第21話 夏見トウコ の日常に悶々と過ぎる無限の時間

『トーコ、今どこ?』

 開口一番の呼び捨てと次に発せられる言葉を想像するだけで頭が痛い。

「……外だけど、忙しいから切ります」

『待って、お願い……迎えに来て』

 やけに沈んだ声が耳元に届く。


「アキ、席の用意が出来たみたいだよ」

 同時にあなたを呼ぶ軽やかな声と私への感謝の言葉がポーチに響く。

 にこやかに手を振り、あなたを見送る。


 内心は、ちょっと寂しくて、なかなかに苦しい。

 でも、この状況は譲るほかにないだろう、と言い聞かせて通話に戻る。

「自力で帰りなさいよ、カノちゃんも一緒の飲み会でしょう?」

『オレ、ちょっと頭痛くてさ。カノは飲む気満々だし、無理そう』

「全く……あれ程パンイチでうろつくな、と言ったのに聞かないから」

『お説教は後にして〜、駅まで来てよ〜』

 外に居ると伝えたことをすっかり忘れている自己中心的な相手に溜め息しか出ない。

『いま通話出来るってことは、今夜は何の予定も無いんだろ? お願いいたしますよ、神様、仏様、トーコ様ぁ』

「一言多いのよ……ユウゴは。十五分待って」

『サンキューね、トーコ。愛してる』

 呆れながらスマホを耳から離して通話を終える。


 ここから駅までの道のりを、再び一人で歩く。

 往路の高揚感はどこへやら。

 侘しさだけが付きまとう。


『周りに気の強い女子がいて、鍛えられた―――』

 これは私の思い違いであって欲しいけど。

 恐らくミナさんは元カノだ。

 そうでなければ説明がつかない、ピリッとした空気を感じた。

 いや、決めつけは良くない。

 あなたが同期というならそこまでの間柄なんだ。

 ぱきっと芯の通る、心遣いも抜かりない頼りがいのある、強い女性。

『ねぇ、コイツ、ちゃんと彼氏やれてる?』

『昔を良く知る者としては諸々教えたいし』

『それを踏まえてお願いしなきゃ』

 言われっ放しが悔しくて渾身の反撃をするも、慈愛に満ちた笑みとかわいいの一言でするりと躱されてしまう。

 それが時間と経験の差というものなのか。


 私の隣りにあなたが、あなたの隣りに私が居る。

 紛れもない事実だが、果たして正解なのか。

 どうしても不安が拭えない。

 私の想いは間違いなく正解で、あなたからの想いも同じなのだろう。一緒にいて気遣いを感じるし、これ以上ないくらい優しさに溢れてる。

 大切にされているのが良く判る。

 それでも更に言葉を、態度を欲してしまう。

 本当はずっと触れていたい。

 もっと触れて欲しい。

 でも言えない。

 恥ずかしい?

 それもあるが、好きという感情の重みが余りにも曖昧で、踏み込む先を大きく間違えたときの恐怖が勝るからかも知れない。

 だから、無条件に甘えたいのに甘えられない。

 こんな恋愛下手なくせに、自分ばかりが好きみたいに感じる、などと我が儘ばかり。


 あー、ダメだ。

 下ばかり向いているとロクな考えが浮かばない。

 とにかく今は、仲間との時間を楽しむあなたを思いながら、面倒事を片付けるとしよう。

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