第21話

 食べ終えるまでに全く一時間もかからなかったのだが、それくらい後に御膳を下げに側女が入って来た。迷惑をかけた後だということもあり、相手から声が掛かるまではそのままにしていたのだ。

 さて、側女が新たに言うことには、厠を設置したとのことであった。何時の間に、と驚いたが、何でも老女たちに運ばれながら眠ってしまった時には、既に工事が行われていたらしい。何の音もしなかった。

 厠に用があるかと聞かれたので、莢子は見物がてら頷くことにした。

「左の捨間さのすてまに用意してございます。ご案内できますが、如何いたしましょう。」

「左の捨間」、それは布団の敷かれた寝間に向かって左手側にある、別の部屋を指している。

 折角なので行ってみよう。了承した莢子は一枚だけ上衣を着せられてから、三人の側女に連れられて外へと案内された。

 最初の幕を越えて莢子が寝所から出る。それから、先導役の何時もの側女である右女うめが、莢子の前に出た。

 彼女達は次の囲いであるなかの手、つまりもう一つの幕も越えてしもの手に入った。右女以外の、幕を開けていた二人の側女らが先走っていく。そこからは何時もとは違い、右手に現れた壁に向かって進行方向を変えた。

 寝間である奥の手と、その外にある中の手、更にもう一つ外にある下の手が、入れ子構造で一つの部屋の中に入っている。そしてこれら三つの間を有した一区画のことを、かみの間と呼んだ。

 この時になって莢子は改めて気が付いた。下の手でようやく目にすることが出来る木造の壁に下がっている、飾り用だと思っていた絹布。それらの中に、幅の広いものが一組あることに。ハッとしたのは、これまでの経験から、それが出入り口を表していると思ったからだった。

 果たして、側女の一人が二枚一組の帳の片側を開けると、予想通りに引き戸が現れた。その戸は一枚の幅が広かった。だから、もしこの帳を二人掛かりで左右に開けたとしても、そこを通るのに敷居全部を覗かせる必要はない。

 さて、先走った二人の側女の内、もう片方の側女は自分も帳を開けずに、畳に膝を突いた。帳を分ける側女と同じ方向で、つまり壁に対して体を垂直に向け、彼女の前に跪坐きざす。それから美しく揃えた右の手で、帳の裏に隠れていた両開き引き戸の片側を少しずらした。次に両手を添えて半分ほど開けた。

 目線を下げつつ、先に中へと入っていく。跪いたままの体をずらすことによる入室方法だった。莢子の世界と同じで、敷居は踏まないようである。

 ここには控女がいないらしい。未だ垂れている反対側の帳の後ろから、もう一方の引き戸を開ける音が聞こえる。

 その間に片側の帳を支えていた側女も動き出す。右手で帳を抑えつつ、半分だけ開かれた先の戸を、もう片手で全開にした。

 その時にはもう、反対の戸を全開にしたもう一人の側女が、同じように垂れたままの片方の帳を開けていた。

 展望台に向かった時とは違い、今は戸の裏に専用の控女もいない上に、ここには側女が三人だけだ。一人は莢子の先導役なので、このような開け方をするのだろう。しかし、わざわざ両引き戸を全開にしなくとも十分通れたのに、作法とは少々面倒なものである。

 案内されて次の間に入る。戸を開ける最中も、莢子の視界は側女の背中に遮られたままだ。どれだけ部屋を移っても、それは変わらない。それでも視界の両側に入り込んで来たものが理解出来るのに合わせて、彼女の目は見開かれていった。

 彼女は首を左右に何度も振った。何ということだろう、ここにも庭があったとは。展望台に向かう途中に入った、六角の部屋で見たような庭だ。

 だが、今度の庭はそれに比べればとても小さい、と表現できるかもしれない。しかし寝所のある上の間の二倍以上はあると感じる。風雅の間に比べれば小さいと言っても、外に出てしまったのかと、また錯覚してしまった程だった。

