第13話
一つ上の天領閣、つまり寝所があった階へと戻ると、男と分かれた。その時に、後で食事にしないかと誘われた。緊張の為か食欲は感じなかったけれど、昨日の昼から何も食べていないので一応頷いておいた。
さて、初めにいた部屋へと帰っている訳なのだが、そこには何もない。それでは三日しかないと思っている時間を無駄にするだけだ。どうにか地図を広げる繋がりを作っておかなければならない。
自分を奥の部屋へと案内する側女の後に続きながら思案する。王が居なくなった今、彼女は久しぶりに己の足で歩いていた。
ずっと一緒にいたあの老女は他の仕事でもあるのだろうか、男と共に行ってしまった。隙が無さそうな人だったので、莢子にとっては今の状態の方が好機かもしれない。
老婆が離れることは事前に分かっていたのだろう。壇から降りる時には既に側女が一人追加されていた。今は前に一人、後ろに二人いる。
位置的に位がより高そうな前の人に狙いを定めると、莢子は意を決して話しかけてみることにした。
「あ、あのぉ。」
直後、ピタリと側女が三人とも立ち止まってしまった。その変化にビクリとする。間に挟まれていた莢子もまた、急に立ち止まらざるを得ない。
すると、前方にいた一人がさっと半身を返した。歩く時と同様、両手は腿の付け根に付けたまま、やや頭を下げて、目を伏せた状態で一歩下がった。横に向いたこの状態のまま返事をする。
「はい。何なりと。」
よもや一言掛けただけでこうなるとは思ってもみなかった。気安い話をしたかったのに、この対応では難しい。他に何とでも言えたかもしれないが、焦った余り咄嗟に出て来た言葉は、何とも生理的なものだった。
「あ、あのっ、…と、…トイレ、にっ。」
無機質な感じのする側女は、きびきびとして答えた。
「無知な
莢子は言葉に詰まった。よもや真面目な話でトイレが何かと聞かれるとは思わなかった。直後に後悔する。もっと別の話題が振れたら良かったのに、と。
しかしながら、三日もあればお世話にならないはずがない。何時かは聞かなければならない課題だ。これは乗り越えるべき壁の一つだと固く思い直し、気合を入れて返答し始めた。
「あ、あのぉ…、トイレ、っていうのはぁ…。」
単純なようでいて、ふと立ち止まる。この時代の古めかしさ、現代的に返しても、外来語を混ぜても、遠回しに匂わせても、絶対に通じないだろう。思いつく範囲で昔の言葉、そう、これなら通じるかもしれないと閃く。
「か、厠、って、分かりますか。」
すると側女は、またはっきりとした口調で答えた。
「お求めのものが理解できてございます。」
ホッとしたのも束の間、今度は莢子が悩むことになった。
「直ぐにお部屋に運ばせますので、お待ちください。」
何かが違う。相互の理解だろうか、文化だろうか。
ともかくこのまま流されては不味いことになりそうだと読み、頭を働かせたところ、とても良い言葉を思い出した。
その一方で、話は着いたようだと理解した側女は頭を上げる。体を前に戻してしまいそうな気配を感じ、莢子は慌てて引き留めた。
「わ、私、ご主人様から、私の好きにしても良いって言われています。だから、皆が使っている厠の方に、行きたいですっ。」
ご主人様という呼び方に羞恥心が湧いたが、他に彼らの主人をどう呼んで良いか分からない。気持ちのまま口に出してしまった途端、「皆さんにご迷惑にならないように」など、もっと言いようがあっただろうにと後悔した。
それでも、確か彼は言っていた。「この姫は私に対して何事でもしてよいのだ」と。この場合、対象が違うけれど、脇に置いておくことにしよう。
相手の反応を窺っていると、側女は同じ姿勢のまま、恭しく更に頭を下げた。
「左様でございましたか。下々の使います所は到底姫様に相応しくはございませんが、我が君の御言葉通りに致します。」
あの言葉が随分と重いようで助かった。我がまま姫のようなイメージはするものの、今は仕方がない。莢子が胸を撫で下ろしたと同時に、返答した側女が後ろの二人に言い付けた。
