第7話 『秋』色の空に気付かされて

 ◆9月◆

 滞り気味の事務作業を消化するべく、午前中を社内で過ごし足取り軽く社員食堂へと向かう。選ぶは豪勢なB定食。一汁三菜デザート付きのガッツリ肉メニュー。これもひとえに午前のミッションクリア、以前に先日迎えた給料日のお陰である。

 ありがたや~!

 俺の主義は〈オイシイモノは先に食え〉。

 それは上下に挟まれた中間子が生き残る為に身に付けた最善の知恵。〈最後派〉が説く自己抑制からのご褒美感は全くもって意味がわからない。

 眼前に有るうちにモノにしないでどうする。

 先に何が起こるか判らないんだぞ。

 などと調子づくから、後で泣く泣くATMから引出す羽目になるんだな。

 でも、たまにだし。

 たまーに、なっ!

 昼食を終えて席に着く。今のうちにシエスタを敢行。お洒落サレなフレーズに後輩達が鼻で笑う。

 はいはい、可笑しな先輩で悪う御座いました。

 午後の巡回は三件、例の事務所も訪問予定。

 腹が膨れた幸福に満たされながら、午後の業務へと一斉に動き出す幹線道路の進む先を考えあぐねる。今日は書類交換のみの為、どの営業先も時間は敢えて決めていない。効率を重視するならば彼処あそこは一番に行くべきだが……うーん。

 後回しにしてゆっくりとお茶したいところだが。

 仕方ない、いの一番に行くとするか。


「こんにちは、まだまだ暑いっすねー」

「冷たいものでも淹れようか?」

 カウンターで待ち受けた所長の有り難いお誘いをうっかり受けそうになるが、

「いや、書類だけですし、午後は始まったばかりなんで……」

 断りを入れて、空席が目立つ所内を見渡す。

 その空気を感じ取ったように所長が短く返す。

「みんなは研修、彼女はお休みだよ」

「え……体調でも悪いんですか?」

「ププッ! そこは個人情報保護対象」

「当然ですね。ワタシに知る権利も無いですし」

「ふふふ、そうだねぇ」

 所内の片付けをしながら意味有り気な笑みで書類を受け取る所長との雑談中、ふと頭に過るのはただひとつ。

 そうか、欠勤か……元気ならば、いいけどな。



 ◆10月◆

 新たな気持ちで迎える幾度目かの秋の彼岸も瞬く間に過ぎ、朝晩の空気が時折冷やかに肌を撫でていく。

 〈天高く馬肥ゆる〉の諺にちなんだ秋の味覚の誘惑はこの上なく効果抜群で、心の弱さが露呈した俺の腹回りは些かタプついていた。お陰で、来年には三十路突入という抗いがたい現実が怒涛の如く押し寄せる。

 マジでヤバいぞ、これ。

 運動を始めよう!


 パッポー、パッポーと歩行者用信号機が通行可能を告げる信号待ち。ハンドル上部に腕を組み、前屈みに凭れては曇天の空をボケ~っと見上げる。

 気付けばフロントガラスに丸い雨粒。パタパタと弾かれてはコロコロと転がり落ちていく。

 いつまで続くのか、とやや気落ちしながら長雨がそぼ降るオレンジかぼちゃの街に囲まれる愛車。カーステレオからは、スマホと無線接続したサブスクのプレイリストが次から次へと流れていく。


 ル、ル、ルルル♪

 横断中の歩行者が点滅により慌て始めると同時に変わった、めっきり興味も薄れたラブソング。

 ふん、ふん、ふふん♪

 あれ?

 いま楽しそうに歌ったのは……俺か?

 ププーッ!!

「おわっ、すんません! 今すぐ出します!」

 後続車からのご指摘に安全を確認しながらアクセルを踏み込む。

 何故だか、顔が熱い。

「……あれ? えーっと、うーん……うん」

 ここにきて漸く気付いてしまった。

 鬱陶しいだけの雨をこの頃楽しく感じる理由が、今日は通り過ぎるだけのこの先にあることを。



 ◆11月◆

 三人姉弟の長子。

 紅茶好き。

 球技は苦手。

 ドライブに目覚める。

 美味しいものは最後。

 おっとりしながらもしっかり者。

 たまに意地悪。

 何より真っ直ぐな瞳がきれい。

 これまでにわかった彼女のこと。


 三人兄妹の中間子。

 コーヒーはブラック派。

 最近ゴルフに行けてない。

 中学は卓球部だった。

 運転大好き。

 美味いものは先に食べなきゃ負け。

 まぁ、お調子者。

 これまでに教えた俺のこと。


 一つを知ると更に知りたくなる。

 一つを知られると更に知って欲しくなる。


 だが、もう一人の俺が制止する。

 良く考えろ、現実を見つめろ、と。

 そうだな、有り得ない。

 これは勘違いだ。

 すべてかき消して気付く前の日常に戻ろう。


 歯止めがきかなくなる、その前に。


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