 ここの趣向がそれまでと違っていたのは、枯山水の趣を取り入れてあったところだろう。部屋の中央には何とも目映まばゆい朱塗りの橋が架かっている。その下を潜る砂利の川。黒御影の岸辺。何と風流な。砂利は所々に池をも表現し、それらが岩で丸く囲まれていた。

 この庭の特徴は確かに枯山水ではあったが、まるっきり砂利だけで表現されているわけでもない。部屋全体には瑞々しい植物が咲いていた。美しい青い楓が、砂利の海に影を差している。その命の対比が見事だった。

 言葉もなく、夢見心地で先導されるままに歩いて行く莢子。長い橋は部屋の対角線上に架かっていたが、生憎彼女の先導者はそちらに向かってくれないようである。橋の上からなら、川の砂利の白さが青い畳に映える姿を、堪能できたことだろう。

 残念だが、橋を背にしながら、青畳に敷かれた飛び石を渡っていく。一行は入り口から右に折れて進んでいた。

 突き当りに見える壁の手前には、青々とした草が伸びている。右から左へと草場が続いている。一行はそちらへ向かうようである、進路を左に逸らしていった。瑞々しい楓の傘を潜り、ウツギの生け垣を通り過ぎる。

 細長く生い茂った草が目の前に迫ってきた。膝まで隠れそうな長い丈。その間を掻き分けるように敷かれた石畳の小道。一行はその上を渡っていく。

 その先に、別の川が見えた。砂利川と同じで、切削加工された岩板だけで岸辺が造られている。水面との差は数センチしかない。川面は穏やかで、流れていると分からない程だったが、緩やかな高低差により右から左へと下っているようだ。そう、こちらの川は本物の水で出来ていた。

 莢子の視線は川の源へと向かう。ここには蛇口のようなものがある訳ではないし、水道管が畳の下に通っているわけでもない。けれど水は減る様子がない。湧き出ているというのだろうか。

 途絶えることのない水は滑らかで、音もなく静かだ。突貫工事だったとはとても思えない仕上がりに唖然とする。景観の為なのだろう、洗濯場の時と同じように、川は直線ではなく僅かに蛇行していた。

 この川は初めからあったものだろうか、それとも要望に応じて造られたものなのだろうか。もしそうなら、発言には十分を付けなければならない。たった一言で引き起こされる事態の大きさに、莢子は固唾を飲んだ。

 岸辺に着くと、前方の側女が立ち止まり、身を返して目を伏せた。

「こちらが厠を御用意いたしました川でございます。」

 草は必要ないと言ったはずだったが、ここでは厠イコール草原という公式でもあるのだろうか。それとも川と同様、初めからここに生えていたのだろうか。そうであって欲しい。

 けれど、お陰で匂いに屋外感が増している。部屋の中であっても臭覚を刺激するそれらの匂いが、いたたまれない莢子の気分を和らげてくれるのが分かった。

 川の一部分が、四角い壁で仕切られている。前に使用したものとは違い、几帳ではない。側女はそこに案内しようとしている。目的の厠だ。

 ぐうで見たような木造りの衝立で、おまけにこちらは黒塗りになっている。

 何故黒塗り。莢子は唖然とした。厠一つで随分お金掛けさせてしまった。これでもし、川も草も突貫だったら、自分の発言に身が細る思いだ。けれど如何せん、ここには慣れ親しんだ普通のトイレが無い。ここは仕方がないと目を瞑り、有難く頂戴するしかないだろう。

 腹を括って我に返ると、莢子は誰にとなく尋ねた。

「あの、水の先って、どうなってるんですか。」

 お決まりの如く、ピタリと止まる一同。先頭の側女が恭しく半身を返して答えた。

「はい。水の流れて行く、その先のことでございましょうか。」

「はい。そうです。」

彼女にとっては、そここそが肝要だ。

「それでしたら、あちらから一の囲いの横を抜け、最終的には豊栄湖とよさこへと流れてございます。」

「……ごめんなさい。単語の全部が、良く分かりませんでした。」

 時読の話からそうだったのだが、知らない単語が次々に出てくる。聞き流しても良かったのだろうが、何せ重要なことだ。分からないと正直に明かせば、側女は一層頭を下げて詫びた。