「
「畏まりました。」
突然出された指示。にも拘らず、流れるように出された内容に莢子は驚いた。
見た目はほとんど変わらないけれど、やはり上下の差があるらしい。二人の内、莢子の左後ろの側女がお辞儀をして踵を返した。
去るその速度の速いこと。どのように歩いているのか、滑るように去って行く。その姿を見た莢子は、これまでの彼女らの素早い動きを思い返した。
今何気なく普段の歩調で歩いていたが、自分に合わせてくれていただけなのだろう。きっと亀の歩みのように感じていたに違いない。
使いに出された側女は、
様々な厚遇を鑑みた彼女は恐れ始め、出した言葉を取り消したいと思った。トイレ一つで随分大袈裟なことになってしまった。幾分蒼褪めた様な彼女は、もう何と言ってこの事態を収拾したら良いのか分からなくなった。
だが、今後のことも思えば、結局口を噤んで成り行きに任せるしかない。事実今、持って来いの話題が出た。彼女は努めてそれに集中し、奮い立つ。
こうした思考に捕らわれている内に、前後の側女が入れ替わる。促された莢子も反転して、来た道を戻り始めると、彼女は再び勇気を出して、先導する側女に聞いてみることにした。
「あ、あの、今、グウ(遇だろうか)って言ってましたけど、御殿のどこかの階にある、場所の名前なんですか。」
すると側女は先と同じように立ち止まって振り返り、目を伏せて答えた。
「左様でございます。これより二つ下の領域、御前領にございます。」
ゴゼンリョウッ。
莢子の目が輝いた。思いがけぬ幸運が舞い込んできた。今なら聞けるっ。
予期せぬ大物を釣り上げてしまい心が急く。それを悟られまいと必死に抑えつつ、平生の声を意識して尋ねた。
「もしかして、ケイっていう所はそこにあるんですか。ご主人様が一の丸は下界にあるって言ってたんですけど。」
なるべく不審に思われないよう鎌を掛け、そして何の繋がりもないが彼の言葉も借りてカモフラージュする。
やはり不審に思われただろうか。頓珍漢なことを言っている自覚はあったから、返答の遅れさえも恐怖でしかない。
「左様でございます。確かに境は下界ではなく、御領にございます。」
ゴリョウ。確か、今いる場所も含めた、御殿の中心地の総称だったはず……。
当たって砕けるつもりが、どうやら望んだ言葉が返ってきたらしい。思うより近い場所だと理解した莢子は一層勇み立つ。側女が不敬にならないように、主の言葉を否定せずに訂正したことも気付かないで、更に鎌を掛け掘り下げることにした。
「じゃあ、今から行く厠の近くにあるんでしょうか、そのケイって。場所の位置や名前が、まだ全然分からなくて。」
ケイに拘り過ぎている。強引だったが、はっきり切り込むしかない。すると、ここでも意外な言葉が返って来た。
「恐れながら、境は宮より二層下の階でございます。また姫様におかれましては、縁のない地と存じますので、これ以上はお知りになられない方が宜しいかと。」
突然打ち切りになりそうな事態となってしまった。この様な言われ方をするケイとは、一体どのような場所なのだろう。また、そこに行かなければならないのは、どうしてなのだろう。彼が「下民」だということと、係わりがあるのだろうか。けれど、そこもまたゴリョウ、つまり中心地にあるというこの不思議。
このまま終わられては夜も眠れない。困惑する莢子は、最早追及されても仕方ないと、腹を括った。
「そんなことはないです。ご主人様には近いうちに御殿内を案内してもらうことになってるんです。だからどんな所だろうと、知りたいですっ。」
熱意だけは伝わったに違ない。恐れるような思いで莢子は相手の顔色を盗み見た。何を言われても、側女は相変わらず機械的な表情を崩すことがないようだ。それが却って恐ろしい。
それでも甲斐があったらしく、彼女は薄い唇を開いてこのように答えてくれた。
