第20話 亦タ、楽シカラズヤ?

「マズイな、連絡が取れない」

 Wi-Fiスポットの切り替えが上手くいかないのか、はたまた残業が思いのほか長引いてるのかは不明だが、きみへのメッセージが一向に既読にならない上になしの礫。俺達が社を出る時点で事の顛末を送信したのだが、このままでは理由も判らぬままでの顔合わせとなりそうで気が気でない。

 雑居ビルの二階にあるビストロ前に広がるポーチに着いたのが待ち合わせの十五分前。

 暫し待つこと五分前になって、漸く返信が来る。


⇒ 少し早いので、寄り道しながら向かいます


 これは、いつ送信したのか。

 話が全く噛み合っていない。

 きみのことだから、俺のメッセージを既読したならばその旨の返答を添えるはず。それすらもないという事は、恐らく未読のままで返したに違いなく。

 こんなすれ違いって有るものなのか?

 デートだと思ったら煩いおまけ付きだなんて驚くに決まってるだろうし、絶対に有ってはならないコイツ等の言動次第で嫌な思いをするかも知れない。

 あー、せめて状況を把握しててくれ!


 淡い期待を胸に抱くも、タンタンタンと階段を昇る音と共に現れたきみが俺を見つけると、呆然とした顔で立ち尽くす。

 連絡が行き違いになった旨を伝えると取り出したスマホで状況を理解し、確認不足を済まなそうに詫びるとしおしおと悄気げてしまった。

「悪いのはコイツらだから!」

「その通りだ、急に申し訳ない。アキの彼女ちゃんにも挨拶したくなって、つい。俺は松崎トキヤ」

「私は藤枝ミナ、トキヤの未来の嫁よ。無理矢理ねじ込んで、本当にごめんね」

 互いに名乗って入店の受付を済ませるが、満席のようで暫し四人で雑談を交える。

 トキヤもミナも営業職とあって人間関係の構築には定評があり、きみの緊張も次第に解けていくようで笑いが漏れてくる。この調子なら警戒せずとも大丈夫か、と安心した矢先、ミナからとんでもない質問が放たれ、愕然とする。


「ねぇ、コイツ、ちゃんと彼氏やれてる? 」

 ちょっと待て、唐突に何を言い出す?

 ここで話す内容じゃないだろう!

「アキってば偏屈だから、心配で仕方なくてね。昔を良く知る者としては、諸々教えたいし」

「ミナ、店員が来るから一旦終われよ」

 トキヤの静止も聞かず、なおも言い募るミナ。

「それを踏まえてアキの事を願いしなきゃ、って思って―――」

「ミナ!」

 だが、それを遮るかのように、きみが真っ直ぐな瞳を向けて二人にはっきりと告げる。

「アキヒロさんは、とても優しく接してくれます」

「え?」

 一同の目が点になるなか、俺の心臓はドクンと跳ねる。

「至らないところを察して、補ってくれます。申し分無い、素敵な方です。ただ……私はそれに上手く返せないし、まだ知らないことも有って託される域にまで達していませんけど……」

 耳たぶをフニフニと触りながら最後は自信なさげに呟いたが、この一言は決定的だったようでミナの態度は一変した。

「あらら……そうか、そうなんだ。アキには勿体ないしっかり彼女ちゃんなら、安心して任せられるね。しかもカワイイし。何処で見つけたんだ、この野郎♪」

「う、うるせーよ! もう黙れ!」

 ここにきて改めてきみの想いを知り、顔が熱くなると同時に脳内と胸中が乱れまくる。

 言葉にして表すのは簡単だが、それ故に互いの感情の振り幅の違いが顕著だった場合のダメージは計り知れず、これまでもきみからの想いの質量をはっきりと聞く勇気が出なかっただけに、とんでもない嬉しさが込み上げてくる。

 こんな状況で知るのは不本意だが、コイツ等にはちょっと多めに御祝いをあげてやろうじゃないか、ふんふん。


 ◆ ◆ ◆


「誠に申し訳ありませんが……」

 店員から、他の客からの変更も相まって席が三人分しか用意できないと告げられる。ならば予定通りふたりで、と同期とは解散する流れになったが、翌日のランチタイムでは足りない積もる話も有るだろうから、ときみが提案して譲ってくれた。

「私は、いつでも来られますから」

 と、にこやかに微笑んで。

 思いつきで行動する同期やつらに遠慮する必要など無いのに、申し訳ないったらない。店員と話す二人からそっと離れて心から詫びを入れる。

「そんなに気にせず。でも、お酒は程々に」

 上目遣いでたしなめられて思わずデレっとすると、

 トゥルリ〜、トゥルルン、トゥルリリ〜ン♪

 きみのスマホから独特のメロディー音が鳴る。

「ちょっと失礼しますね」

 一歩引いた瞬間にチラッと見えた、手帳型カバーを開く画面に表示されたその文字は見紛うことなく男性アカウント名。きみは、それを一瞥して躊躇いもなく拒否印をタップし、マナーモードに切り替える。

「出なくて、良いの?」

「平気です。気にしないでくださ―――」

 言い終える間もなく再びスマホが震える。

 それを完全無視して頑なに受けようとしない様子に、相手に悪いから、と余裕の姿勢を見せて通話を促す。

「……ごめんなさい」

 謝る理由が物語るものを邪推してしまい、胸の奥がチリっと痛む。先程までの高揚感はどこへやら。

 そこに拍車をかける、街の喧騒に混じって薄っすらと聞こえる気怠げな低音ボイス。

『トーコ、今どこ?』

 自身の鋭い察知力と聴力の良さを恨むと同時に、湧き上がる疑問。

 それは…………一体、誰なんだ?


 ◆ ◆ ◆


「彼女ちゃん、本当にありがとうね」

 通話を中断するきみを残し、店員と同期に呼ばれて席につく。

 そして始まる俺への尋問。

 きみの事、馴れ初め、デート方法、諸々……。


「先に惚気ノロケを聞かされるとは、心外だったな」

 こんな俺でもやれば出来ると学習したんでね。


「デレ顔も出来るなんて、私は知らなかったよ」

 サバサバ女子に見せたら負けな気がしたんだよ。


「相変わらずだね。ちゃんと言葉に出してる?」

 このあと伝えたいから、早く終わりたい。


「一つ残らず、愛情を示してるのか?」

 さっきから何なんだ、余計なお世話だわ!


「彼女ちゃんの一言、ちょっと刺さっちゃってね」

 俺もこの胸をズキュンと撃ち抜かれました。


「そういう事ではない、良く思い出せ」

 どう聞いても、熱い想いの現れだろうがよ。


「アキヒロ。恥ずい、照れくさいととぼけて彼女任せにしてないか? 空気読みが通用するのはゲームの世界だけだと早々に悟らねば……詰むぞ」

 何の脅しだよ。


「仕事しててもわかるでしょ。不安の種は見つけ次第、摘んでおかないと。歳が離れてるならば尚更、言葉にするのって大事だからね。私の時で学んだんでしょ……同じ轍は踏まないでよね」

 はいはい、元カノ&悪友からの有り難いお言葉、痛み入ります。


「ちゃんと聞け!」

 いでで!


 俺も聞きたいわ。

 ユウゴ、って誰なんだよ。

 どう考えても弟じゃないだろ?

 きみを下の名前で呼ぶ間柄って、何なんだ?

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