賑やかな声とエンジン音が混ざる専用エリアを通り過ぎる。大の大人だが混ざりたい衝動を抑え、歴代車両を集めた博物館へと入ると、専門性が高いお陰か子供達の声も少なく、静かだ。

 一階中央ロビーには栄光の名車が、ニ階と三階には市販車やレース車両がズラリと並ぶ、男ゴコロを擽るその様はまさに圧巻である。

 だがしかし、これって女子も楽しめるのか?

 後に続くきみを見れば目を輝かせて釘付けになっており、展示物に見つけた俺の愛車第一号との思い出を熱く語っても何の支障もなく一巡できた。

 良かったー!

 だが、ひと度外に出ればひしめき合う家族連れ。

「これ、早めに移動したほうが良さげだな」

も有りますし、そうしましょう」

 腕時計を見れば、ランチにするには若干早い時刻。折角だから施設仕様の食事も楽しみたいが、付近の道の駅イチオシのいちごソフトも勧めたい。

「味が濃ゆくて、マジで美味いよ」

「さすがはいちご大国、外せないですね」

「だよなー!」

「運転を任せきりなので、ソフトクリームとランチ分は出しますね。早速、向かいましょう」

 むー、またそうやって先手を打つ。

 一抹の不安が過ぎるが、試しに軽くたしなめてみる。

「何だよ〜、カノちゃんに尽くす男の醍醐味を奪わないでくれよ〜!」

「えっ、あの……うぅ。でしたら、夕食をたらふく食べたいので、代わりにご馳走してください!」

 更に上手いこと畳み掛けるものだから、つい懐柔されてしまい、

「それならば許そう」

 二つ返事で了承する。


 残念ながらソフトクリームは販売終了だったが、夏季限定いちご100%の削り氷がこれまた絶妙に美味かったので、これはこれでふたりで良しとした。

 

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