「姫様の深い御心に痛み入りましてございます。お聞きになられたいことがございますれば、僭越ながら私の知る限り何なりとお答えいたします。」
やった。何が相手の心の琴線に触れたのかは分からなかったが、莢子は素直に喜んだ。何でも聞き出せる繋がりが持て、この好機に感謝する。彼女は早速ケイについての詳細を尋ね始めた。
「ありがとうございますっ。じゃあ、さっきのケイっていう所、どうして私には縁がないと思ったんですか。」
側女はきちんとした態度を崩すことなく、目を伏せ続けた姿勢を保っている。そして先程の返答通り、包み隠さず教えてくれた。
「はい。境とはその名の通り、御領と下界との境目でございます。また民の間では
ですから、姫様がお寄りになるにはお相応しくないかと、愚見いたしたのでございます。」
この発言にはいささか不思議な言葉の意味合いがある。本来なら、
しかし世界が違う莢子には何の頓着もない。下民、その言葉で頭は一杯だ。
確かに、ケイにこそ行かなければならない。そこにこそ、あの彼がいるとはっきり分かった。来いと言った理由が分かった。今の話し方からして、通常下民はその階以上は来られないに違いない。
莢子は息を呑んでこの答えを聞いた。そして、すらすらと言われた言葉をゆっくりと噛み砕こうと努めた。展望台で王から言われた説明も思い出す。ようやく彼の言葉の意味が理解できるようだった。
ゴゼンリョウのリョウとは、「領域」のことを指していたに違いない。つまり、ゴゼン領だ。それにケイとは、「さかい」、
彼女の喜びの反面、「ゲミン」という言葉だけは、今のところ正しく理解することは叶わないようだった。
「召し上げられた下民って、そこで何をしているのですか。」
「御心配には及びません。下働きをしているのみにございます。
ですが外民の中でも御領勤めの者達は、御殿にとっての仇となりかねない能力を持っておりますれば、直接御領で管理して、我が君の為に有益に用いなければならないのでございます。」
仇となりかねない能力。境にいるのだから、あの人も持っているということだ。
彼の場合、やはり煙になれることだろうか。今までの話からして、彼が莢子の寝所に居たことを、他の誰かに知られていたら大変なことになっていたのかもしれない。それを秘密裏に
莢子はそのように考えながら、基本的なことについて理解を得ようと再び尋ねた。
「その下民って、そんなに怖い人達なんですか。」
側女は即答する。
「とんでもございません。我が君の前には如何なる者とて、及ぶべくもございません。」
この一言で民がどれ程の信頼をあの男に寄せているのかが見えてしまった。それ程の力をあの温和そうな人が持っているとは、外見からでは分からないものである。
莢子が目を瞠る一方で、けれど側女はこのように付け足した。
「とは申しましても、少しの油断が何を引き起こすか分からぬものでございますれば、念を入れて監視しておくのでございます。」
これは純粋に、ただの好奇心だ。莢子は尋ねた。
「じゃあ、例えば、下民の中で一番危険な人って、誰になりますか。」
ここにあの白髪の老女がいたら、この話題はぴしゃりと打ち切りになっていただろう。それどころか、今までの話も許されていたかは分からない。通行手形のように利用した男の言葉も側で聞かれていた。当然、許可されている範囲の違いを指摘されていたはずだ。
けれど、幸運にも彼女はいない。それで側女は丸め込まれたように次々と欲しい情報を与えてくれた。
「それはやはり、蛇の皇子でございましょうか。」
ヘビの、王子っ。仇名からして、如何にも陰湿そうで、悪賢そうな人物に違いない。
側女の話は続いて行く。
「もう一年ほど前になりましょうか。身の程もえず、我が国の外民を解放せんと、徒党を組んでこの御殿に押し入ったのでございます。けれど我が君に勝てるはずもございません。蛇はその時に捕らえられたのでございます。」
