すべからくソファにされるべし

「兄ぃに、お帰りーっ」


 ドアを開けるなり抱きついてきた妹の雫をいつもは振りほどくけど、今日ばかりはぎゅっと強く抱きしめた。


「あれっ、兄ぃに、どうしたの?

 えっ、そんな私、心の準備できてないよ。

 ちょっと待って」


 顔を真っ赤にして、手を振りほどいて階段を上がっていく雫を目で追ってから、リビングに入って鞄を放り投げると、ソファに身を投げた。


 あらためて、さっきのことを思い返すと、やっぱり、気分が沈む。

 いったい僕が何をしたというのだろう。

 もちろん何もしてはいないけど。

 本当に、高校生になって初日だというのに、人生最悪の日かとも思えるくらいのひどい一日だった。


 あーあ、明日からどんな顔して生きていけばいいんだろう。

 あれだろうか、明日教室に行ったら、僕の机の上に花でも置かれているだろうか。

 いや、そんな古風なことはされないだろうけど、絶対何もないということはないだろう。

 せっかくわざわざリセットして一から始めようと思っていたのに、どうやら僕には普通の学生生活を送ることは無理らしい。


 あの女児もいったい何なんだろう。

 さっきとは違って、だんだん沸々と心の底から怒りのようなものが込みあがってきた。

 いきなり人をロリコン扱いしてきて、最近はああいういたずらと言うか嫌がらせのようなことが女児の間ではやっているのだろうか。

 どちらにせよ、僕は運が悪かったということだろう。


 なにを考えても、精神が不安定になって、しばらくして僕は考えることをやめて、ただ、天井を眺め続けた。


「邪魔」


 そんな重低音の声が聞こえたかと思うと、腹の上にどんっと重いものが乗るのを感じて顔を向けると、妹の楓が足を組んで僕の腹の上に座っていた。


 楓はテレビをつけてからは、しばらくの間無言で、僕も、もうなにもする気力がなく、ただテレビに映る映像を眺めているだけだった。


 そんな僕にイラついたのか、いきなり楓は僕の頭をそれなりの威力ではたいた。

 パンっという音がリビングに響く。


「あんたさぁ、ここがどこだかわかってんの?

 リビングのソファだよ、ここはあんたのベッドじゃないのっ。

 我が物顔で寝っ転がって、ほんっと邪魔、ゴミが」


 忌々しげに、さっきよりも声を低くして、吐き出すように楓はしゃべった。


「わかったよ。

 自分の部屋に行くから。

 だから、ちょっと立ち上がってくれない?」


「は?

 なんで私がのかないといけないの?

 罰よ、罰。

 あんたは、わたしがテレビに飽きて立ち上がるまで、ここで私のソファになってなさい」


 そう言ったきり、楓は僕が何を言ってもしゃべってくれなくなった。

 どうやら、ソファにしゃべることはないということらしい。

 だけど、もちろん僕はソファでないし、ソファで寝っ転がってただけなのに理不尽すぎると多少は思う。

 でも、の楓はだいたいいつもこんな感じなのであまり気にならない。

 今日の女児とは違って楓は家族だから、罵られてもたいして落ち込むことはない。

 いや、本当は、少しは落ち込むのだけれど。


 一向に立ち去る様子もなく、仕方がないので僕も楓とテレビに見入った。

 ちょうどやっていたのはニュース番組で、平和的なニュースをニュースキャスターが淡々と読み上げていた。


「お待たせ、兄ぃに。

 さぁ、準備万端、私の部屋へレッツゴー……って、メイプルん、兄ぃにの上に座って、なんという冒涜的な行為を……。

 ずるいー。私も乗る―」


 腹だけでなく、足にも人一人分の体重がかかる。


 チャンネルを変えて、3人で映画を見だしても、依然として、僕は二人の下敷きだった。


 でも、まあ、いつもの2人と接して、少しだけ、今日のあれやこれやの胸の傷が癒えたような気がしなくともなかった。

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