Chapter:19 「あとは自分でどうにかしろと」

 疾走を続ける博希たち。どこからか、激しい怒鳴り声が聞こえてきた。

「何だ?」

「今誰か怒鳴りましたかね」

「いやあ……? このへんには俺とお前しかいないだろ?」

「当然です。邪魔する方々には全員、眠っていただいていますから」

 彼らの走り去った後には、ヴォルシガが保険のつもりで従えていた暴漢たちが累々と転がっていた。それもみな、額に【天晴】と大書きされて。

 ――その時。また、声が聞こえた。手袋の宝石からだった。

『返事しろっ!! 聞いてるんだろっ!!』

「その声、五月じゃねぇな」

「当たり前でしょう。五月サンがこんなドス効いた声してますか?」

「解ってるよー、お約束だろ、こういうリアクションはっ」

「せめて『てめぇ……誰だっ』ぐらいがこの場合はよかったと思いますけど」

「そうか……じゃやり直すか? すいません、向こうの五月じゃない人、もう一回」

『………………』

「………………」

『……違うだろっ!! 思わずホントにもう一回言おうとしたっ。俺の名はヴォルシガ、グリーンライ総統、ヴォルシガだっ!!』

 博希はふいに真面目な声になった。

「本気と冗談の区別もつかねぇヤツに、五月はかっさらわれたのかよ」

『ええい、そんな事はどうでもいいんだっ。貴様らよくもこの俺を騙してくれたな』

「騙す?? ……何のことですか?」

『すっとぼけるなっ。こいつの命がないぞっ』

 博希と出流は相手の声の調子から、これ以上のおちょくりをやめた。

「俺たちにはホントに解らねぇな。騙したって何のことだ」

『こいつが――何で男なんだっ』

 博希と出流はそれで、ヴォルシガが五月をさらっていった理由、わざわざ暴漢や執政官まで使って自分たちを足留めした理由が一気に氷解した。

「俺たちがいつ、お前に『五月は女です』なんて言ったよ」

「アンタバカですか? 間違えたのはアンタで、僕たちはアンタに眠らされてただけですよ」

「五月はそこにいるんだな」

『いる……だが……今から殺すっ』

 自分が間違ったとはいえ、ヴォルシガは五月が女ではなかったことに逆上している。博希はピン、と緊張を走らせ、出流を見た。彼も通信を聞いている。出流はそばの標識で、グリーンライ中心都市までのキロ数を確認していた。

(あと五キロです)

 出流の口がそう動く。五キロなら軽い。博希は出流と、一瞬でこれからの作戦を手短に立ててしまうと、一足早くに駆け出した。出流は立ち止まって、静かに言った。

「もし――五月サンに手をかけるようなことがあったら、僕は博希サンと共に、あなたを地の果てまで追い詰めてズタズタにします」

 冷たい声どころか、彼のその言葉には、百パーセントの本気が入っていた。

 出流もまた、グリーンライ中心都市に向けて、走り出した。



 ヴォルシガはカチャーンと、五月の通信機を取り落とした。

「…………」

「だから言ったのに。イーくん怒らせると怖いって」

 五月は出流のセリフを聞いて、二人は絶対に間に合うと――そんな確信をしていた。

「……じゃないか……」

「え?」

「殺せるわけないじゃないかあ!!」

 ヴォルシガの絶叫。五月は唖然とした。

「こんなに女の子っぽいのにっ、何で男なんだっ。そりゃあ目の前にいるのが筋肉の一本一本まで解るようなマッチョだったら、即座に殺してるっ。でもこんなに可愛いのにっ、殺せるわけがないっ!!」

「あのねえ」

 その時。デストダが、ばさりと現れた。

「お楽しみの途中でしたか」

「……イヤミか」

「はい」

「…………」

 デストダはそのまま、続けた。

「レドルアビデ様からの通達です。あとは自分でどうにかしろと」

「なにい?」

「レドルアビデ様も自分も、【万里の水鏡】を見ておりましたから。すでに、自分が次にお仕えする総統も決まっています」

「……どこのどいつだ」

「イエローサンダ総統、スイフルセント様にございます。それでは」

 そうして、デストダは飛び去っていった。切り捨てられた――と、ヴォルシガは思った。では、もう、レドルアビデを頼る事はできない。しかし、このまま逃げるのも、自分のプライドというヤツが許さない。

 五月はデストダとヴォルシガのやり取りを見ながら、必死に、エンブレムを覆う布を外そうと努力していた。エンブレムさえあらわになれば、【声】ひとつで鎧装着ができる。

 だが――

「動くなっ」

 ヴォルシガが、五月に緑色の剣を突きつけた。光の輝きが五月の目にまぶしい。

「ぼくを殺すことはできないんじゃなかったの」

「うるさいっ。男だと思って見りゃあいいんだっ」

 なるほどね、と、五月は思った。

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