ところが現金なものだ、莢子の印象が反転した。
成程、王子と付くだけのことはある、他国に囚われた下民を解放に来るとは。徒名に似合わず、思想は高潔なものだったらしい。
そうなると、御殿側が悪者のように思えてくるではないか。莢子は質問を重ねた。
「でも、初めから下民なんてものを作らなければ、攻められたりもしなかったんじゃないでしょうか。」
すると、先の饒舌はどうしたのか、相手からは無表情ながらも困惑の色が感じられた。それでも側女は返してくれる。
「お恐れながら、姫様は人であられますれば、理解し難きことが御有りなのかと存じます。
私共は特有の能力を持っており、それを用いて他族を捕らえても、何ら悪しきこととは見なされないのでございます。此の世界での不可侵の権利なのでございます。」
(んん~。)
どうやら一朝一夕では理解しきれない風習が、こちらの世界にはあるようだ。それでも莢子の下民に対する言葉の範囲は更新された。
改めて考えた彼女は、同国民がその中に含まれていると思っていた。しかし、相手の言葉の色合いから、それは間違いだったのかもしれないと気付いた。多分下民とは、この国に囚われた別の国の者のみを表す言葉なのだろう。
だが一方で、どちらにしても奴隷のようなものを表すに違いない、という彼女の勘違いは、訂正されることはなかった。
この理解に至った莢子は、ヘビの王子に対する印象がまた上がった。
他国に乗り込んでまで強行した奴隷解放運動より、自国民解放運動の方が明確だ。
(押し入りって言っても、やっぱり、悪い理由からじゃないよね。でも、お互いに侵しちゃいけない権利なら……。)
世界の文化の違いに戸惑いつつも、彼女は更に尋ねた。
「それが分かっていて、どうしてヘビの王子はやってきたんでしょうか。」
単純な疑問だ。これには次のように返された。
「それはやはり、互いに干渉してはならぬという暗黙の了解を顧みない、愚か者だからでございましょう。奇襲を掛けて来たことに致しましても然り、少人数で押し入ったことを見ましても、浅はかとしか言いようがございません。」
成程。莢子の王子に対する印象はまた下がってしまった。ヘビという仇名なのだから、もう少し抜け目なくやらねば、名折れにも思える。折角の高尚な志が勿体ない。
側女は続けた。
「けれど寛大な我が君は、それを相手方の国に咎め立ては致しませんでした。」
反対に、どうやら結婚相手は出来た人のようである。身内びいきを感じなくもないが、所々文化の違いもあって、どれだけ答えをもらっても善悪の判断が付きかねる。
これ以上は考えない方が良いだろう、何せ立ち話だ。ずっとこのままでいる訳にもいかない。他に聞きたいことが出てきたら、部屋に戻った時にでもまた切り出してみよう。
「そうですか。色々と教えてくださり、ありがとうございます。」
莢子はここでの話を流れのままに終わらせることにした。が、側女の反応は食い下がる様な勢いだった。
「お止めください。勿体な御言葉でございます。今後私共に謝辞は必要御座いません。」
自分の常識を無理に当てはめても面倒なことになるだけだ。莢子は大人しく、郷に入れば郷に従っておくことにした。
「それでは先に参ります。」
莢子が折れたことで何の問題もなく事が運び出す。側女は前に向き直ると、中断していた足を進めた。
一行は畳の上を摺り足で滑りながら、莢子にすれば畳を踏みしめながら、直線的に歩みを続ける。何時もの作法で一つ目の帳を越え、二つ目の帳まで来た。寝所までは戻っていなかったので、二つ目の帳が廊下との境界だ。その向こうには通路へと出る引き戸が待っている。
側女が帳を分けると、戸は自動のように開いていく。裏側では常に控女と呼ばれる二人の女が待機しており、気配を察して開いてくれるからだ。
彼女らの脇を通り過ぎる時、莢子はまた疑問が増えた。戸を引く人たちはそれ専用なのだろうか、そしてそれ以外のことは出来ずに、ずっとここで控えているのだろうか、と。
