第8話 修理屋さんと賑やかしい貴婦人 3
気づけば夕方、少し寒くなっていた。外の倉庫へ着きドアをあけた。しばらく開けてない扉がギギギと音を立てて開いた。埃っぽく薄暗い。入口すぐのスイッチを入れるとゆっくりと部屋の中が明るくなってきた。部屋の中が鮮明に見えるようになったので、改めて中を見てみるとまさに物置といった具合にいろんなものが散在していた。
「あら?ここもだいぶ汚いですのね」
いつの間にか追い付いてきたアンナがつぶやく。
「倉庫なんだ。物が入ってカギが閉まればいいだろ」なぜか父さんのフォローを入れる私。
「ただこの中から目当てを探すとなるとしんどいな、本当に雑多過ぎて検討もつかない」
「だったらわたくしもお手伝いしますわ!こう見えても物探しは得意ですの!」
あまりこういうのは他の人に触られたくないが仕方ない、次の日に持ち越したくないし手伝ってもらうことにする。
「レイはいる?・・・いないか」恐らくご飯の準備をしているのだろう。
「はい、今参りました」と呼び掛けて数秒後に到着
「タイミングいいな、ちょっと手伝って欲しいのだが」
「先ほど私を呼んでおりましたので参りました。了解致しました。蓄魔器の古い型を探せばよろしいのですね」全部聞いていたのか。
「そういうこと。ちょっとアンナ、あんたは形わかるの?適当に引っぺがしても物が分からないとどうしようもないだろ」そう言って二人を集める、そしてアンナの時計に入っていた動かない蓄魔器を見せた。
「こういうのを探している。と言っても部品だからむき出しで置いている事はないだろうから小物を探してほしい。懐中時計だったり玩具、あとはランタンや楽器何でもいいから手のひらサイズのものがあったら私に見せて欲しい、それを片っ端から分解して同じ型を探してみる」
かなり骨が折れる作業だ。しかし一人はやる気満々で一体は疲れを知らない。私も覚悟を決めて作業に取り掛かることにした。
「それにしてもほんと沢山ありますわね」道具をかき分けながら話すアンナ
「父さんと母さんが出て行ってからそのままだからな」何個か目の小物を分解しながら私は応じた。
「・・・そう、ですのね、今更ですがここを開けて良かったですの?」少し心配になったのか手を止めて私の方を見た
「本当に今更だな」手を動かしながら答える。
「いいんだよ、父さんならそうする。ってか勝手にいなくなった奴に文句言われる筋合いはないよ。むしろ仕事として使ってやったんだから感謝して欲しいね」
多分、アンナはそういう事を聞きたいのではなかったのだろう。私は良かったのかと、いつか帰ってくるかもしれない父さんの倉庫を勝手に使うのは気が引けたのではないのかと。しかし、私は返事を返した。アンナ、こいつは場当たり的で我が道を行くタイプだけど意外と気を効かす。そういうところを先代から引き継いで大きくなったのだろうと思うとこいつも大した奴だと改めて感心した。
「それなら大丈夫ですわね、レンのお父様にお会い出来たらぜひともわたくしからもお礼を申し上げますわ!」胸を張り得意げになるアンナ。わざとらしく明るく振舞うのは多分私の気持ちを汲み取っての事だろう。
「ああそうだよ、そしてこの作業も料金のうちだ、私にも精々報酬をはずんでやってくれ」そう言いながら手元の玩具の蓋を開けた。
「お!あったぞ!これは同じ型だ」
ゆっくり外枠を外し基盤を取り出した。蓄魔器を光に当てると反射してきらりと輝く。外傷もなさそうだ。肉眼で確認できるほどマナをしっかり蓄えられていて機能も失われていないようだった。
「やりましたわ!」そう言って駆け寄るアンナ
「これで大丈夫みたいですね」とレイ
「ああ、あとは部屋に戻って時計にはめるだけだ。ありがとう」
いつの間にか陽が落ちたのか外は暗く星が出ていた。
「それにしてももうだいぶ遅くなったな。修理はすぐに終わるがこれから帰るとなると危ないかもしれんな」
夜道は危険だ、この辺は大丈夫とは思うが魔物や浮浪者とも遭遇するとは限らない。
「どうしましょう・・・宿に泊まろうにも今から行っても泊まれるかどうか」
少し考えたあと何か思いついたように手を打った
「そうですわ!今日はレンの家に泊まりましょう!」
「うちに宿の施設はないぞ」とはいえ手伝って貰ったしこのまま無下に返すのも気が引ける。ため息をつきながらレイに言う。
「ご飯一人分追加出来る?」
「もちろんです」即答だった。
部屋に戻りレイとアンナはリビングに向かわせた。私は作業部屋に戻り修理の続きをする。倉庫から取ってきた蓄魔器を時計にはめて、他部品も取り付ける。すると小さな音でチッチッっと秒針を刻み始めた。何とか修理は完了したみたいだ。蓋を閉じ留め具を止める。布で時計を拭いて綺麗にしてリビングに向かった。ドアを開けるとご飯の匂い。香ばしい肉の匂いだ。
