第19話 第二のコース、ムフフの♪
さて、今回手にしたチケットは二種類ある。
一つは、隣県にあるこのモータースポーツ施設。
そして、もう一つは。
何を隠そう、温泉施設の割引券なのだ!
しかもそこ、小学生以下は入場不可なので落ち着いた空間でゆったりと温泉を楽しめるとのこと。
食前氷菓子とランチを終えていちご大国から直行し、現在時刻は午後三時。早々に撤退したこともあり大した疲れは無いが、さぁ、共に汗を流して癒やされようではないか!
と、一人で盛り上がってますが、ご心配なく。
現実はきちんと受け止めてますよ。
貸切や混浴でなければ共に汗は流せない。
ていうか、手も握らずに意図せぬハダカのオツキアイなんて、とんでもないだろう!
さあ、ここで俺のリサーチ力の出番だ。
チケットを入手したあの巡回後、早速検索をかけて男女兼用の入浴場が有ることを突き止めた。
所謂、混浴である、ムフフのフ〜♪
当然ながら専用着衣が条件だが、恥じ入ることもなく自然なポジションを保てる上に同じ時間と場所を共有できるという代物だ。
ありがとう、所長様!
ありがとう、割引券!
受付を済ませて中へ進むと、大浴場までの一角に設けられた〈レンタル浴衣〉の文字が目に入る。
本日限定で男女ともに利用できるらしい。
思わず花火大会の艶姿が浮かびニヤけるのを必死に隠すと、何と、想定外のお誘いがやってきた。
「着てみますか……その、ふたりで。花火大会の時は私だけでしたから、一緒に歩けたら嬉しい、ですし。勿論、嫌じゃなければですけど」
嫌なわけがなーーーい!
寧ろ、狙ってたーーっ!
「ならば、俺に似合いそうなのを選んでよ」
「逆も然り、で問題なければ……喜んで」
気恥ずかしげに話す様子に当てられてつい欲張ったら、センスが問われる難関にぶち当たってしまった。散々悩んだ結果、互いの好みを考慮し、実際に身に当てて試しながら数点をピックアップ。
漸く、これぞという一点に絞る。
「よし、準備も整った」
「先ずは館内着に着替えてきますね」
「例の場所で待ってるよ」
「はい!」
きみは破顔で頷いて脱衣所へと消えていく。
あー、誰か、頼む。
〈かわいい〉以外の語彙を無知な俺に教えてくれ。
◆ ◆ ◆
待ち合わせ場所で携行品の確認をする。
「水分良し、バスタオル良し。いざ行かん!」
分厚いドアを、一つまた一つ開けて入った薄暗い空間は、サウナほどの熱気は無いが真夏の炎天下を思わせるような蒸し暑さが充満している。
地域最大級を謳う中央の火釜(プルガマ)が室内を加熱し、溶岩石の放射熱が治癒力を高めるそうで、壁伝いの床には四種類の岩盤が嵌めており、大人一人がゆったり寝転がれるようにスペースを取って小さな仕切りが立ち並ぶ。奥には窯の様な横穴式の小部屋とその上に休憩スペースが設けられており、館内着の入浴客は各々地べたに寝転んでじっとりと汗をかくワケだが、この場所こそ男女混同で利用できる、かの岩盤浴場である。
混浴の意味、気付いてた?
やっぱり?