「申し訳ございません。姫様がそのようなお気持ちを感じられたのは、私めの落ち度にございます。」

 そのように前置きをしてから教えてくれたことから、莢子は以下の意味を知った。

 まず、囲い。それは中央部から始まって外へと広がり足されていく、階層内の区画に対する名称だった。

 全ての階層の中心を成しているのは、八角形の空間だ。それが一の囲いである。

 ここ至天閣してんかくにはこの一の囲いしかない。また、莢子が御殿の全体を見下ろした、展望台のある天領閣には主眼の間だけがあり、囲い自体がない。

 基本的に階を下りる度、この囲いが外に向かって一回りずつ増えていく。中心の八角に沿って輪を嵌めるように付け足されていくそれらの区画を、二の囲い、三の囲いと呼んだ。

 だが、「囲い」という言葉だけで言うと、もう一つ別の意味がある。次の二つの条件を満たした区画のことである。

 一つ、周囲四面が壁で閉じられている。一つ、橋によってのみ他の室と連結されている。

 つまり、「一の囲い」というのは、その階の最も中心に位置する、八角形をした領域全体のことであり、また、それを八つの辺で区切った内の一区画である「囲い」を八つ有しているということになる。そして、二の囲いというのは、基本的に八つの囲い、つまり八区画を有する八角の輪状の領域、ということになる。そして、一の囲いと二の囲いは共に橋で連結されていた。

 また、一つの区画を表す「囲い」には、便宜上それぞれに呼び名が付けられており、割り当てられた数字+階層名という規則があった。

 側女の説明で明らかになったことによれば、莢子の寝所があるここ至天閣は、中央に風雅の間と、それ以外の八つの室で構成されているとのこと。つまり、一の囲いと、一つの室だ。

 そして、八角形の領域を八つに分けた区画それぞれの名に、先程の囲いの名付けの規則が当てはめられている。ただし、中心にある空間や室は一の囲い外なので除外される。

 至天閣の階層名は<>である。中央に位置する風雅の間は除外される。そして、八つの室の内、北から始まる。

 至天閣の北に位置するのは、勿論御殿の主の室だ。そこは一の至いちのじと呼ばれる。そこから二の至、三の至と時計回りに数字が増えていき、八の至で終わる。

 莢子が使用している寝所があるのは五の至ごのじだ。その中は四つのに分かれている。また、寝所のある上の間かみのまに至っては、莢子が体験した通り、更に三つの手に分かれている。

 そして、彼女に与えられたのは、寝所の奥の手だけではなく、それを内包する上の間だけでもなく、今いる左の捨て間も含めた、五の至全体であった。

 二の囲いを有する階層の場合、部屋の名付けは次のような規則となっている。その中で最も北に位置する区画から始まって、の~と階層名付きで呼ばれていく。ここもまた時計回りに数が増えていく。例え、一の囲いに室が四つしかなかったとしても、二の囲いは必ず九から数えられていく。また、二の囲いからは基本的に、八角形の一辺に当たる区画がそれぞれ分離していた。

 さて、この囲いと対になる、棚という区画についても触れなければならない。

 「棚」とは、四方に壁が無く、開かれた区画のことである。例を挙げれば、御前領・境にあった、庭園のような洗濯場所がこれに当たる。周囲に壁が無いので、屋外と言っても良い空間だ。

 ただし、二の囲いを形成する八つの囲いの一つがこの棚であった場合も、名付けの規則性からは漏れない。北から右回りに数字を割り振った名称で呼ばれる。

 では、囲いの形を成していなかった至天閣は、この棚に当たるのだろうか。けれど、囲いや棚という名称は、一定の広さが無ければ適用されない。至天閣はやはり、でしかなかった。

 それから、莢子には耳慣れない言葉、「トヨサコ」について。こちらは至極簡単だ。それはこの広大な御殿の下に満ちる、湖のことである。

 御殿に着いた時、気を失っていた彼女はこの湖の全貌を見ていない。一つの市が収まると感じた御殿は、この豊栄湖の上に浮いている。湖はそれよりもまだ広い。側女はこの時言及しなかったが、この湖の水源は湧き水で、一本の河が流れ出すほどの水量があった。