「おいおい、そんな贅沢していいのか?」といいつつソファーに座る。
「お疲れ様です、レン様。アンナ様の要望で今日のご飯は出来るだけ豪華に華やかに、だそうです」
「はぁ、これも追加料金だからな、アンナ」
「分かってますわ!さあいただきましょう!」そう言ってナイフとフォークを手にするアンナ。いただきますと手を合わせ改めて料理を見る。主菜の肉はこのディナーに決まって大急ぎで買い付けた新鮮な鶏肉のソテーだ。高級品であるバターの匂いが食欲をそそる。さらにサラダも色とりどりだ。葉物野菜が敷き詰められて真ん中には山盛りのふかし芋。所々に赤く実ったトマトや山菜がアンナの言う見た目華やかを見事に演出している。他にも白パンや果実酒まさに貴族様な晩御飯に私はやれやれと思いながらも高揚感は高まっていった。
「んまいな」
鶏肉を一口食べた素直な感想。しっかりしたジューシーな味付けは恐らくいつもケチっている塩や胡椒をふんだんに使っているからだろう。アンナの方を見てみると夢中でパンを口の中に押し込めている、貴族様の食べ方ではない。
「んぐぐ、とってもおいしいですわ!」口の中をもごもごしながら満面の笑顔で感想をもらすアンナ。どうもいつもこうらしい。しかしアンナのおごりでこのディナーを頂けるなら悪くはない。レイが次々にお皿を運んでくる。この家ではなんとも久しぶりな明るい一日だった。
朝、いつもと同じ時間に目が覚める。リビングに向かうと懐中時計を握りしめ眠っているアンナの姿。
「おはようございます、レン様」キッチンでアンナの朝食を準備するレイ。
「おはよ、そろそろ起こすか、アンナも家に帰らないと行けないだろう」
アンナの肩をトントンと叩く。すると少しもぞもぞした後
「ん~もう食べられないですわ・・・」完全に寝ぼけてる。
「これ以上食べるな、ってか起きろ。そして朝食食べろ」
肩を揺さぶると流石に起きたみたいだ。
「んあ~おはようございますですわ」
「はいはい、ますですわ、もう朝ですわ」
少しずつ覚醒してきたのか周りを見渡して目をこする。意識がはっきりしてきたみたいだ。
「あら、お早いですのね。わたくしとしたことが最後に起きるなんて」
「あんたいつも早いのか?」そんな風には見えないが
「わたくしは商人!朝起きた時からが勝負!時間はお金だってお父様が仰ってましたわ!」
いきなり元気になったアンナ。席に座らせ朝食をとらせることにした。ちなみに私は珈琲のみだ。
「本当に心から感謝いたしますわ。わたくしの依頼とは関係ない所でもお世話になってしまって」雑穀飯を食べる手を置いて頭を下げてアンナは言った。
「別に気を使わなくてもいい。その分のお代は頂くし何より楽しかった」
少し照れくさいが感想を述べた。
「でもよかったのかしら?あの倉庫もお父様が帰ってこられたらお叱りを受けるかもしれないでしょう?」まだそんなこと気にしていたのか。
「それも大丈夫だ。それにだな」
昨日から考えていたことがある。このまま父さんも母さんも帰って来なかったことを。このままこの家でずっと過ごしていくのか。私自身は今後子孫を増やす予定もなければ将来のことも考えていない。アツには誇れるものを探せと言ったくせに自分は何も見つけれていない。そして自分の道を胸を張って進んでいるアンナをみて羨ましく思ってしまった。だから今の素直な気持ちを吐き出してみた。
「私もいろいろ考えてみたが、私も父さん母さんを探してみようかと思った。別に旅に出るって訳じゃないが少し外に出る機会を増やしてみようかと。そして直接会ってそん時に謝るなり叱るなりすればいいんだよ」
「そうですのね!貴方は素敵な方ですわ!たとえどんないわれをされてもそんなこと気にする必要はないですわ!」
「何せわたくしの親友なのですから!」
まったく、こいつは恥じらいを知らんのか。聞いてるこっちが気恥ずかしい。だけど、それと同時にすごく嬉しい。
「ああ、だから気にするな私の友達ならな」
ご飯を食べ終え、帰る準備が終わったアンナは馬車に乗った。
「わたくしは全力で応援しますわ!王都に寄った際はわたくしの家に行けばいつでも歓迎いたしますわ!」
「ああ、ありがとう。多分これからお世話になることもある。そん時はよろしく頼むよ」
「それでは!!さよ~なら~ですわ~!!」馬車に揺られながら見えなくなるまで手を振っていたアンナ。私もそれになぞって手をひらひらさせていた。
遠く見えなくなったアンナを確認しレンと家に戻る。
「それで良かったのでしょうか?請求金額が少ないようですが」レン自身が聞いてくる。
「分かってるだろう。友達価格だよ」
まったくあいつは商売上手だ。しかし、また取引したい相手でもあると煙草をふかしながら滔々と感じていた。
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