第5話 修理屋さんと焦がれる少年 下

 ぼうっとしながら校舎の脇で葉巻を咥えている。一度家に帰っても良かったが午後からも資料の調整等があるのでとどまることにした。何より一人になりたかった。

「ふーっ」

少しわざとらしく息を吐くと白い煙が私の口から吹き出てくる。まるで私の魂が飛び出しているようだ。これだけ見える形で魂が抜けたなら私でも死んでしまうのだろうか?本当に下らないことを考えながら空を見た。晴天という文字がしっくり来る位のいい天気。時々先生らしき声が聞こえるくらいで後は外の吹く風と葉巻の燃える音、ゆったりとした時間が流れている。ポケットにある時計を確認する。まだ時間まであるが校舎の中に入ることにした。ごわごわのソファーでぼーっとしていると校長先生が入ってきた。

「失礼します、もう始めますかな?」そう言い対面に座る。

「いや、時間通りで大丈夫。ちょっと早く来すぎただけ」

それだけ言うと少しの静寂。しかし、それを断ち切って校長先生の方から声を出す

「私って昔はなかなかの暴れん坊だったんですよ」

後髪を指で掻きながら申し訳なさそうな口調でそう言ってきた。

「ほー、そうは見えないね」体形を鑑みた率直な感想

「ははは、皆に言われますよ。そしてめっぽう勉強がダメでした。どの教科もみんなびりっけつでよく先生に怒られたものです」

それは意外だ。先生のボスをやっているくらいだから昔から優等生なのだと思っていた。

「本当にやんちゃ坊主でした。今思えばエリート一家の反動だったのかもしれません、俺はこいつらとは違うんだって誇示したかったんでしょう」

「それがなぜ今は校長先生なんかを?」

「ある日初めて好きな子が出来たんです。正確には好きってことを初めて認識したのでしょう。その子は勉強が出来て物知りだけど病弱、いつも運動の時間は休んでいました」

「そして、ある日私は告白しました。結果は了承。ただし条件つきでした」

「条件?」

「はい、条件として私がこの村を変えてくれという事でした。もっと良くなって私が隣にいても誇れる男になってくれという事でした」

「なかなかえぐい条件ね」

「それでも私は嬉しかった。その日以降私は勉強に勉強を重ねました。ここを卒業後は町で働きながら上級学院を通いました。そして先生になって戻ってきて現在に至るわけです」

「すごいじゃない、私には無理ね」心から尊敬

「私は思いました。学ぶことの大切さを。この世界は頭がいい人で溢れかえっている。だからせめて自衛出来るくらいには、そして人として誇れる位には知恵を付けて欲しいと」

「それは必要と感じたら学んでいくんじゃないの?あなたもそうだった訳だし」

「いえ、人はそこまで賢くありません。そしてそれを気づくのにはあまりにも時間が少なすぎる。気づいたときには手遅れなんてこともたくさん見てきました」

「そんなもんかね」理解は出来るがしっくりこない。長寿とは言え私もそこまでまだ永く生きてはいない。

「重要なのは終わりまでの年月です。レンさんは確かに私の何十年か年上です。でも私はもう折り返しを過ぎています。それまでに自分の思う『何か』をしていないと後悔をしながら死んでしまうということです」言い終わると一息つく

「それでそれを気付いて貰う機会を増やすため、そして『何か』に向き合うことが出来るように今回の計画があるってこと?」

「そういうことです。レンさんが思うところも解ります。子供の自由な時間を奪うことはあってはならないと私も考えております。だからそうならないように最大限努力は試みようと思っております」これまでにない自信に満ちた目、この人の本来の力みたいなものを感じた。

