第15話 有頂天

 つんつん、ぺしっ!

「いでで……かみさま、申し訳ござ…ってアレ?」

 夢心地から物理的痛感で現実に引き戻され、振り向くと、チョビ髭上司がオホンと咳払いをしながら席に戻っていく。シエスタを敢行し過ぎたようで隣席の後輩が機転を利かせての行動だったが。

 おい、先輩の頭を遠慮なく叩くとは何事だよ?

 しかもペロッと舌を出して、

「それ以上、バカにはならないから大丈夫ですよ」

 グッジョブよろしく親指を立ててほざきやがる。

 こいつは後でシメて然るべき、と脳裏に駆け巡る様々な関節技とともに決意をみなぎらせ、午後の外勤への準備を始める。プンスカ、プンッ!


「ふんふんふーん、ふふ、んふー♪」

 アクセルを踏み込みながら鼻歌が交じる。

 何故かって?

 実は、便乗告白あの日以来初のきみの職場訪問だから。

 どうしようもないウキウキっぷりです。

 あの日、連絡先を交換してから第二次繁忙期に突入したきみ。残業による遅い帰宅を想定して執拗しつこくならぬように近況報告をし、食事を共にする日の為に情報交換と見せかけて好みを探る。

 想いが溢れすぎて長文にならぬよう簡潔に、ガッつきがバレぬよう即レスを避けて勢いをいなす日々のやりとりが、これまた楽しいのなんのって。

 ぐふふ〜♪

 『おやすみなさい』『また明日』で締めくくる一文に淋しさを感じながらアプリを閉じれば、気にすべきではないがどうしても避けられぬ年齢差への細心の注意を払うべく、数ある恋愛コラムを片っ端から読み漁る日々を送ること約三週間。


 やっとホンモノのきみに会える幸せ。

 えへへ、顔が緩んでくるわー、どうしよう。

 そうだ、どんなアイコンタクト送ろうか。

 きみは照れちゃうかな。

 うはー、俺、頭、オカシイ!!


「こんにちはー」

 冬の殺伐とした多忙さに次ぐ皐月の事務所内。

 間もなく締日を迎える為か多少ピリつく雰囲気ではあるが、仕上げの段階に差し掛かり一同の表情も通常通り柔らかい。

「どうぞ、お上がりください」

 俺と同年代の職員くんに促され、スリッパに履き替えて応接コーナーへと向かう。

 その途中、きみのデスクの前を横切りながら。

 パタパタパタタタ―――。

 途切れぬパソコンのタイプ音。

 書類とモニターへ交互に向ける真剣な眼差し。

 からの、上目遣いチラッ → ニコッ → ペコ。

 これまでと変わらぬ、一瞬交わる視線と軽い会釈の後は何事も無いかのように業務へ戻る、きみ。


 ……おやぁ?


 申告書類の作成後は、期日内に役所へ提出し控用書類と会計資料を顧客へ返却するまでが一連の過程。ひと息ついたと語る所長へ、残る職務の邪魔にならぬよう簡潔に契約内容の確認を行う。

 その合間にチラ見を繰り返すこと、数回。

 突然きみが立ち上がって席を外す。

 視線は一向にかち合わずに。


 ……うーん、うーん。


 そうか、お茶出しだな!

 先月は、謎の深い溜め息と鋭い視線をぶつける同僚ちゃんが担当だった。心機一転の今日こそは、きみが淹れる美味しいコーヒーと互いの生声で立ち話が出来る機会を得られるのだ!

 昨年末を最後に、実に数ヶ月ぶりとなる今日に!

 むふふ、とほくそ笑み楽しみに待っていると、

「失礼致します」

 別のお姉さん職員が、カップを俺にそして所長に静々と出していく。


 ……あれぇ?

 何か、思ってたのと違う。

 もっと、こう……。

 チラチラ目が合って、口元緩んで頬を赤らめて。

 ちょっと浮ついたお陰でエラー出して、あわわ!

 みたいな?

 そういう、照れて動揺めいた慌てん坊ぶりが見られるのを期待していたのに。

 その気配が全く無い。

 というか、普段通りすぎるこの現状。

 俺達、始まった筈だよな?

 夢、幻じゃないよな?

 ほっぺた、つねる?

「……痛い」


 謎の行動から愕然とする胸の内を見透かしたか、ぷぷっと所長が吹き出して言い放つ。

「そう言えば、以前話したとはその後うまくいったようだね」

 うえっ、筒抜けなのか、ここ!


「前向きなお気持ちは聞いていたから、こちらも安心したよ」

 え、マジか、それで煽ったのか、この人!


「でも、顕著な行動は控え目に。周囲は目敏いものだからね。手強い相手ならば尚更なのでは?」

 職員を背にゆったりと腰掛け、視線をあらぬ方向へと向けて人差し指を口元にそっと立てる。

 その仕草が憎らしいほどに良く似合う。


 そうか、完全に浮かれてた。

 いい年齢トシをして恥ずかしい。


「相互理解がなされているならば構わないよ。あとは当事者同士でを築きなさい。そうやってじっくりと進めていくのは得意でしょ、柏葉くん」

 ちょっ、ってギリギリワードでは!?

 しかもいい大人が応援されるって、情けないやら逆にプレッシャーやらで。

「……はい」

 気弱に返事するしかない。


「夏見さん、これを一部ずつお願い」

 その名にドキッと心臓が跳ねる。

 所長に呼ばれ、書棚前から応接スペースへやって来てコピー用の書類を受け取る、きみ。

 細かな指示を受けて退出する際にチラッと俺を見遣り、そこで漸くカチッと目が合う。


 ちょっと照れながら、でも嬉しそうに笑ってた。

 良かった〜〜〜!!!

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