ブラコンは死になさい

 駅のホームという場所は、どうしてこう人を憂鬱にさせるものなのだろうか。

 社会人の大半は、何かを耐えているかのような顔つきで立っている。

 僕はと言えば、昨日の入学式早々の事件のことで、顔を上げる元気もなかった。


「お兄ちゃん、高校生活二日目なんだから、そんなに落ち込まないで、背筋をシャキッとさせなよ。

 分かるよ?

 可愛い、可愛い、とーっても可愛い、お兄ちゃんの妹であるこの私と別れて、高校に行かなきゃならないのが、どんなにお兄ちゃんにとって、辛く悲しいことかぐらい。

 でもね、大丈夫。

 帰ってきたら、思う存分、いい子いい子してあげるからね」


 僕の顔を持ち上げて、目を合わせてくる楓から、無理やり離れて周りを見る。

 幸い、特にこちらをチラ見しているような人もおらず、誰にも聞かれていないようだった。

 朝からこんな会話を聞かれたら、のろけやがってこのクソがっ、と背中から包丁で社会人のみなさんに殺されてしまうところだ。

 とはいえ、すぐ隣にいる雫には筒抜けではあるけど。


「朝から、きもいことやらないでください、二人とも。

 リアルで兄と妹がイチャイチャしてるのなんて、気持ち悪すぎるんですけど、ほんと。

 今からでも遅くないんで、責任取って、お兄さん、メイプルんから離れてください」


 まるでゴミを見るかのような目線に戦慄して、それじゃあというなり、ちょうどホームに入ってきた電車に飛び乗る。


 電車が動き出し、すし詰め状態の中で、辛うじて窓から見えた二人は、片方が片方をしかりつけているような感じだった。


 二人の妹のおかげ、と言うのには少し違和感があるが、二人にかまっていたおかげで、少し、学校に行くまでのどうしようもない心が冷たくなるような感覚は幾分かはましだった。


 でも、教室に入ってクラスメイト全員が一瞬こちらを見てすぐに目をそらすという現実に、逃げ出したいという気持ちが心の奥から一気にあふれ出た。

 それでも、なんとか自分の席に座り、できるだけ何も気にしていませんよというそぶりをして、僕はただ時計の針がはやく回ることを祈った。


「はあぃ、それじゃあ、朝のショートホームルームを始めまーす。

 ええと、欠席は……、連絡のあった、宮島澄那すみなさんだけですね。

 じゃあ、諸連絡に移りますけど……」


 ようやく、入ってきた担任に安堵したのもつかの間、欠席者の名前を聞いてまさかと思い、教室の中を見回す。

 悪い予感は残念なことに的中していた。


 昨日、僕が泣かせてしまった女の子の姿だけが教室になかった。

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