「他にもお知りになりたいことはございますか。」

 あったと思うが、与えられた情報量を消化しきれていない今の莢子には思い出せない。それで首を横に振ったのだが、直後にこの教授の原因となった己の疑問が蘇ってきた。

 だからつまり、部屋に流れるこの不思議なトイレ用の川は、どこに流れることになるって……。

「ええと、だからこの川は、その壁を抜けて……。」

「左様でございます。」

「どちらにしても、水道管を通って、ここから湖に流される、ってことですよね。」

 右女は丁寧な口調で返した。

「恐れながら管は通さず、そのまま流してございます。」

 何だって…。莢子は言葉を呑んだ。意味が分からない。つまり、垂れ流しということなのか。脳裏に浮かぶ展望台の高さ。あの高さから、垂れ流すっ。

 ちょ、ちょっと待って、じゃあ、ここまで用意をしてもらいながら本当に悪いけど、出来ないってことじゃないのっ。

 待て待て、川の水量はある。だから最悪、一方はここを使わせてもらっても、分からないに違いない。けれど、もう一方は無理だ。

 どうしてこれほどトイレ問題で悩み続けなければならないのだろうか。莢子は泣く思いで尋ねた。

「あの、皆さんはトイレで用を足した後、どうやって処理してるんですか。」

 どのような質問でも礼儀正しく教えてくれる。

「はい。処理係がおりまして、壺に捨てるのでございます。さすればその中にいる小さな虫がこれを処理し、跡形も無くしてくれるのでございます。」

 壺っ、虫っ。だから草っ。虫の住処だったのね~~っ。草、要らないって言っちゃったぁ~~~っ。なんて申し訳ないっ。初めからそれで良かったんだぁ~~~っ。

 思わず許しを請うように手を組んで強請った。もう虫だろうが何だろうが、環境に最適な処理に違いない。と言うか、見せずに処理できるなら、もう何でもいい。

「それが欲しいですっ。どうしたらいいですかっ。今度は私が準備しますっ。」

 何時も成果だけを待っている訳にはいかない。自分でも働こうと思って熱く宣言したのだが、側女は淡々と確認した。

「御所望になられたのは、捨壺すてつぼで宜しいでしょうか。」

「そうっ。それで良かったようですっ。草も虫も要りましたっ。本当にごめんなさいっ。用意の仕方を教えてくれたら、今度こそ私自分でしますからっ。」

「お止めください。姫様が手ずからなど、とんでもございません。お望みのものを直ぐに用意させますので、今暫しお待ちください。」

 待ったを掛けようとしても、それより早く右女が下の側女に命じてしまう。莢子は申し訳なくなり、更に謝った。

「本当に、何時も迷惑ばかりかけてしまって、ごめんなさい。」

「お止めくださいと申し上げた筈でございます。私共は姫様の為に働くことこそ喜びなのでございます。どうか今一度お知りおきください。」

 その毅然とした態度に、莢子は止むを得ず呑み込むふりをするしかなかった。

 側女は迅速に持ってきそうだったが、今は壺がなくても平気だ。折角用意してくれたのだから、この新しいトイレの方も使わせてもらおう。

 結局、どこをどう流れて行くかは分からないが、罪悪感の前に羞恥心は捨てる。壺こそが必要だと言いつつ、意見を翻すようではあったが、使ってこそこの川に設けてくれた厠が活かされるというものだ。もちろん側女はこの決意に意見を挟むことはなかった。

 二度目ともなれば幾らか慣れてきたこともあり、莢子が要した時間はかなり短縮されていた。にも拘らず、厠から出ると、既に捨壺を持った側女が待機していた。壺を置く台も用意されている。厠の場所は移すことなく、中にそれらを置いてもらった。

