第16話 ドライブデート
退勤後に何度か食事に行くようになったが、なかなか一日デートに漕ぎ着けない、俺の予定。
完全週休二日制で土日は時間がとれる筈なのに営業先の都合でちょくちょく潰れることがまま有り、その度に断りの連絡を入れねばならないこの悲しさと心苦しさよ。
という事で、今度の休みこそは! と半ば強引に手はずを整えていつも以上に浮かれ気分でスマホのアプリを起動すれば……。
シュイッ♪ ↔ ピコン♪ の応酬。
⇒ 最近マイカー通勤をはじめました
「お、自信がついてきたか、よしよし」
⇒ ドライブコースのお陰にしておきます
「その語尾は何だよー、笑」
「そうだ、来週末、ドライブに連れてってよ」
⇒ 私の運転で、ということですか?
「違うコースのお披露目もしたいし、例のいい車を拝見したい。ダメ?」
⇒ ……
あれ? これ、やらかした?
◆ ◆ ◆
暫しの沈黙の後、『運転技術に期待はしないでくださいね』との返答により俺のリクエストが無事に通り、本日、きみの運転で新着お勧めコースを試すことと相成った。
やったーーっ!
梅雨入りしたとはいえ、たまに陽も差す薄曇り。朝から暑過ぎず涼し過ぎずで絶好のドライブ日和となりそうだ。
よし、よしっっ!
さて、待ち合わせ前にコンビニで飲み物をゲット。紅茶以外の好みが未調査である事と
昼頃に往路を終えてランチに持ち込めるような時間を設定し、待ち合わせ場所に指定した駅前デッキの東屋へと向かう。ここは、高校時代から利用する馴染みの場所だ。
駅構内から出て短い階段を昇ると八基ある長ベンチの半分は既に埋まっており、陽射しで温まった一つに腰を下ろして到着の連絡を入れねばならぬ様子。初手から汗臭いのは何とも避けたいところだ。
「んー、誰か動かないかな?」
願いよ叶え、と祈る頭の片隅で、不意に気付く。
「あれ、そう言えば……俺、私服で会うのは初めてなのでは?」
食事デートの際、制服から私服に着替えてやって来るきみとは異なり、朝から晩までスーツ一辺倒だった俺。
「うわわ、コレで大丈夫か?」
駅ビルのガラス窓に映った我が身を思い返す。
かしこまり過ぎず、ラフ過ぎず。いやらしくならぬよう最小限に流行りを押さえ、何が起きても対応出来るようにスニーカーを合わせた。
これから向かう先は開放的になり易い海岸沿い―――ではなく、眼前に広がる癒やしの森とマイナスイオン効果抜群の瀑布を臨む山地。
ここにきて、このルートってもしや詰んでるのでは? と自信がグラつく。
「遅れてすみません!」
時間を僅かに過ぎた頃、思わぬ方向から声がして振り返れば、息を弾ませたきみが顔を赤らめて駆けてきた。ん〜、きゃわ、だ。
「駅前の駐車場が混んでいて、離れた所に停めてしまって……」
「慌てなくても全然大丈夫だって。坂の上? それとも、大通りの向かい側?」
「坂の上……です」
「ひとまず息を落ち着かせて。そうしたら行こう」
「はい!」
この会話だけで既にときめく、俺。
加えて、サラ艶な左右の髪束をこめかみで捻ってハーフアップに結い、斜め掛けにした前髪から覗く瞳を嬉しそうに細めて頷く仕草が、またこの上なく可愛いったらない!
この様子から察するに、今日のデートを楽しみにしてくれたようで密かに胸を撫で下ろす。
「私服姿、初ですね」
うわ、早速気付かれて何だか気恥ずかしい。
「ヘン、じゃないかな?」
「スーツに見慣れてるので、ヘンと言えば変ですが……」
な、なぬーーっ?!
「私好みのスタイルですし、とても似合ってます」
ははは、良かったわーー!
そう言うきみは、退勤後に会うカッチリさとはまた違う、まさに大自然にピッタリなナチュラル感がこれまたお似合いで、大人っぽいロングタイトスカートの落ち着いた色味にアクセントとして合わせたトップスの―――んんん、ちょっと待てよ?
「もしかして、スニーカーって色違い?」
「え? あぁ、本当だ!」
駐車場へと向かう足元を互いに見やればその偶然に顔を見合わせて笑いつつ、改めてお揃いである事実に妙に照れ臭くなって沈黙してしまう。
うわ、やべー、意識させてどうするよ!
ここは話題を変えておくべし、と用意した飲み物やある秘策について匂わせるうちにエレベーターが駐車階に到着する。
さて、皆さん絶賛のきみの車はどれか……。
「え、コレ?」
その答えとして恥ずかしそうに目を逸らして頷くきみの、凡そ女子向きとは言い難い趣味の良さよ。
確かに所長と同僚ちゃんは言っていた。
『可愛いというより凛とした車だね』
『絶妙な安定感で乗りやすいらしいですよ』
『総じて〈いいクルマ〉!』
空気抵抗を考慮した滑らかなボディ、低重心による安定感、加減速への鋭いレスボンスによる乗りやすいスピード……。
〈いいクルマ〉は〈カッコいい〉だったのか!