失礼しました。
「リーフレット通りにお風呂で身体を温めてきたとは言え、慣れるまでが大変ですね」
「俺はサウナーだし経験有るけど、無理したら一大事だから声を掛け合おう。体調は、悪くない?」
「大丈夫です。こまめな水分摂取が必須ですね」
「その通りです。だから、好きなタイミングで自由に動いて構わないけど、移動するときは教えて。何かと心配なんで」
「さすがに、自分の許容量はわかりますよ?」
「それだけじゃなくて……まぁ、とにかく、お願いします」
「……わかりました」
一瞬、釈然としない態度を見せたきみが納得して首肯する。そうさせたのは、回りくどい言い方をした俺。
曲がりなりにも見知らぬ男女が薄暗い空間に存在する意味をきみが失念し、その挙げ句、何かあったらそれこそ一大事だ。先刻から、隙を狙う輩が少なからず居るのを目撃しているからこそ、常に側に寄り添って圧を掛けておくことで危機を未然に防がねばならない。先程の会話で予感が的中し、これが杞憂ではないと知ったから、尚更だ。
きみには、早いところ、自覚して欲しい。
見紛うことなく〈カワイイ〉のだということを。
リーフレットによると、休憩を何度も挟みながら全ての岩盤を利用するコースは一周が約七十分。指定時間は無視して可能な限り全岩盤の制覇を目標にして寝転ぶと、背中からじわじわ伝わる謎の温もりに汗がダラダラと流れてくる。
これぞ、知る人ぞ知る、岩盤浴の威力。
デトックス効果が抜群で、アンチエイジングも手伝ってオッサン道へ一歩踏み入れた俺でもお肌がツヤツヤになりそうだ。
そして、開放されたように仰向けになるきみとこうして隣り合って居られるのも、これ以上ない喜びでしかないし、ムホホ。
「まさに極楽です。所長に、感謝しかないですね」
館内着をちょいと引っ張って俺を呼び、静かな空間で囁くきみの声が、暑さで僅かに麻痺した耳の奥にぼわ〜っと心地よく響く。
ふむ、個人的に土産を奮発しておこう。
結局、制覇どころか半分で力尽きた俺達は、早々に汗だくになった身体を流すことにした。
熱気で火照ったきみの紅い頬と汗を拭おうと広げたおでこの丸みをこの目に焼き付け、湯船で幾度も反芻する。
断じてヤラシイ意味はないので、誤解無きよう。
千歳緑の地に黒の雨縞柄を重ねた浴衣へ袖を通し、館内通路のベンチでスポーツ飲料を飲みきって湯上がりホカホカで出てくるであろう、きみを待つ。
はぁ〜、この幸福感たるや。
女性ものに負けず劣らずカラフル化する中から、好みの色を告げて選ばれたこの浴衣も実にしっくりきてるし。
そして―――
「お待たせしました」
青丹色地に大ぶりの白い多角形を重ね、流れに乗るように小花を咲かせる、ちょっとレトロな浴衣に身を包むきみが登場。
何気にキメた緑色系お揃いコーデでテンションは爆上がりだ、こんちくしょう!
「それでは、腹の虫も鳴りそうだから早目に夕食と行きますか?」
「あの……ちょっと待ってください」
忘れ物かと思ったらうーんと考え込み、おずおずと俺の袖をきゅっと引き、ちょっと背伸びをして耳打ちをする。
何をそんなに恥ずかしがることが有るのですか!
積極的な接触に俺はドキドキしっ放しですが!
「多分ですけど……合わせが逆です」
「………え?」
うわぁ〜、恥ずかしいのは俺だった!
「浴衣コーナーにも試着室が有りました。食事処の手前なので、直してから行きましょう」
「はい……お願いします」
何か、俺、カッコ悪いわぁ。
◆ ◆ ◆
夕食を兼ねた入浴客が増えたこともあり、周囲にバレぬようきみの後をついて特設コーナーへ辿り着くも、係員は不在。試着室の一つが閉じられ、会話が聞こえるから接客中なのだろう。ここで呆然としていても埒が明かず、脱衣所へ戻ると提案すると、きみは小テーブルに置かれた着付けのプリント一枚を手に取り、
「お借りしましょう、手伝います」
物怖じせず試着室へと進んで手招きをしてきた。
え? はい? 何って言った、今?
「帯を解いたら、先ずは、浴衣の端を身体の前で合わせて中心を決めます。そのまま動かさぬように右を入れ、左を重ねて……えーっと、待ってください。そうじゃなくて、こうですね」
ぎゃーーっ!
Tシャツとパンツだけだから、前に立たないで!
てか、シャツを着た俺よ、グッジョブ!
「そうしたら腰骨あたりで紐で固定し、帯から飛び出ないように先を隠しましょう。はい、紐です」
わわわ〜〜!
バックハグみたいに腰から腕と紐が伸びてきた!
「ふむ、お腹の位置で前下がりに帯を結ぶとカッコイイと……失礼しますね。この辺かな? で、巻いて、結んで……キツくないですか?」
だ、大丈夫だけど、大丈夫じゃないですーっ!
「折って、畳んで、きゅっとして、三角に仕上げると……完成です! プロに見て貰いましょう」
ひあああ、やっと終わった。
ほんの数分が何時間にも感じた、この瞬間。
過去最大の密接度に、高まる緊張。
俺の心臓たちよ。
ギリギリ
その後、係員のお姉様にお褒めの言葉をいただいて嬉しそうに笑うきみに、改めてお礼を言う。
それにしても……。
ちょっと、危機感が無さすぎなのでは?
それだけ慣れてるって―――
わけじゃない、よな?
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