第18話 花火大会、浴衣姿がたまらん!
梅雨の長雨も上がり、ギラギラ眩しい夏がきた!
本日も朝から晴天なり。
そして、待ちに待った華の金曜日。
県内最速となる花火大会が行われる日である。
初任地から地元に戻って三年強。女子とふたりきりで花火鑑賞など、久し振りで。ともなれば、きみを待たせるわけにはいかず。
急ぎ、仕事を切り上げて帰り支度を始める。
「今日は終業が早いっスね、柏葉さん。どうせボッチでしょう。これまで同様、ビールでも飲みながら屋上で見ましょうよ、花火」
通常は規定の厳しい当社だが、この日ばかりは自社ビルの屋上を開放し、予定のない者同士や家族を呼んでのどんちゃん騒ぎが許される。
だが、しかし!
今年の俺はそれどころではないのだよ、諸君。
「『どうせ』とか言うな、失礼だぞ。それに、今年はもっと近くで観るんですー。お前らなんぞとは飲みません、悪しからずー」
「まさか……事務方ちゃんにフラレて、幻想カノちゃんでも産んだんですか、頭、大丈夫ですか? いや、妹さんですか? 仲良しっすね、早く紹介してくださいよ」
「お前らの誰かと義兄弟の契りなぞ交わしたくねーし、それ以前に手に余るからしねーよ。とっとと屋上に行きやがれ、ぺしぺし」
「じゃ、若者同士で楽しんで来ます、若者で」
「うるせー、俺だってまだまだ若者だ!」
さぁ、小うるさい連中は追い払った。
きみとの待ち合わせ場所へと急がねば!
◆ ◆ ◆
当社を含めたビジネス系のビルが点在する市街地の大通りは十八時を以て歩行者天国となり、打ち上げ会場まで続くその道のりを観覧者がそぞろ歩く。
待ち合わせはその途中にある百貨店の小さなアトリウム。愛車を待機させる駐車場にも近いし、通り沿いに屋台も出ている。そして、十五分ほど脇道を逸れればちょっと開けた穴場も有る。
全て、リサーチ済み。
互いに就業後の合流だが、『陽が落ちて打ち上げ開始となるまでに時間が有るので、浴衣に着替えてから向かう』と前日に聞き、ウホウホと心躍らせながら人流を横断する。
ボン、ボンボン、ボボン!
開始予告の信号雷が鳴り、更に賑わいが増すなか漸くアトリウムへ着くと、サラ艶髪を右から大きくねじねじしながら左横でお団子に纏め、所々後れ毛を残すきみがキョロキョロと俺を探していた。
「ごめん、待たせた!」
「私も来たばかりです。お天気で良かったですね」
「去年は
「本当に」
ふわっと笑うきみの髪から揺れる大人びたヘアアクセサリーが濃紺地の浴衣に咲く朝顔や桜の淡い色味に絶妙に合っていて、超絶可愛い。
―――というか、こんな時に何ですが。
俺、唐突に気付きました。
これ、絶対右側に立たなきゃいけないヤツだ。
だって、髪束に隠れず横顔がバッチリ拝めるし。
―――って事よりも。
首筋が丸見えで、素肌がモロ見えですから~!
赤の他人なんぞに見せられませんから〜っ!!
「どうかしました?」
「別に、何でもないよ」
気取られぬよう、そっと左から右へと移動し、色白な肌から必死に視線を離して会話を振る。
「最近の浴衣ってカラフルだけど、こういう落ち着いたのって良いよな」
「生地を選ぶ時に『流行を追いすぎるな』と先生に言われて昔ながらの柄にしましたが、そう言っていただけると安心します」
「もしかして、これって手作りなの?」
まさかの一言に驚いて思わず聞いてみると、俺を捉えてニコッと笑い、高校の授業で作ったという答えが返ってきた。
「すげーな……ということは、家政科?」
「よくお分かりですね」
「妹が通ってた高校にも有ったし、俺の幼馴染みのカノちゃんもそうだから。でも、大学はその道に進みながらも、事務職を選択っていうのは?」
きみは少し戸惑いの表情でうーん、と唸ると、高校の早い時点で家政系に見切りをつけて趣味を兼ねた文学系へ方向転換したと白状した。
「畑違いに、変わりはないですけどね」
「それだけの知識と経験を得てるわけじゃん。人間味が深そうで、俺ってば負けそう……」
「有るのは、とんでもなく浅くて決まった広さしかない知識だけですよ」
ふふふ、と目を細めて謙遜する奥ゆかしさ。
「いや、自信を持って自慢できる代物だよ、それ」
思わず添えたくなった一言にきみはハッとすると、俯き加減で一瞬黙るが直ぐに俺を見て、
「……ありがとうございます」
と照れながら感謝を述べた。
何か……ヤバいな、こういうの。
身につまされながらも、役に立てたのではと自惚れたくなる。
などと可笑しな方向への思考はやめにして、ぽっと思いついた疑問を投げかける。
「ちなみに、着付けも同時に習うもんなの?」
「え? はい。簡単な帯の結び方と一緒に」
ニコッと無垢な微笑みを見せる、きみ。
いや、特に深い意味は……ないです、よ?
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