「うおー、ガチ勢のチョイス」
ちなみにこの台詞は決してドン引きした感想ではない。寧ろ、俺好みだから嬉しくて出たもの。
だって、まさか大人しめ女子がスポーツタイプを選ぶとは夢にも思わないじゃん?
「いえ、あの、周りの影響で……」
「うん、惚れ直したわ」
やべ、ポロッと言っちゃった!
「あ……りがとう、ございます…」
それは、癖なのかな?
照れながら耳たぶを触る仕草に萌えまくる。
それにしても、聞き捨てならない周りの影響とはコレ如何に。
ざわざわと要らぬ嫉妬を覚えるが、悟られるなよ、俺。
◆ ◆ ◆
学生時代に初心者マークが取れて以降は半ペーパー状態と力説するが、そうとは思えないハンドル捌きとブレーキ操作で目的地へと向かう。
なかなかの運転技術じゃないか。
「エアコンは、自由に動かしてくださいね」
「では失礼して、温度は丁度いいよ」
気遣い万全、人を乗せ慣れてる?
「次の信号で左折しよう」
「あれですね、了解です」
よっ、と口を尖らせながら曲がる。
「ここから先は、もしかして山道ですか」
「ちょっとだけだよ、ほら、行け行け!」
うー、と唇を引き締めて踏み込むアクセル。
「頑張るのは車だぞー」
「判ってますーー!」
話す度にころころ変わる俺の知らなかった表情。乗車前から最後部に移動済みだったシートに座るお陰で、チラッと視線をずらせばきみの全てが丸わかり。
助手席作戦、大当たりだな、ぐふふ。
秘策である『今時やるか?』な独自編集プレイリストも気に入ったようで、ふんふふん、と時折きみの鼻歌が混じる。
くーーっ、その『無意識に出ちゃった、恥ずかしい!』感が堪らんね。
抜かりない事前調査と徹夜した甲斐があったというものデス。同僚ちゃん、あざっす!
ドライブデートというと、軽快な走行で得られる疾走感も然ることながら動く個室にふたりきりという緊張感が付き物だ。職業柄、的外れな会話も多少ならば回収可能だが、きみとの間で営業スキルは発動したくないし、そんなヘマは以ての外。
慎重に、且つ、スマートに流れを掴まねば!
「因みに、一人だとどんな走り方するの?」
俺が同乗者の有無で運転が変わる事もあり、参考までに尋ねてみた。
「……こんな、感じ、ですよ」
やや間をおいて途切れがちにきみが返す。
その一瞬の沈黙、気になるわー!
「そのMTモードは飾りって事? 試しに俺は居ないものとして運転してみてよ」
「うー……ん、やってみます……か?」
気乗りしない返事をよそに、道幅は広く対向車も疎らという好条件が先に続く。
さぁ、きみは如何なる走りを見せるのか?
ひと息吐いた後にフッと目を細めてハンドルを握り直し、Dレンジから+ーへとシフトを移動する。ガショガショッと軽い音を鳴らしてギアを変え、遠慮なくとばかりにアクセルを踏み込み加速する。
「あはは、なかなかやるなぁ!」
何ならそのシフトレバーに成り代わりた……コラコラ、セクハラはいかんぞーっ!
◆ ◆ ◆
とある信号待ちで、再び無茶ぶりをしてみる。
「俺さ、長年の夢があって……バックの時の胸キュンシチュを体験してみたい!」
キョトンとするきみは、苦笑しながら答える。
「機会があったら、やってみますね」
よっしゃ、言質を取ったぞ!
さて、コンビニで飲み物を購入。
来ましたよ、その時が。
きみが助手席の裏に左腕を伸ばし、後方確認。
近付く色白な横顔。
ふと真っ直ぐな瞳が俺を捉えて、ゆっくりと更に近付いて―――ちゅっ?
あれれ、これは妄想か。
きみは身体を捻りながら後方をこまめに目視をするも、その細い左腕は一向に伸びてこず。
力強い視線は前後を行ったり来たりするのみ。
ピッ、ピッ、ピッ……
んんん、バックモニターかいっ!
そうだよな、使うよな、文明の利器。
この上なく期待した間抜け面にきみの目が合う。
うわ、見られた、ハズ過ぎるっ!
はっと気付いて伸ばされる細い腕は、比較的低身長なきみの最前位置シートと俺の座る助手席との差が最大限のため、不自然極まりなく。
「ぷっ、これじゃ無理だな〜!」
「くすくす……ですね」
互いに笑うしかなかった。
まあ、いいか。
お楽しみは、きみを乗せた時に取っておこう。
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