控女に気を取られていると、先導する側女が声を掛けた。
「姫様、こちらでございます。」
部屋の外にあるこの廊下は、建物の中心にある風雅の間の外周に沿って、八角の輪になっている。御殿では廊下のことを
一行は、戻って来たばかりの順路では行かないようだった。部屋を出ると先程の順路とは反対となる左に向かう。そして、進んだ先に現れた分かれ道をまた左に折れて、その先にある長い廊下、つまり条を進んで行った。
部下に指示した側女の言葉にあった「五の条」とは、この廊下のことである。因みに、御殿の
さて、五の条の突き当りに設けられた大きな階段を、今度は自分の足で下りなければならない。御殿の一階層は莢子の世界の建物四階分ほどの高さがある。つまり、この折り返し階段は踊り場までに、通常の二階分ほどの高さの階段を下りることになる。
たとえば十段毎に踊り場があれば、たとえばこれほど磨かれてツルツルに見える階段でなければ、たとえば素足なら、躊躇いもなく付いて行っただろう。だが、慣れていない分怖かった莢子は、先導から外れて端に寄り、手摺を掴んだ。すると、すかさず前を行く側女に謝られてしまった。
「私共の至らなさをお許しください。許可外にお触れすることは禁じられておりますれば、我が君に御言葉を頂戴して参りましょうか。」
何のことかと呆気に取られていると、それを察した側女が言葉を足してくれた。
「私共には鬼火車は使えませんので、誠に恐縮ながら私が姫様をお抱えし、下ろして差し上げては如何かと愚考いたしました。」
それは色々な意味で困るっ。第一、詮索活動がご主人様にばれてしまう。莢子は慌てて首を振り、気丈に振舞って見せた。
「大丈夫です、一人で下りられますっ。自分の足で歩かないと、なまっちゃうので、丁度いいですっ。」
最早彼女達は、莢子が階段を下りられない人だと思っているのかもしれない。苦肉の言い訳だったが、相手は素直に呑んでくれた。
とは言え、この先似た様な、或いはこれ以上の難所に出くわすことがあったとしても、弱音は吐けなくなったなと、自分の首を絞めたことを後悔もした。
どうにか一階層分を下り切り、天空領に戻ってきた。勿論、ここには立ち寄らない。そのまま階段をつづら折りに下りていく。
まるで学校の階段のようだと思いながらも、この規模の違いにはとっくに辟易している。あと何段あるのだろう。何度この恐怖を味わわねばならないのだろう。そして下りた分、上がらなければならないことを考えると、一層ゾッとする。膝が笑ってきそうだったが、下りなだけ上りよりは格段に楽なはずだった。
長い階段をひたすら下りて行く莢子は、足を踏み外さないでおくことに精神力が持っていかれ、もう何階分下ったのか分からなくなっていた。四階分下りたのか、五階分下りたのか。まさかゴゼンリョウに到達するために、こんなにも下りなければならないとは思ってもみなかった。
境に行くまでに、後何階だろう。二領下だと言っていたが、二階下という単純な話ではなかったようだ。これが、領域の生み出す差か…。
休みたい。高さに緊張する分、余計に息も切れている。足ももつれそうだったが、凛然と職務をこなす側女達に声を掛けられるはずもない。掛ければ直ぐ様あの
後悔と疲労に襲われる莢子。予想より近いと思っていたのは大変な間違いだったようだ。煙のあの人との約束を果たすために、この長い道のりを今度は一人で行かなければならない。だが、どうやって人に知られずに行けるというのだろうか。
いっそ我がまま姫を利用して、有無を言わせずに連れて行ってもらおうか。そして、そこで雲隠れすればよいのだ。
彼女がそう思いあぐねていると、にわかに到達を告げる声が立った。
「御疲れ様でございました。こちらが御前領、宮でございます。」
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