第20話 朋、遠方ヨリ来ル有リ
今日は何を話そう。
知りたいことがたくさん。
教えたいことも。
苦手な身の上話も知らぬ間に喋ってしまう。
あなたの声は本当に不思議。
「夏見さん。急で申し訳ないんだけど、一つお願いしていい?」
待ち合わせまでは余裕が有る。
「はい、大丈夫です」
念の為、連絡をいれておこう。
◆ ◆ ◆
ひと夏のやらかしは記憶から抹消した。
残るのは、いつになく積極的なきみの行動のみ。
今にして思えば、温泉施設で汗を流すってある意味、諸々すっ飛ばしてる……気がするのは俺だけ?
さて、気を取り直して。
今夜きみと共にするディナーの予約は午後七時。
最近、幼馴染みに聞いたビストロだ。こういう店はボッチでも野郎同士でも行きづらく、漸くその味を堪能できるとあって楽しみにしている。
当然、きみが一緒という前提条件が有るからに決まってますがね、でへへ。
ブルブルブル。
終業直後に胸ポケットでスマホが震える。
予定通り向かう、との連絡かな?
ま、まさか……キャンセルなんてことは!
⇒ 少し残業します、時間には間に合わせます
「了解。俺も纏め作業して行くから、慌てずに。
来る時は気を付けて―――と」
⇒ (ハーイのスタンプ)
んー、この前のにゃんこといい、この鳥さんといい、チョイスが可愛いですなー♪
こういうのも送り合える仲に進展しているというのも喜ばしい限りだ。
「俺もスタンプを、ポチッとな」
ウケ狙いでしかない選択肢の中から比較的大人し目のスタンプを選んだつもりだが、改めてきみからの履歴と並ぶと……。
「……超絶キメぇ」
きみに癒やしを与えるゆる系を、急ぎ検索する。
「さて、行くとするか」
事務作業をひと通り終えて部署を後にする。
健康のためにと階段で降りていけば、出入り口付近で賑やかな声。立ち話好きの女子かな?
ちょいと横を失礼しますよ。
挨拶をして通り過ぎようと開きかけた口は、だがそのまま塞がることはなく、パクパクと鯉のようにみっともなく動かす事態となる。
何故なら……。
「やっと降りてきた。残業するほど要領が悪いとは、困ったものね」
「いい加減、腹が減った。おれ達を待たせた罪は重いと知れ」
「お……お前ら、何でここに居るんだよっっ!」
他支店の社員を捕まえて無理矢理話し相手にしていたこの二人は、何を隠そう元同僚。地元で研修を終えた後に向かった初任地で共に汗を流して業務にあたり、個人的にもツルむようになった同期だ。
つい先日、この二人の婚約を知らされたばかりだが、何ゆえここに居るのか?
「婚約祝いを受け取りに来てやったのよ、有り難く思いなさい」
「だとしても、突然来る奴があるか! アポを取れ、アポを! 基本だろーが!」
「トキヤに任せたわよ」「ミナが入れただろう?」
「「おや?」」
なんて、仲良さげに見つめ合って首を傾げてんじゃねーよ、バカップル!
「細かいことは気にしないの」
「懐かしき
「「アキヒロくん♪」」
両腕をガシッと掴んで連行するが如く社外へと歩み始める。
こいつらは、いつもそうだ。
とはいえど、今日の今日は困る。
俺は……デートを楽しみたいんだ!
「悪いんだが、今日は無理だ。明日にしてくれ!」
まさかの返答だったのか、キョトンと互いを見合ってうな垂れる。
「何と、断られてしまった。どういう事なの?」
「三時間以上かけて電車に揺られた上に、一時間も待たされた結果がこれとは、な」
「俺のせいかよ!」
反論すると、突然顔をあげてニヤリとしてにじり寄ってきた。これは、嫌な予感しかない。
「デートかな?」
「デートだな」
「紹介しなさいよ」
「おれ達を、そしてお前の彼女をだ!」
「「相席、最高っ!」」
予約は二名で入れている。
出来るわけがない。
「むふふ、今のうちにお店へ連絡を入れるのです」
「早くスマホを渡せ。彼女が来てしまうだろ?」
ぎゃあぁぁぁ!
やめてくれ、マジで、お願い!!!
図体のデカい男に押さえつけられて指紋認証を解かれ、態度のデカい女に通話履歴を漁られて人数の変更をされる、ナスがママならキュウリはパパな、俺。超絶、弱すぎる。
「安心したまえよ。彼女ちゃんに初々しいアキの様子をあれこれ教えたるから、ねっ♪」
「やめてくれ、俺の築いた人物像が壊れるっ!」
「相変わらず拗らせてるな、お前は」
そ、そういうんじゃ、ない、けど。
突然会うのだけは、マジでやめて欲しい。
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