 無事用が済んでからは、心置きなく庭を散策することにした。側女達には一人で回るから休んでいいと言ったのに、それは出来ないと断られてしまった。そこで苦肉の策として、決してこの庭から出ないことを条件に、一人にさせてもらうことにした。

「どうか休んでくださいね。本当はまだ寝ている時間なんでしょう。」

「姫様も折をご覧になってお休みになられませんと。顕界げんかいへのお渡りは、あちらでの就寝時だそうでございますから、お疲れになってしまわれます。」

 よく聞き取れなかったが、「人間界」と言ったのだろう。莢子は頷いた。

「……うん。そう、ですね。」

 素直な振りをして、どうにか彼女達とは離れたが、側女は主人と同じ部屋で待機するらしい。

 そこで莢子は人目を避けられるような場所はないかと散策を開始した。初めに目にした時から、渡りたいと思っていた朱塗りの橋。子供のような気持になって一目散にそちらを目指す。太鼓橋の中腹に立てば、少しの高低差だと思えたのに、随分目線が上がって驚いた。

 壁に囲まれた箱庭を一望する。前方に見える壁は斜めのようだ。左手側に行けば行くほど、莢子側に寄ってきている。やはり八角形を基調としているだけあって、それに沿い、この室は直角台形をしているということなのだろう。

 対面している壁が斜傾しているということは、二つなければならない直角は背後、入口のあった引き戸側の壁にあるということだ。だから左右の壁は、背後の壁と垂直に交わることになる。

 高くなった視界に広がる空間は見事だけれど、和室に生の植物という奇妙な感覚にはまだ慣れない。苔の代わりかのような畳に、笹や竹、形の良い楓。どれも瑞々しく青く美しい。その中に僅かに見られる白や桃色の花はウツギだ。不自然な状況に生えているからと言って、醜いわけもない。

 白い砂利で表現された川の中には、濃い色味の石から彫り出された魚の姿も見られる。この屋敷を初めて見た時にも感じたが、和様式を取り入れつつも、どこか独特の文化がある。

 庭の美しさに当てられて出てきた溜息は、けれど吉凶混じった複雑なものだ。今の境遇を素直に受け止めきれない心情から来ている。身を隠す場所を探して視線を彷徨わせていると、丁度良さそうな茂りを見つけた。

 橋を降りて畳を歩いて行く。白いウツギの花が生け垣のように植えられて、全体で輪を作っている。その中に立つ一本の楓。美しい青の葉を傘のように広げている。輪の中に入って座ってしまえば、壁となって側女からは見えないに違いない。

 ところがしっかりと茂ったウツギの花に隙はなく、グルリと一周しても身を隠せそうな空間はなかった。莢子は諦めて、花影に座り込んだ。

 それでも人目を遮れた安心感。一人きりになれたようでホッとする。ようやく頭の中も空っぽに出来たようで、自分の現状について整理する余裕が出てきた。

 思い返してみても、連れて来られた状況から有り得ないことの連続だった。短い時間に体験するだけしまくったような、精神的疲労感がドッと湧いてくる。だが、これからのことも考えなければならない。元の世界に戻れるチャンスを無駄にしないように計画を立てておきたい。

 とは言え、相手は常識外の存在だ、予想しようもないのかもしれない。出来そうことを挙げてみても、両親に会えた場合に泣きつくことくらいだろうか。

 けれどもし、万一自分が元の世界に帰れてしまったら、どうだろう。煙の彼との問題はどうしたら良いのか。勿論、助けられるなら助けてあげた方が良いに決まっている。結婚を盾にして王様に要求するなら、当然家には戻れない。煙を助けつつ、結婚もなしで家に帰る、そんな夢みたいな方法は…。

「はぁ~。」

 一人で抱えるには話がややこし過ぎる。手に余り過ぎる問題だ。莢子は頭を空っぽにし、どうにもならない問題を脇に置いた。

 そうして呆けながら時間を潰す内に、またも眠気が差してきた。どうやら精神的な疲れが睡眠を頻繁に誘発しているらしい。図らずも側女の助言を実行するかのように、莢子はうたた寝をし始めていた。

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