第4話 修理屋さんと焦がれる少年 上

 今日は少し涼しいくらいか、はたまた昨日まで北上していたせいかあまり寒さを感じられない。あまり整備されていない街道を歩いて学院へと向かう。学院と言ってもこの村にある唯一の教育機関で、中等教育までしか行われていない、それ以降の専門の知識を身に着けたければ、町まで行くか独学で勉強しなければならない。この村の子達は中等の教育まで受ければ家業の手伝いをするのが主である。そして、今日私は授業に行くのではなく新たな設備導入依頼を受けたので向かっているのである。丁度この時間は他の子達も登校中で、ちらほらと学院に向かっている子達もいる。

「あら、レンちゃん今日はお早いねぇ」

近所に住んでいるおばさん、正確には10歳の息子アツキのお母さん。人間の母なので私の方が圧倒的に年上だがここの村の人たちはどうも私を見た目相応の子供として接してくる

「おはよさん。この前は芋ありがとうね」

「いいのよー、いつも壊れた洗濯機直してくれたり、時計の魔電池バッテリー取り換えてくれたりこれくらいお礼しないと申し訳ないわ」

こうした交流は結構多くこの村は昔から繋がりが強い。それ故か、基本奇異の目で見られる私もここでは古株で誰からも避けられない居心地のいい空間なのだ。

「あの洗濯機は変えた方がいいんじゃない?もうだいぶボロボロだよ」

いつも大体この話題そして返ってくる返答もいつものこと

「あの洗濯機はね、私が嫁ぐときに両親から持たされた大切なものなのよ。あんたはズボラだからせめて洗濯くらいはきちんとしないさい、そうじゃないとあんたを貰ってくれる人なんていなくなっちゃうんだからって。だから私は家事を一生懸命覚えたわ、そんな私も今は一児の母・・・」

「わかったわかった」

このおばさん、急にスイッチが入ると喋りまくる。この人の話嫌いではないが今日は用事があるので先を急ぎたい

「また困ったことがあったら言ってくれ」

話を遮る。手を振って学院に向かおうとするとおばさんの家から声がきこえてきた

「あっレンじゃーん、お前学院の授業は受けないんじゃねーの?」

こいつはアツキ、皆からアツと言われてるから私もそう呼んでいる

「受けないよ、今日は仕事」

「ちぇ、今日は運動の授業あるからレンに集中攻撃しようと思ったのに」

「勘弁してくれ、ああいう連携する競技は苦手なんだよ」

典型的なわんぱく小僧だ。勉強嫌いで遊び好き、同年代女子にはいたずらをするし、特に私に対しては特別突っかかってくるが、まあそういう事なのだろう。こっちはその気はさらさらないが。

「はーん、さては逃げる気だな!俺が考えた新必殺技を出されるのがやっぱ怖いか!」

「うん、すっごい怖い。だから早く学院向かうぞ、遅れたら先生に怒られるんじゃないか?私も遅れたらとんでもなく怒られるんだが」

「しゃーねーな、今回も俺の勝ちだ、さっさと俺についてきな!」

そういうとアツはぐんぐんと歩き始めた。後ろではおばさんが、笑顔で見送っている。私は軽くため息をつくと学院に向かって歩きはじめた。


 学院に着きアツと適当に分かれる、来客用玄関に向かい来客室に通されると向かい合った革張りのソファ、その片方にはシュッとした細見の身体、温和な雰囲気を纏った出で立ちの院長先生とがっしりとした体格のきつめな目をした顔の副院長先生が立って迎え入れてくれた。

「お待ちしておりました」

お互い軽く会釈をすると私は院長に対面する形で座った。パリッと張った皮で意外と座り心地は良くない。

「とりあえず資料を頂戴。設計書と見積書の写し、それ見ながら話を聞くわ」

今回の依頼は校舎に電灯を設置するとのこと。今までは日が落ちるまでには授業は終わっていたが、最近は教育にもっと力を入れようと村長との会議で決まったらしい。その一環としてまずは校舎の改善、電灯の設置というわけだ。

「特に問題ないわ、細かい所をもう少し詰めたいから一旦持ち帰ってみる」

「ありがとうございます。これであの子達ももっと勉強ができます」

院長先生が深々と顔を下げた。教育熱心なのはいいことだ、来客室の窓から校庭を見下ろすと丁度運動の授業をしていた。チーム2手に分かれて陣地内で手を使わずにボールを相手の陣地に入れるゲーム。アツが3点連続決めた瞬間わぁっと歓声が聞こえた。

「だけどいいの?あの子達机に向かっての勉強は嫌いみたいだけど」

今度は副院長、

「そうは言っても仕方ありません。しっかり学んで将来は立派な大人としてこの村を引っ張って貰わないと」

確かに正論だ。間違っていない。

「まあ私は何も言わない、あなた達は大切なお客様だしこの仕事を降りるつもりはない、ただこれは機会を与えるきっかけにして欲しいね、間違っても教育を強制するものではなくて」

全く私らしくもない。仕事に私情を挟みまくっている。別に何も悪影響を与える訳でもなくただ電灯が教室に付いて勉強出来る時間が増える。結構なことじゃないか。どこか釈然としない感情が渦巻きながら資料をバッグに押し込み来客室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る