第17話 夏見トウコ の日常になりつつある非日常

 私、夏見トウコの職場は駅チカということもあり、食事がてら駅ビル散策や体力維持の駅前公園への散歩、愛煙家は喫煙スペースでの一服など、各々自由に時を過ごすことができる。

 そして今、事務所内には『年齢が一番近いんだから呼び&NG!』と初対面で言い放った二歳年上の同僚と二人きり。

 となると、例の話題が持ち上がるわけでして。


「ねぇ、ドライブデートどうだった?」

「それは……とても楽しかった……デスヨ?」

「ふーん?」

 スマホを操作しながら興味無さげに相槌を打つので、これ以上ツッコミは入らないと安心しきると、ふと顔を上げてニヤリとした微笑みを向けてきた。

 これは、もしや……?

「で、で、結局どこに行ったの? 何を見てきたの? ご飯は雰囲気ある美味しい店だった? あの服の反応は? 車を見て何て言ってた? ていうか、柏葉さんって普段はどんな感じ? 何て呼び合ってるの? 緊張しないでちゃんと喋れた? 心配で夜も寝れなかったのよ〜、お陰で昼まで起きなかったけど」

「ス、ス、ストーーーップ!」

 やはり逃れられないヤツでした……。

 昨日の今日でこの質問攻め。

 予想通りで逆に安心しましたけどね。

「何だよぅ、待望の一日デートでしょ? 出し惜しみせずに、ノロケてええんやで?」

「あなた、いつから関西人に?」

「ウフフ……で〜?」

 ぱっつん前髪にセミロングのふわふわヘアを邪魔にならぬよう胸元でツインにゆるく纏め、大きな瞳をキラキラと輝かせて待機する。まるでマルチーズかトイプードルの様でめちゃ可愛いのに、その性格はスパッと潔い。

 このギャップが彼女の魅力の一つ。

 そして、その瞳に気圧されては全てを白状するしかないのである。

「えーっと、ですね……」


「へぇー、あの滝までのトンネルでプロジェクションマッピングをやってるんだ。なかなかロマンチックじゃないの」

「色とりどりの花の模様がキレイだったよ。雨上がりで水流が増えたせいか、正に瀑布って迫力で。久しぶりに自然に触れて気持ちが良かった。ランチもね、小さいけれど可愛い雰囲気の洋食屋さんで、オムハヤシの卵が地鶏でそれがまた濃厚で、スープも具だくさんで―――」

「ぷふー! 相当楽しかったと見えて珍しく饒舌」

「はい、仰る通りです……あと、心遣いがとても手厚いの。待ち合わせ前に飲み物を用意してくれたり、ベストなタイミングで休憩を提案してくれたりと先手先手を打ってきて。おまけに、こちらが申し訳なく思わないよう『次回に期待』と今後に繋げてくれて……」

「ほぉー、さすがですな」

「うん、本当に、そう―――」

 何気ない同僚の言葉に同意し、更に軽く乗せるように次の言葉を繋げる。

「話し上手だし、扱い方が慣れているよね」

「……え?」

 引いた様に一瞬訪れる沈黙。

 実は、心に湧いた僅かなもやを晴らしたくて敢えて出した言葉だったが、改めて失言だったと気付き、笑いながら話題を変えて誤魔化そうとすると、同僚は突然私の頬を掴み、見たこともない形相でジロリと睨んで言い放った。

「おい、夏見トウコ。わたしの『さすが』は、営業職ならではのリサーチ力と先見能力の高さを言ってるの。その言い方だと〈女慣れした年上男のヤラシイ余裕〉としか受け取れないんだけど、アンタはそういう見方で付き合っていくつもりなの?」

「ヤラシイなんて! 思ってない、けど……」


 未だに両想いになったのが信じられなくて。

 でも、それ以上に自信がないから。

 他に相応しい人が居たのではと勘繰ってしまう。


「年齢差に逡巡しながらも、熟考の末に選ばれたのは確実にアンタでしょ。一切気にするな、どアホ。そして、夏見トウコは間違いなく愛されてると自覚しなさい。わたしはそのために、どれだけ苦しみながら協力したと思って―――ととと!」

「え……それは、どういう?」

 しまった、と舌打ちをして深いため息を一つくと、観念したかのようにドライブデートまでの長い道のりとやらを語り始める。

「リサーチと言うより、まるで尋問よ。行き先相談に始まり、トウコの運転技術、苦手な食材、暑さや紫外線および人混みへの耐性、おまけに曲の好み、その他諸々を教えてくれって……トウコの手前、LINEY 交換はしたくないって面倒くさい事を言うから、事務所ここで繰り広げるしかないコッソリ超極秘メモの応酬ったら、本当に大変だったんだからね! それをアンタは『慣れてる』の一言で片付けやがるし……もう、腹立つったらない!」

「嘘……あの、ゴメン!」

「全くじゃ!」

 ツインの毛束を揺らしてそっぽを向くこの同僚には本当に頭が上がらない。私の想いにいち早く気付き、その都度叱り励まして背中を押してくれたからこそ今が有るのだ。

「いつも、ありがとう」

「これまで以上に、わたしという稀有な存在に惜しみない敬意を払いなさいよ、プンプン! それにしても、感心するマメさね」

 思わぬ裏事情を聞いてとても嬉しいけれど、正直戸惑いも隠せない。

「やり過ぎてキモい?」

「それは無い。でも、尽くされる事に経験がないから、どうしたものかと」

「どんな恋愛をしてきたのよ、大丈夫〜?」

 ギクッ!

 痛いところをつかれて、絶句するしかなく。

「長子らしく面倒見の良いトウコさんは、尽くしたがり屋だもんね。その一方で、頑張り屋の頑固者でもあるから、甘やかしてくれる時は素直に従えば良いのよ。これ幸いと、遠慮なくね。あとは、そうね……今すぐ検索かけて、甘え方のスキルアップを目指しなさい。はい、大至急!」


 うーん、一言多いなぁ。

 黙ってれば本当に可愛いのに。


「午後の業務が始まるから、終業したらね」

「もう……しっかり予習しなさいよ。お次のイベントは来月の花火大会。暗がりに紛れて、存分にイチャつくチャンス到来なんだからね。そうだ、わたしから課題を出すとしよう。食事会、ドライブに次ぐ三回目デートに相応しく……カマしてこい!」

「な……っ!」


 何てことを言い出すのだ、キミは!

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