「失礼します」

ガラっと音と共に副校長先生が入ってくる

「休憩はもうよろしいのでしょうか」

「ああ、大丈夫。はじめよう」

それを合図と言わんばかりかこれ以降は仕事の話ばかりをして気付けば夕刻まで続いていた。


 来賓室を退出し、玄関を出ようとしたとき声が聞こえてきた

「おいレン、ちょっとこっちこい」いつもと違うアツの声

「なんだ、ここじゃダメなのか?」

「いいから!」

まだ時間は大丈夫だが遅くなるとレイが心配だ。手を引っ張られながら教室へ着いた、夕暮れの教室。ど真ん中でアツと二人きりだ。黄昏時のもの寂しい雰囲気の中、アツは声を出した。

「お前、今日の仕事って学院で勉強させる計画の手伝いなのか?」

「ああ、そうだ」

「俺が勉強嫌いなことを知っていてそれをするのか?」

「ああ、そうだ」

「レンは俺の事が嫌いなのか?」どんどん弱っていくアツの声

「いや、嫌いではない。むしろ好きな方かな」

急に目を白黒させるアツ。申し訳ないがちょっと面白い

「じゃ、じゃあなんでそんなことするんだよ!そんなことしたって俺への嫌がらせにしかならんだろ!」急に沸騰したやかんのごとく激昂

「そんなことはない、勉強は大切だからな」どの口が言う。さっきの受け売り、こういうところは私の嫌いなところだ。

「レンは勉強好きなのか?」

「いや、嫌いだ。なるべくやりたくない」

「もうわかんねえよ。」

そうしてまたしばらく沈黙、そしてまたアツから喋りだす

「俺、お前の事が好きなんだ」唐突というかやはりというかの告白

「そう・・・」正直言葉に困る、多分これは否定と捉えられるだろう。

「だめなのか?どうすれば俺はお前と付き合えるんだ?」

「そうだな・・・」しばらく考える。

「そうだな、こうしよう。自分の中で何か誇れるものを見つけたとき。そしてその時に私が隣にいる事にアツが嫌じゃなかったら、その時交際をしてみよう」

かなりぽかーんとしているアツ

「要するに私を超えてみな、そしたら自然と答えが出るさ」

「わかったよ。レンにふさわしい男になってみせるさ!」

「待ってろよ!あとこのこと皆に内緒な!普通に恥ずかしいから!じゃあな!」

そういうと猛ダッシュで帰って言った。もうばれてる人にはばれてるだろうなんて思いながら私も帰路に着いた。

 「お帰りなさいませ、レン様」

「ただいまー、つかれたー」上着を床に投げるとソファーにドカッと座った。やっぱりソファーはふかふかに限る。

「遅かったですね、何かあったんですか」ご飯を並べながら問いかけてくる。今日は干し肉と雑穀粥。それと昨日の根菜漬けの残りか、おいしそうだ。早速漬物をぽりぽり咀嚼しながら今日の事を話した。一応アツに告白されたことも含めて。

「レン様はなかなか残酷なことを言うのですね」やはりそう来るよな。

「まあそうなるよな」

「そうです、それはいわゆるレン様を超える魅力的な人、もしくは魅力的なものを見つけた時にレン様と付き合うことが出来る権利が発生するということになります」

「そしてそれは相容れないもの。人間として一部をのぞき将来の伴侶は一名です」

「でも魅力的なものや、事ならそれは通用しないんじゃない?」

「その時はそれに集中しなさい、とかそれを大切にしなさいなどと言えばいいのです」

「ま、そーゆーこと。私は結局自分のエゴと納得で生きてるんだよ、例え相手にとって残酷であろうとも」干し肉を乱暴に引きちぎりながら答えた。

「レン様は酷いお方です」酷い言われようだ。

「しかし、生きている限りみな酷い者なのだと感じます。アツ様にもアツ様のエゴと納得があったのでしょう」

なんてこった、魔機械人形アンドロイドに慰められてしまった。ほんと今日の私は終日私らしくなかった。

 ご飯を食べ終え葉巻に火をつけ一服。

「レン様、お体に障りますよ」

「いーんだよ、今日の私は疲れてるんだ。ご褒美を与えてるんだよ」

ふーっと息を吹きかけると私の魂が吐き出されるような気がした、しかし、これくらい吐き出されようが私は多分死なないのだろう。

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