第2話 柏葉 アキヒロ の日常

 ◆朝◆

 ひと度寝つけば朝まで起きないという、自慢の深い眠りで前日の残業疲れを回復。たゆまぬ努力でスヌーズ無しのアラーム一発で起きるという奇跡的な目覚めの良さから、時間ギリギリまでベッドに横たわる。ハッと覚醒して家を出るまで三十分。慌ただしく身支度を整える。

 寝癖よし、ひげよし、テカリ無し。

 クリーニングに出したワイシャツもギリギリ取りに行けたから問題なし。昨日の組み合わせは微妙な視線を感じたので冒険しないネクタイを選択。そろそろスーツも新調したい。

 週末に買ったぶどうのロールパンは昔ながらのバター無しが好みだが、残念ながら袋だけがモシャッと台所に置いてあった。ちゃんと捨てろよ、昨晩の俺。せめてコーヒーだけでも飲みたいが湯沸かしが面倒だ。早めに出て通勤途中で入手するとしよう。


 おはよう、昨夜の雷怖かったろ、眠れたかい?

 業務でも使用する愛車に乗り込み挨拶を交わす。

 フラリと立ち寄ったディーラーでそのフォルムと顔立ちに一目惚れしたコイツとの相性は最高! そう信じてるのは俺だけじゃないはず。だよな、相棒。今日も愛してるぞ。

 おっと済まない、コンビニに寄るから暫しの別れだ。すぐ戻るから待ってろよ、ウィンクぱちーん。投げキッスちゅっ。しないけど。

 レジ待ちの列が成される店内は、なかなかの混雑ぶり。朝飯も選びたいが時間的余裕は……実に微妙。仕方がない、コーヒーだけにしておこう。

 会計を終えてマシンで抽出。香ばしく立ち上がる湯気に蓋をして薫りを密封。そして、車内で一気に解放。アロマ効果は抜群。ついでに消臭も頼む。

 おっと、そろそろ行かねば。上司にどやされる。


 ◆業務中◆

 おはようござんす、皆々様。

 朝ミーティング後、席に戻り営業先訪問の準備。

 あれ、何でデスクの上が散らかってるんだ?

 さっきまでスッキリしてた筈……ってお前かよ! 

 隣席から侵略するな!

 片付けも出来ない男、と噂されちまうだろうが!

「あはは、小さい器デスネ」

 それが先輩に向かって言う台詞か?

 全く、もてあそばれてやるのも大変だ。


 さて、気を取り直して仕事じゃ!

 今日は遠出コース。

 先ずは移動中の飲み物をゲット。先方でまったりとお茶をいただく場合もあるので、そこそこ有れば十分。ついでに朝食抜きをここでコッソリ穴埋め。俺は生粋の日本人。指をペロリと舐め、米は裏切らないと実感。今日の昼食は何を食おうかな。社食かルート上かは巡回の進み具合にもよるが、安くて美味い男飯の開拓もしたい。目星をつけた定食屋へ孤独に食通ぶグルメるか。


 運転は嫌いじゃない。寧ろ好きな方。同じ景色も空が変われば雰囲気も変わる。雨は要らぬ神経を使うから疲れる。だが通り雨は別。一瞬のうちに表情を変える刹那的な様相とその後に掛かる七色の虹の美しさに心が洗われるから。

 なんて事を酔った勢いで幼馴染みやつらに語ったら、拗らせ野郎には似合わねぇとディスられた。

 たまにはいいだろうが、夢見てもよ。


 そんなこんなで外勤終了。

 帰社後は、タブレットぽん、パソコンたかたか、書類の整理と提出、明日の準備、その他諸々のデスクワークが待っている。

 頼むから今日は定時で帰らせてくれよ、上司殿。


 ◆退勤後◆

 今日も一日お疲れさん。

 懐と相談しながら夕食を決める。

 たまに同僚と連れ立って食事会とは名ばかりの飲み会を敢行。器の小さな先輩おれでも後輩の話に耳を傾けるぐらいはする。例え、終始イジられようともな。

 都合が合えば幼馴染みとも飯を食い、くだらない話で盛り上がる。相談事は主にここ、という程に心許せる場所なのだが伝えたことは一度も無い。小っ恥ずかしくて出来るはずもない……と悪態を付きつつも何だかんだとアイツらに頼りきりな俺。

 感謝? 墓場まで持っていくに決まっている。


 さて、ここまではちょっと特別な日の退勤後。

 普段は殆どがぼっち飯。


 柏葉 アキヒロ。

 二十九才独身、彼女なし。

 恋しやすいのは認めるが決して移り気なわけじゃない。なのにフラれやすいこの俺でも三十路までには結婚できると信じて疑わずに生きてきた。

 幸いなのは童貞ではないことか。


 職場でもプライベートでもどいつもこいつも幸せオーラを放ちやがる今日この頃。

 そんな奴らを羨みながら一人寂しくコンビニ飯と発泡酒をぶら下げて、暗がりの部屋へと戻る日々。

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