第8話 『春』なんて来るワケないだろ?

 ◆12月◆

 文字通り、駆けずり回る師走はどこも繁忙期。

 座り込んでゆっくり話す暇など皆無。

 さっぱりとカウンター越しのやり取りで即終了。

「メリークリスマス」

「良い御年を」

 久々に浮わついた心を落ち着かせる為にも、これくらいが丁度いい。



 ◆1月◆

 新年会で飲み食いし、初冬に減らした筈の腹回りの微増量に愕然。

「今年もよろしくお願いいたします」

 せわしい中にもにっこりペコリの余裕が残る、某所。



 ◆2月◆

 幼馴染みの菓子店で腹持ち良さげな差し入れを用意し、超絶繁忙期真っ只中の某所へ赴く。

 書類の山に囲まれて耳を打つ幾重ものタップ音。 

 ピリッピリッとつき纏う緊張の糸。

 最早、来訪者へ向ける余裕は一つも無い。

 バレンタインデーなんて、もっての外。

 だから俺は、張り切って外回りあとのデスクワークに勤しもう。



 ◆3月◆

 月初めに数年ぶりの都市部出張。帰りの特急で幼馴染みを見つけて強引に隣り合わせる。年下彼女とは仲良くやってるようで、良うござんした。何やら小言を吐いていたが、左耳から右耳へと流しておく。一応、頭の中を過ぎらせながら。

 月半ば。今頃彼女は、荒波激しい怒濤の冬を乗り越えた歓びを皆と分かち合い噛み締めて、漸く訪れる春への準備を始めることだろう。


 何が気になるわけでもない。

 朝起きて、昼仕事して、夜眠る、の繰返し。

 それだけの筈なのに。

 どうしても、彼女の真っ直ぐな瞳が離れない。


 

 ◆春◆

 年度も変わった麗らかな春の日。

 時計の針は定時を回る。

「よっしゃ、終わりだ、今日もお疲れっす!」

 伸びをしながら自他を労う。ジロリと睨むチョビ髭上司の視線を完全無視してくすくす笑う周囲と共に帰り支度を始めると、新婚旅行から戻った例の事務方ちゃんから旅の土産をいただいく。

 当然、部署全員に宛てて、だが。

「あっちはどうだった?」

「仕事が落ち着いたら行ってみたい」

「末永くお幸せにね」

 改めて零れる一同からの寿ことほぎを耳にし入れながら、あれから一年が経ったのかと改めて思う。

 薄味コーヒーと苦笑の彼女に会ったあの日から、もう一年なのかと。


 妹のご帰還のため久々に実家で飯を食い、発泡酒とつまみ片手に自宅へ戻る。散り残る桜の花弁がヒラリと名残惜しげに舞うなか、勢いのままにベランダに出て花見酒と洒落込む。

 春めくとは言え、頬を撫でる空気は日中に比べればまだひやりと冷たい。些か震えながら上着を掻き合わせ、霞がかかる星空の下でプシュッとプルタブを開けてゴクリと喉を潤す。

「ぷはー」

 リフレッシュする台詞とは裏腹に胸の内はこの夜空と同じくもやだらけ。

 行き着く先はいつも同じ思考。無駄なことだと判っても堂々巡りで夜が更けていく。

 

 年齢差、六つ。

 営業先の職員。

 年相応な男は世の中にゴロゴロ居る。

 職場関係にもプライベートだって、きっと。

 通勤中に見初められた可能性も大いに有り得る。


 これで俺がイケメンならば話は別ですよ?

 幼馴染みアイツらみたいに漢気もない。

 物腰柔らかでもない。

 ビビりで、見栄っ張りで、頑固で、自己中で。

 おまけに今年で三十路ときた。


 こんな男が社会人二年生と、どうにかなんて。

 どう考えても、無理だろう?

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